「京都アニメ事件」何を隠蔽しているのか

 7月18日、第三土曜日恒例となっている「社会の不条理を糺す会」の演説会。

東京の場合は12時から5時まで新宿駅西口で行われている。

私の場合仕事の都合上、開始時間に遅れての参加となってしまうことが通例となってしまっている。

場所の確保、会場の設営等々多くの人が尽力してこの演説会を運営してくれている。

遅れて参加してマイクを持たせて頂くのは申し訳ない。

 

我々、右翼民族派は民族の触覚である。

通常の人々は道を歩いていて障害物にぶつかり痛いと感じてから危険を察知する。

我々は二歩も三歩も前を照らし、前方に危険がある事を察知して警鐘を乱打する。

人々が当たり前と思っていることを疑い、裏に隠された真実を暴き出すことも我らに課せられた使命なのである。

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 本日7月18日は、京都アニメ放火殺人事件から1年となる。

あの凄惨な事件を引き起こした青葉真司容疑者の行動はなんら支持されるものではない。

死刑は当然であろうが法の下で厳しい処罰が下され執行されてしかるべきだ。

 しかし、あんな奴に高度医療を受けさせるのは税金の無駄、と言ったネット上の感情的な論調に対し無批判に迎合するものでもない。

 事件の真実はどこにあるのか。京都アニメが本当に哀れな被害者であったのか。検証する必要がある。如何にしたらあの事件は防げたのか、被害を最小限に食い止められたのか。

社会もマスメディアも警察も消防も真実を公表していない。

 

 第一に、事件当日に八田英明社長はマスコミからのインタビューに応じ「青葉容疑者が作品をパクったと言っているが、応募した事実はない」と言い切った。

 しかし後日、「応募はしていたが応募の規定に沿っていなかった」と言い換えた。

おかしい。事件の直後に「応募はなかった」、と何故に断言できたのか。

青葉容疑者の重篤な症状からして回復はない、死ぬだろうとの希望的観測からの先走った発言ではないのか。

何かを隠している。その点は警察も事情を聴きているだろうが警察は公表しない。

 おそらくは青葉容疑者と京都アニメの間で何らかの交渉があったと推察できる。

そこで、京都アニメが何らかの措置をとっていれば青葉容疑者がこのような凶行に出なかったのではないか。

勿論、作品をパクられたから無辜なる社員を焼き殺して良い理由にはならないが、凶行に奔らせた要因が京都アニメにあるならば明らかにすべきである。

 

 第二に、京都アニメの建物内部の吹き抜け螺旋階段構造。

これが一瞬にして全館を炎に包み込んだ一因となっている。

 5年前には川崎市日進町のドヤ外で木造吹き抜け構造の簡易宿泊所が全焼し10人が犠牲となっている。

 木造は違法であったが、京都アニメの鉄骨構造なら違法ではない。

しかし、今回の事件では躯体は鉄骨でも内部に一旦火が回ったら取り返しのつかない事態に発展することが分かった。

 時代の最先端を行く作品を作り出す現場という事で、見た目の華やかさを優先するあまり安全性が無視された結果、大惨事につながったのではないか。

通常の建物同様に居室から扉を隔てた部分だけに階段を設置していれば避難する時間が確保できていた。

この事件を教訓として建築基準法等で見直しの議論も起こらないのか。

 

 第三に、犠牲者38人のうち20人は最上階の三階から屋上に繋がる階段で折り重なるようにして死亡していた。

 屋上から侵入した消防隊によると屋上扉は施錠されていなかった。

という事は内側から階段を駆け上ればドアを開けて20人は一旦屋上に避難できたいた事になる。

何故ゆえに避難しなかったのか、先頭の人間が扉を開けないがために後に続く19人は迫りくる炎と煙の中で息絶えた。20番目の人は屋上方向を見上げ「早く出てくれ」と必死に叫んでいたと思うと胸が痛む。

 現場検証では折り重なる20人の位置関係も検証されているはず。公表しないのは何故か。原因がわかれば今後、同様な事件・事故における対策として役立てることも可能となる。

 

 この京都アニメ事件は単に凶悪な殺人鬼によって38人が殺害された悲惨な事件、という事で青葉容疑者を断罪するだけで解決するものではない。

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フェイスシールドを着用しています。

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尊厳死もまた個人の権利

 どんなに辛くても生きることを否定してはいけない、というのが安楽死・尊厳死を否定する人の論調。

 障害者であれ個人の生きる権利が否定される世の中であってはいけない、と言われればその通りと言うしかない。

 だが、それは他人によって生きる権利が奪われてはいけないという事であって、個々人が持つ死生観までが否定されて良いわけではない。

 

 下記の文中にあるALS患者の岡部さんは食事や排泄を自分でできないことが尊厳を失ったというなら自分は尊厳がない中で生きているというのかと、尊厳死推進論者を批判しているが人にはそれぞれの価値観・死生観がある事を認めて欲しい。

 彼の生き方を決して批判するものでもないし、死を強制することはない。

 安楽死・尊厳死が認められれば、またはその前段階で議論されれば自分たちは殺されてしまうと言った誤解が生じているのではないか。

 障害者施設やまゆり園で19名を殺害した植松聖死刑囚の犯行イメージが強く反映しているのかもしれない。

 優生思想とは本来、より良い環境で懐妊し、元気で優秀な知能を持った子供が産まれてくることを奨励するものであるって、障害者を社会のお荷物と見なし抹殺するものではない。

 不幸にして障害を持って産まれてきても社会は生きるために最大限のサポートを尽くす必要がある。

 一方で、中途障害者も含め本人が人生の終焉を望むならば社会はこれに応えるべきなのだ。

 きちんとした法整備もなく、それに向けたまっとうな議論もできない日本社会であるからこそ、患者と医療の最前線で接する意思が縄目の辱めを受ける事態になったのだ。

裁かれるべきはこの国の為政者なのである。

 

障害者の「生」否定するな ALS患者・支援者ら訴え

配信

朝日新聞デジタル

 全身の筋肉が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)の女性患者=京都市=から依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、2人の医師が嘱託殺人の容疑で京都府警に逮捕された事件。ALSの当事者や、生活を支える人たちはショックを受けつつ「どんなことがあっても障害者が生きることを否定してはいけない」と訴える。

【写真】ALS患者の舩後靖彦参院議員(れいわ新選組)

■ALS患者「孤独感、孤立感に悩む」

《自身もALS患者で、NPO法人「境を越えて」理事長の岡部宏生さんの話》

 とても残念な事件が起こってしまった。患者の背景はわからないが、このような依頼をしなければならなかったとしたら、非常に悔しく、悲しい。

 私は48歳でALSを発症し、死にたいと何度も真剣に思った。でも社会の支援を受けて、こうして生きている。生きてみようと思えたのは、明るく前向きに他の患者や家族の支援をしている先輩患者を見たからだ。あんなふうに生きたいと思うようになった。

 ただ「生きたい」と「生きていける」とは違う。介護保険や障害者の生活支援サービスを十分に受けられ、介護者を確保できなければ、すべて家族に頼ることになる。経済的なことも含めて家族に負担をかけたくない、と生きることをあきらめる患者は多い。私も介護態勢をつくるまでに時間がかかり、ぎりぎりのタイミングで人工呼吸器をつけられた。

 「安楽死」には明確に反対だ。「安楽死」と同じように社会で使われている言葉に「尊厳死」があるが、自分でご飯を食べることや排泄(はいせつ)ができなくなるのは尊厳を失うことなどとされる。そうなのか。もしそうなら私は尊厳を失って生きている。

 尊厳という言葉でくくるからわかりにくくなってしまうが、尊厳死を選ぶということは、自分はこういう状態なら生きていたくないということ、つまり自殺そのものだ。これから社会の中で安楽死が議論されるなら、自殺をどう考えるのかを明確にしてほしい。

 今回はSNSを通じて患者と医師が知り合ったと報じられている。ALS患者は強烈な孤独感や孤立感に悩まされているので、その心の穴を埋めたくてSNSにつながりを求めることがあるかもしれない。コロナ禍では今まで以上に孤立しやすく、こうした傾向が強まらないか心配だ。

■生きて行くことを支えるのが医師の務めでは

《ALSの母の介護経験があり、難病患者の生活支援に取り組むNPO法人「ALS/MNDサポートセンターさくら会」副理事長を務める川口有美子さんの話》

 障害や病気のある人は大変でかわいそうだから、死んだ方がいい、という意見に賛同する人は世の中にたくさんいる。今回の事件で、さらにそう印象づけられてしまうことを懸念する。

 活動的に生活しているALS患者はたくさんいる。その患者たちも発症当初は「安楽死したい」と言う。体は変化し、人の助けが必要となり、どうやって生きていけばいいのかわからない、と。

 そんな患者を叱咤(しった)激励し、生きていくことを支えるのが医師の務めであるはずだ。どんなにつらい症状でも、たとえ治すことはできなくても、生きることを否定してはいけない。

 私はALSだった母を介護し、みとった。障害や病気があっても、かわいそうではなく、支えがあれば絶望から立ち直れることを、母との経験やたくさんの人から教えてもらった。その後、生きていてよかったと患者が思えるような支援やその方法を広げる活動をしてきた。このような事件が起こり、本当にショックだ。

 


人類の尊厳を踏みにじる京都府警の愚行

 51歳ALS女性患者の頼みを受けて薬物により安楽死された医師二人が逮捕されるということであるが、実に馬鹿げた話だ。

これが日本の警察の現状だとするなら、未だに日本の警察はカビの生えて教条主義の下で世の中の現実に追いついていないと言える。

または特定の意図をもって二名の医師を陥れているとしか思えない。

通常であれば、事件として取り扱っても形式上の事情聴取を持って書類送検した上で不起訴になる事案ではないのか。

 警察の狂気により逮捕・送検となったとしても検察が勾留申請を行わない、行っても裁判所が却下することを望むものである。

 

 自分自身が当該女性と同様にALSを発症し次第に身体の自由が奪われていくとするなら意識のしっかりした状態で確実に安楽死を選択し、医師の手助けの下で実行してもらいたいと願う。

 そのように願うのは決して少数派ではないはずだ。

 それが現実として適わない世の中と分かっているならば、車椅子ででも身動きができる状態の時に、駅のホームから電車に飛び込むといった選択肢を取らねばなくなる。

法律とは人々を幸福にする為に人類が構築してきた生きるためのルール。

人を不幸と苦しみに突き落とすためのものではない。

医師二名が逮捕されるようであれば京都府警・日本の警察に対し満腔の怒りを以て抗議する。

 

【スクープ】難病ALS女性を安楽死 医師2人を逮捕へ、嘱託殺人容疑 京都府警

配信

京都新聞

 全身の筋肉が動かなくなっていく神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した京都市の女性から頼まれ、薬物を投与して殺害したとして、京都府警捜査1課などは23日、嘱託殺人の疑いで、仙台市の医師の男(42)と、東京都の医師の男(43)を逮捕する方針を固めた。捜査関係者への取材で分かった。 【図解】日本の「安楽死4要件」と主な事件  患者を「安楽死」させたとして医師が逮捕、または書類送検されるのは、2008年に富山県射水市の射水市民病院の元外科部長らが殺人容疑で書類送検(嫌疑不十分で不起訴)されて以来、12年ぶり。  捜査関係者によると、医師2人は被害女性の担当医ではなく、直接の面識はなかったとみられる。  捜査関係者の説明では、医師2人は京都市内のALS患者女性=当時51歳=から依頼を受け、昨年11月に同市内の自宅マンションを訪れ、室内で薬物を女性の体内に投与し、死なせた疑いが持たれている。

 


逃げに徹した京都アニメ社長の会見

 36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件から7月18日で1年となる。

八田英明社長がその心境を記者会見で語った。

報道の内容を読む限りでは、真摯なる犠牲者・遺族への謝罪・哀悼の思いは全く伝わってこない。

 あくまでも法人としての京都アニメは被害者であり、そこで働いていた36人が凶行によって命を失ったと思っているようだ。

そして強調されているのは会社の再建とアニメに対する思い入れのみ。

青葉容疑者に対しては一切言及せず、同席した弁護士が「コメントはない」とそっけなく質問をかわした。

 

 何故にあのような凶行が繰り広げられたのか。何故に36人もの命が奪われたのか。如何にすれば防ぐことができていたのか。

 青葉容疑者との関わりなど肝心な部分には意図的なのか全く触れていない。要は逃げているのだ。

このような会社に雇用されていなかったならば36人は命を落とさずに済んだ。

 勿論、青葉容疑者が凶悪な殺人犯であり断罪されるべき事は誰もが熟知していることであるが、この八田英明社長の対応が事件を誘引した事は間違えない。

 犠牲者・遺族に対する謝罪の言葉が第一に口から出てこない時点で、この人間が代表を務める京都アニメーションという会社としての社会的使命は終わっているのである。

 

京アニ事件から1年「毎日が闘いだった」 社長会見、再建へ「作品作り続ける」

配信

京都新聞

 昨年7月に京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)が放火され36人が死亡、33人が重軽傷を負った事件から1年を迎えた18日午後、京都市下京区の京都経済センターで京アニの八田英明社長が記者会見し、「1年たって、1ミリでも前に進めるようにしている」と述べた。 【写真】事件発生時刻に公開された追悼映像  会見には八田社長と桶田大介弁護士が出席した。  八田社長は、現在の心境やファンへの思いについて「日頃から弊社を応援してくれている皆様に深く感謝している」などと述べた。  現在の会社内の状況については「あれほどの大事件は相当なショックだった。今は、社内のコミュニケーションを大事にしている」などとした。    第1スタジオの跡地利用は「まだまだかかる。遺族や地域のみなさまと語り合って考えていきたい」とした。  八田社長は、今後の京アニの方向性について「1年でできたものが2年かかることはあるだろうが、自分たちで企画を考えてやっていきたい」と引き続きオリジナル作品の製作に意欲を示した。    犠牲者の生きた証を社会にどう示していくのかという問いかけには「京アニには(若手を)ゼロから一つずつ教えていく伝統があった。後輩がその気持ちを伝えていく。時間はかかるが、これからも自分たちの作品を作っていきたい」とした。    青葉容疑者に対しては、代理人の桶田弁護士が「コメントはない」とした。  今後の再建について「建物を新しく建てるのが再建ではない。一番大きいのは心。作品を作り続けることを大事にしたい」とした。 この1年を振り返って「毎日が闘いだった。スタッフの1歩先を歩くため、泣き言を言わず、自分を鼓舞し、明日につながるようにしてきた」とした。  この日、八田社長は午前10時半から、事件現場となった第1スタジオ跡地で、犠牲者を悼む追悼式に出席した。遺族85人らとともに、アニメに情熱をささげたクリエーターたちの冥福を祈り、「1年前のこの日、この場所で、想像を絶する悲しい事件が起きてしまいました。地元はもちろん、全国各地からこの地に集まった優秀なクリエーターが突然未来を奪われてしまいました。無念で無念で、言葉がありません。断腸の思いです」と哀悼の意を表していた。が


自然災害が国家財政を圧迫する

 台風15号・19号、そして豪雨による大雨・土砂災害・堤防決壊・住宅浸水により甚大な被害を被っている日本列島。

そして各地で頻発する大地震、そして津波被害。

日本列島は災害列島と呼んでも過言ではない。

台風の発生場所に近いフィリッピンやサイクロンに苛まれるバングラディッシュも日本と同様に自然災害の脅威に直面した国である。

共通するのは狭小な国土に1億人を超える人口を抱える世界でもトップクラスの最貧国であるということ。

自然災害からの復興や対策、国民生活への援助・救済の為に莫大な国費を使う必要があり、国の経済を圧迫している実態がある。

この点では日本も同じかそれ以上の危機的状況にある。

 

 今般の自然災害でも決壊した堤防の修復や復旧工事の為に、急遽大量の資材や人員を投じている。

住宅の修復/復興や人的補償・見舞金も拠出されていく。

津波対策としては海岸沿いに空も見えぬほどの巨大な堤防を延々と構築していく。

これらの費用は何処から来ているのか。

国家財政を支えるために莫大な国債を発行して自転車操業状態。

日本が持つ高度な科学技術・テクノロジー、日本人の高度な教育水準と勤勉さによってかろうじて最貧国への転落を食い止めているのが実情ではないか。

一歩踏み誤れば日本がフィリッピンやバングラディシュのような世界の最貧国に転落する条件は整っている。

 

政治屋の利権漁り、財界/大企業の懐を潤すだけの無駄な公共事業を止めて、災害対策を前提とした公共事業に転換する必要がある。

国民が一丸となって本気で救国政権を打ち立てる時なのである。


電線を寸断したのは根っこの浅い針葉樹だった

 9月の第三土曜日である21日。恒例となった「社会の不条理を糾す会」の街頭演説会が新宿駅西口で開催された。

 台風の接近により降雨が心配されたが、途中で多少のパラツキはあったものの殆んど影響も無く昼から夕方5時まで弁士が代わる代わるマイクを持って時局問題などを絡めて社会の不条理に眼を向けつつ街行く人々に訴えかけた。

小生も台風15号関連でマイクを握った。

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 9月9日早朝に関東地方を直撃した台風15号では巨木がなぎ倒されて電線を切断するなどして千葉県を中心に停電の被害をだし、2週間が経過しようというのに未だに復旧していない。

 電線を切断したり幹枝がへし折れた大木の多くは杉や檜などの針葉樹だ。

これらは戦後、植林されたもので山間部から市街地周辺にまで多く見られる。

 針葉樹は幹が太く真っ直ぐ天に向かって伸びることで建築資材用に植林されたが、根っこは驚くほど浅い。幹周りが大人の一抱え程もある杉の木が台風によって倒壊しているのをみてみる。

根もとにはさぞ大きな穴が開いていると思うと、深さは50センチ程でその周囲は半径1メートル程で土が捲りあがった状態となっている。

 だから近年各地で台風の大雨によって住宅地が押し流され多くの犠牲者を出しているが、このような針葉樹林帯を伐採して、その中に造成した宅地に家を建てて住むなど自殺行為といわざるを得ないのだ。

 都市部の人口増加に伴い宅地造成の為に針葉樹林帯を切り開いているが、往々にしてそこは本来雨水の通り道である場合が多い。5年前の広島市安佐南区では住宅地が押し流され73人が犠牲となる大惨事が発生したが、まさに針葉樹林帯が大雨によって根こそぎ押し流されるルートの上を住宅地としたがための人災であったのだ。

 

 戦時中は国策として燃料を確保するために自生により広がる広葉樹林の山間部を徹底して伐採し禿山とした。

曲がりくねって建築用には適さない橡(くぬぎ)・樫(かし)・椎(しい)・欅(ひのき)・楢(なら)と言った広葉樹を伐採し炭や木炭自動車用の燃料とした。

 

 戦後は一転して国土復興の為に杉・檜といった針葉樹の植林を推奨した。政府は補助金を出して針葉樹の苗を無料で配り、植林する事で報酬を出したため人々はこぞって植林に励んだ。その杉や檜が50年を経て成長し花粉を飛散させることで花粉症なる厄病を蔓延させるに至ったのだ。

 

 日本のような急峻な山肌においては広葉樹を植えることが自然であり、神の摂理によって昔から自生していたと思われる。

 秋になれば枯葉が舞い落ちその上に雨が降り厚い層の腐葉土が堆積されるから、広葉樹林帯の山を歩けばスポンジの上を歩いているようなフワフワの心地よさがある。

いかなる大雨が降ろうとも天然のスポンジが吸収して蓄えるので大量に谷川に流れ込むことは無い。

広葉樹は地中深く真っ直ぐに根が延びるから蓄えられた雨水を深層で少しずつ吸収しながら養分としていく。

 橡・樫・椎・欅・楢の木々からは秋には熟成されたドングリの実が大量に大地にばら撒かれ、栗や柿・山桃の木には芳醇な果実が実ることで猿や猪・鹿・熊と言った野生動物の栄養源になった。

現在のように野生動物が餌を求めて人里へ出没する必要もない。人間と動物では生存の境界線が明確に分かれていたのだ。

 

 今では終戦後の思惑とは違いコンクリートや鉄筋を材料とした建築様式が中心となり杉・檜の需要は少ない。木造建築にしても海外から安い建築用木材が輸入されるので伐採されることはなく森林整備もおろそかになり野放し状態。その杉・檜が今回の災害を引き起こした。

 いま、日本は国策として針葉樹を伐採し広葉樹への植え替えを計るべきなのだ。

土建業界と癒着して政治屋のための利権を産み出す不要なハコモノ行政をやめて伐採・植林を新たな公共事業として進めるべきだ。

 

花粉症も害獣被害も解消する。鉄砲水により宅地が流され犠牲者がでることもない。電線を寸断するような樹木の倒壊も解消の方向にいく。

これこそが政治家が日本の将来の為に何十年もかけて成すべき政治の真髄ではないのか。

 

我々が政権を奪取した暁には政策としてこれらを実行していく。国民のための救国政治である。

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倒木の撤去なら植木屋でもできるだろう

 9月9日早朝に関東地方を直撃した台風からすでに6日が経過するというのに激しい被害を受けた千葉県南部の家庭では未だに電気が止まった状態だと言う。

東京電力によると電線に引っかかった倒木による被害が予想以上で復旧には2週間ほど掛かるという。

これほどまでにライフラインが脆弱であるとは誰も想像しなかったことだろう。

 

 この未曾有の被害を目の当たりにして、次回同様の被害を出さない為にはどうしたらよいのか人類は学習しなければならない。

 電線に引っかかった倒木を撤去するのは電力会社の仕事であるという。

電気事業法という法律によって決められている。

その趣旨としては電力会社以外が行うと感電の危険があるからだという。

今回のケースにおいては電力の供給がストップしているのだから感電の恐れはない。

ならば民間の工務店や造園業者・植木屋など伐採を生業とする業者を大動員して

倒木を速やかにに除去できるように法律を改正すべきである。

今回の事態を経験しながら、この厄介な電気事業法が改正されないとすれば

国会議員たる政治家の怠慢、職務放棄と言わざるを得ない。

 それとも電気工事に絡む事業は特定電気事業者の専売特許であるが故に

他業種には甘い汁を吸わせたくない、といったお決まりの利権が絡んでいるのであろうか。


京急電車事故からの教訓

 9月5日に横浜市内の京急電車踏切内で発生した電車とトラックの衝突事故。

運転手は第一京浜(国道15号線)から北側に平行して走る第二京浜(国道1号線)に抜ける際に事故現場となる細い道へ入り込んでしまったようだ。

私自身はもう少し東京よりになるがこの第一京浜と第二京浜の間の行き来は頻繁に行うルートなので人事とは思えない。

海寄りの第一京浜からはすぐ近くを平行するように京急とJRが走り、その北側は所によっては崖のように切り立った山肌の上に第二京浜が走る。

第一京浜から第二京浜に抜けようとすると地図上の距離的には近くてもルートが限られてしまう。

最近でこそ大黒埠頭方面から直接に立体交差で第二京浜に接続するルートが完成したものの、所によっては3〜4舛倭らないと行き来ができないようになっている。

 

 運転手は地図上で見つけた第一京浜から第二への抜け道に入ったものの近づいてみると「高さ制限2.8メートル」の表示があり、自身の運転する3.8メートル大型トラックでは抜けられないと分かり、事故現場となった細い道に入らざるを得なかったのだろう。

 事故の一報を聞いたときには警笛を無視して踏み切りに進入した大型運転手による無謀運転が原因か。亡くなったのが運転手だけで幸い、などと思ったものであったが実際は違っていたようだ。

 曲がりきれずに何回も操作を試みたが適わなかった。最後は車を置いて退避すれば自らの命は救えたものを最後までハンドル操作に従事していたのだろう。

どのような生い立ちの下で現在の大型トラックの運転手に就いていたのかは分からないが、自動車運転死傷処罰法違反の罪を着て絶命する事となった67歳が気の毒でならない。

 切り返し作業を行う間、休憩時間中で通りかかった京急の社員二名が立ち会っていたというが、早い段階で電車の運行を停める事は出来なかったのか。

私自身も日々ハンドルを握る中で、道に迷うことはある。始めてのルートにおいてとんでもない狭い道に入ってしまうことがある。それが大型車であれば焦燥感は如何ばかりであろうか。

 

このような重大事故があった以上、これを教訓として再発を防ぐための方策を講じなければならない。

大型トラックには普通車とは異なる通行制限が明示される大型用ナビの取り付けが必要という。

私が思うには第一京浜から第二京浜方面に右折する段階で「この先は高さ制限2.8メートル」と誰もがわかるように大きく表示すべきではないか。

上述した第一から第二京浜へのアクセスの不具合といった特徴を勘案すれば見落としが無いように徹底するべきであろう。

また、踏切内での立ち往生が予想される場合には110番通報の上、警官を臨場させて適時な誘導や電車の一時運行停止を踏まえて対処すべきでだ。10分程度停めておけばその後二日間に渡る全面運休という最悪の事態も避けられていたはずだ。

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「上級国民」に対するフラストレーションが29万人?

東池袋で発生した自動車暴走死傷事故の遺族がブログを開設し犯人への厳罰を求め署名活動を展開しているおり、

すでに29万人の署名が集められたという。

東池袋自動車暴走死傷事故 遺族のブログ

https://ameblo.jp/ma-nariko/

 

二度とこのような悲惨な事故を起こして欲しくない、という遺族でる松永さんの至純な思いから端を発した

署名活動に対しては敬意を表するものであるが、内容において不明確な部分がある。

署名活動に参加した人々は何を求めているのであろうか。

 

東京地検宛の署名簿においてその眼目は

加害者である飯塚幸三運転者に対し、繰り返される交通死亡事故に警鐘を鳴らすた
め、出来るだけ重い罪での起訴の上、厳罰に処していただきたく、ここに署名を添え
て要望いたします。

とある。

世間一般において発生している交通事故に対する厳罰化を求めているのではない、

飯塚運転者個人に対する厳罰化を求めている。報道によると

「警視庁は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で飯塚元院長を書類送検する方針」とあるから

署名簿の趣旨としては、それよりも重い罪状での起訴を検察庁に求めていると想定できる。

 そうすると危険運転処罰法の適用を求めているとも想像できるが、泥酔状態でもないから無理なことはわかっている。ましてや殺人罪に問うことはあり得ないし。

では、いったい何を以っての「重い罪」「厳罰」なのか?

署名活動に協力した29万人は明確に回答できるだろうか。一般庶民としては命を奪われた母子に対する慈しみの気持ちと運転者に対する怒りを署名と言う形で体現できたことで一矢を報いたと思いたいのかもしれない。

 

 これは事故の直後に飯塚運転者が逮捕・身柄の拘束を受けずに帰宅したことに対する国民のフラストレーションが29万人の署名に繋がったと言えるのではないのか。

飯塚運転者が通産省勤務時代に工業技術院院長を勤め退官後、クボタの副社長を勤めたという華々しい経歴故にネット上では根も葉もない「上級国民」と位置づけられたことに対する庶民のヤッカミが沸点に達した結果ではないのか。

 我々庶民であれば逮捕/拘留/拘置を打たれそのまま懲役刑になるのに、と言った誤解から生じたものではないだろうか。

 確かに過失とはいえ死亡事故の加害者となれば逮捕があたりまえとなるが、その場合でも拘留請求がなされず二日程で帰宅を許されるケースはままある。

飯塚運転者の場合は高齢であることから帰宅を許されたのかもしれない。

自分で身の回りの世話が出来ない人間を留置しても小規模な目白警察署あたりでは介護のために人員を裂く余裕がなかったのではないか。人工透析患者やインシュリン注射を必要とする糖尿病患者では帰宅が許されたり身柄拘束期間が短いのと同様だろうか。

 

 一般論であるが逮捕/身柄拘束のためのハードルは高くあってしかるべきである。

なんでもかんでも警察の裁量で身柄拘束が可能となる世の中であってはならない。

法定型に従い、証拠隠滅の恐れなし、逃亡の恐れなし、住所が定まっている、ならば身柄の拘束を行ってはいけないのである。

自動車運転処罰法違反であれ業務上過失致死であれ、裁判によって判決が下された段階で飯塚運転者にはそれ相応の処罰が下される訳であり、そこで懲役刑がくだされる可能性も無いわけではない。


屋上への扉を施錠した「犯人」はいるのか

 7月18日に京都アニメーションで発生した放火事件では33人もの死者がでたとの報道。

うち19人が3階から屋上に通じる階段付近で折り重なるようにして犠牲になっていたという。

一部ではビル管理者か所有者が屋上に通じる階段を施錠していたと伝えるものもある。

本事件に関し「屋上」「階段」で検索してみるが諸説あり真偽は不明。

 未確認情報ではあるが、屋上で喫煙するか、吸殻を下に投げ捨てる人間がいるために、施錠して屋上には行けないようにしてあったとか。

信じがたいことであるが本当だろうか。

 

 京都アニメーションと言う会社自体の評判は良いようだ。子育てしながら働けるようにビルの中に託児所を設けているとか社員への配慮が行き届いているとか報じられてる。

 そのような会社に勤務する人間が規則を破り屋上で喫煙するなど、あり得ないのではないかと考えるのが自然だ。

 よしんばそのような不埒な人間がいれば注意して利かなければ解雇すればよいことであり、最後の生命線ともなる屋上への扉を施錠して良い理由にはならない。

 一部報道では施錠されてなかったともある。ならば脱出できなかった理由はなんなのか。

仮説としては先頭の人間が扉に覆いかぶさって後続の人間が辿り着けなかったのか。

 もしも作為的に施錠されていたならば重過失致死ではないか。未必の故意による殺人とも言いたいところだ。

 ホテルではないから防火設備においての厳しい規定はないものの、放火でなくても一般的に火災発生の危険は常に念頭にある。

 あと一歩で屋上に脱出できるにもかかわらず下から迫る黒煙に包まれて失意のうちに命を失った犠牲者の苦しみを思うと胸が痛む。

放火犯の行為が糾弾され厳しく処罰されるの当然であるが、施錠した人間がいるとすれば、犯人と同等に厳しい処断が下されるべきなのである。

 

屋上への階段に死者集中 扉閉まり脱出不能か、京アニ放火

 京都市伏見区のアニメ制作会社のスタジオで33人が死亡した放火火災で、3階と屋上に出る扉をつなぐ階段に死者が集中していたことが19日、京都府警や市消防局への取材で分かった。18日午前に発生した火災は、19日午前6時20分に鎮火が確認された。

 出火直後に消防隊員が現場に到着した際、扉は閉まった状態だったが、外から開けられた。炎や煙から逃れるため屋上に出ようと人が殺到したが、何らかの理由で扉を開けられず脱出できなかった可能性がある。府警は19日、放火に加え殺人などの容疑で現場検証する。

 府警によると、死者のうち19人が屋上への階段で、倒れた状態で発見された。

(共同)

 


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