悪い事は何でも「朝鮮人の犯行?」か

 いつも利用する我が家への沿線での出来事なので、多少の関心はあったが、事件から三日目にして犯人の女が逮捕された。

発信人不明のブログ記事だから、どの程度の知能の人間が書いているか不明ではあるが、「犯人は韓国人」との、決めつけにはうんざりする。

 真剣に韓国なり朝鮮政府が行っている対日敵視政策に抗議するでもなく、「悪事は全て朝鮮人・韓国人の犯行」、と決めつけるその思考が如何に日本人としての尊厳を貶めているか理解していないようだ。

 こういう人々が所謂ネットウヨクの支持者として拡大しているところに、日本の悲劇が存在している。

 

 

http://jikennblog.seesaa.net/article/tsukagoshiyumiko.html

【塚越裕美子】高田馬場駅の異臭女が逮捕!傘を差していた容疑者は練馬区の職業不詳女だった!

東京都新宿区にある西武新宿線高田馬場駅で異臭がしたという事件がありました。
日比谷線の霞が関駅で起きた事件を想起させますが、今回の事件では9人が病院に搬送されていました。
この事件で、警視庁は10月1日、催涙スプレーのようなものを撒いたとして、東京都中村南2丁目にお住いの、塚越裕美子(つかこしゆみこ)容疑者を逮捕しました。
「つかごし」ではなく「つかこし」みたいですね。
塚越裕美子容疑者は36歳の職業不詳の女だそうです。

これまでのニュースを見ると、高田馬場駅で日傘を差していて、急に男性にスプレーを噴霧したみたいなことが言われていたので、精神疾患を持っている人なのかなぁ。。。なんていう想像をしていました。この塚越裕美子容疑者はどんな人なのか、気になります。
また、高田馬場という土地柄、在日韓国人が多いエリアだけに韓国人の犯行?何て言う気もしました。
ピンクのカーディガンがちょっと韓国人が着ていそうなファッションでしたけど、どうなのでしょうか?

 

 


優生思想はヘイトではない

津久井やまゆり園で発生した19人殺害事件から昨日26日で一ヶ月が経過した。

事件は異常者による大量殺戮との報道がなされる中で、私は翌日の当ブログにおいて優生思想の実践である旨を記述した。

http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=1460

 

事件の背景を検証するにおいて、一般マスメディアも遅ればせながら、優生思想に対し着目しだした。

ただ、マスメディアにおける視点は昨今巷で話題のヘイトスピーチと同一線上において考えているが、

これは全くの間違いである。

自分たちと異なる者、少数者・弱者を排斥する否定する、ということで右傾化社会に警鐘を鳴らすという

所謂リベラル勢力の宣伝材料に使用されてはいないか。

 

植松聖容疑者が行った大量殺人とはあくまでも優生思想に則った彼なりの政策を実践したものであった。

障害者を排除することで国家財政の負担を軽減すると言う一つの政策であった。

植松容疑者としては障害者に対する憎しみ(ヘイト)など持つことはなかったはずである。

自らのフラストレーションをぶちまけるが如き他民族に対する排斥主張と異なることは明白である。

単なる狂人による大量殺戮ではない。一つの確固とした主義・政策に立脚した上での強硬策と認めた上で、

その是非を説いていかなければならない。

勿論、肯定するものではないので、何故に誤りであるかを追随者があれば、彼らに対し真剣に説いてゆく必要がある。

 

世の中には色々な主義主張を持つ者がいる訳であるが、如何に間違っていて危険な思想であっても実践しない限りは、

思想を取り締まる訳にはいくまい。

共産主義こそが人を幸せにすると信じ、スターリンが6000万人を殺害した事さえも否定しない人間は存在する。

その共産主義を掲げて国会で堂々と立法審議に携わる国会議員がいる。

中華主義こそが至高の思想と信じ、東シナ海・南シナ海で侵略行為を続ける国家が国連の常任理事国として君臨している。

これら狂人さえも許容しているのが、現代社会なのである。

 

この事件を契機として障害者とその家族からの視点がクローズアップされる傾向にある。

世間でいう程に負担ではない、障害も特徴の一つに過ぎない、健常者となんら変わらない普通の家庭なんだよ、

と報道されているが、事件を契機とした世間の風あたりを気にして、強がりを見せてはいないか。

もう少し、肩の力を抜いて本音の部分を語ってみてはどうなのか。

乙武君は「手足がないのは障害じゃない、一つの個性だ」、と言っていたが、それを真に受ける人は少ないだろう。

あれだけの境遇を背負って世に出てきた人間としては、そのように思わなければこれから先の人生を生きていくことができないから、とは考えられないだろうか。

障害を持って産まれた子供を育てるとなれば親自身が人一倍精神的にも強くならなければならない。

現実を直視して受け入れることから初めていき、目の前の困難を一つずつ克服して行くのだろう。

とても私のような弱い人間が太刀打ちできる状況にはない。

 

ただ、此処では先天性の障害を負った人々に対しては三つのケースに峻別して考えてみたい。

 △垢任砲海寮い望祿欧鮖って産まれてきた人々。これに関しては福祉先進国とできる限りのサポートを行う必要がある。

◆⊇仞諺或巴任砲いて、障害を負って産まれてくる確率が高いと診断されたケース。堕胎すべきか、障害があっても産むと言う選択をするのか、親としての判断に関しては議論の余地があろう。

 

問題としたいのは次のである。

「このような形で妊娠・出産すれば必ず障害児が産まれますよ」、という状況において「私は産みたい」、と言った親のエゴを前面に出して障害児を出産して満足する親の存在である。

具体例としては野田聖子衆院議員であろうか。

女性が肉体的に結婚・出産に適した20代30代においてはなんら妊娠・出産するための努力もせずに、40歳を過ぎてから不妊治療にとりかかり、アメリカに渡って他人から精子の提供を受けて体外受精で妊娠。50歳での出産とはまさにオカルトの世界。

当然の結果として重度の障害を持った子供が産まれたが、自らが出産したという事実に満足している。

福祉の世話にならなくても、資産家の養女故に十分なケアは可能なのだろうが、母親のエゴの下に一生回復する事がない重篤の障害を背負って生きていかねばならない本人は、本当に幸せなのか。

「これは障害ではない、お母さんがプレゼントしてくれた特徴なんだ」、と喜んでいるとでもいうのか。

作為的に産まれてくる子供に対し身体的・精神的障害を負わせた野田聖子などは、傷害罪の適用も視野にいれて処罰しても良いくらいではないか。

 

障害者を排除する訳ではない、産まれてきた命は尊重されるべきであるが、わざわざ産まれてくる子供に障害を背負わせる必要はなかろう。

子供の幸せが優先されるべきであり、「多様な生き方」「ライフスタイルの選択」などという自由はあり得ないのだ。

野田聖子のようなケースが市民権を持って大手を振って社会的に認知されるからこそ、優生思想を根底にもった反発が発生するとは考えられないだろうか。

 

シンググマザーなるものも同様である。

結婚はしたくないが子供が欲しいから、男と付き合って妊娠だけした、なんてことを公然という女もいる。

物心ついた子供に「お父さんがいる家庭と、お父さんがいない家庭、ドッチがよかった?」、と聞いてみれば答えは明白。

父と母がいて子供が育つのは当たり前である。どちらか一方に不幸な事態があっても、片親が育てることは可能となる。

腎臓や卵巣も片方を失っても生きていけるように人間は作られている、眼も同様。

 

これから先、70年〜80年と言った長い人生を背負って生きてくる子供達。

できるだけ良い環境と身体・精神を用意してあげることは親として社会として当然の責務である。

 

強姦致傷で逮捕された高畑裕太の母親も二度の離婚を経験し、彼は父親不在の環境で育てられていたそうだ。

もしも、違った環境でも同様の事件を起こしていたのだろうか。


優生政策を論じる出発点とは成り得ない

 7月26日に植松聖が行った大量殺戮はナチスが実践していた優生政策をそのまま実行していたと言えるだろう。

 優秀な遺伝子のみを残す。劣勢な遺伝子は消滅させることによって民族の優越性を高めるものである。

 社会の負担となる障害者は生きる値打もない。社会の重荷であるといった観点から、命を奪う事を肯定した思想である。

 これを忠実に実行したのが植松の凶行であろう。

 彼は単に概念や机上の問題としてではなく、実際にこの障害者施設において勤務する中で、このような思想を体得したとも言える。

 日本における医療費の大半は終末医療と回復の見込みがない障害者へのケアで費やされている。

 こういった社会負担が若年層への社会保険料や税金としてのしかかっている。

 早い話がこういった人々を安楽死等の形でこの世から消滅させれば、社会保険料・税金が不要、若しくは軽減された住み易い世界となる。

 自分が何者かも分からない中で、医学の力を以って強制的に生かされている人々を見て、このような思想に奔ったというのは頷けない訳ではない。

 平成11年に都知事に就任した石原慎太郎氏が重度障害者施設を訪問した際に、「ああいう人たちには人格ってものがあるんだろうか」、と発言して物議を醸したことが思い出される。

また今回、都知事選において当選するかもしれない桜井誠氏においても、活動を伝える過去の動画の中では、街宣活動に文句を付けてきた車椅子にのった障害者の老人を数人で取り囲んで「おまえなんか生きている値打ちもないんだよ」、と説教を行っている。

 これらは実行こそ行っていないが、ナチスの優生思想の一端と共通するものがないだろうか。

 

 「殺せ殺せ朝鮮人」、と言った街頭でのデモスピーチは所謂「ヘイトスピーチ規制法」によって封印されることとなったが、

これは在日朝鮮人の政治力が強大であったから成立したものであり、障害者に対するヘイトスピーチならモラルに反していないという訳ではない。

この優生政策が一定の指示を得て公に声を発するようになれば、法律で規制されることになるかもしれない。

だが、人々の中に巣食う差別意識までを淘汰することはできない。

 国家経営の戦略から言えばこの優生政策が健常人にとって快適なものとなることもあるかもしれない。

しかし、人間には叡智があり人徳が備わっている。他者を思いやる慈しみの精神もある。

いつ何時自分自身も障害者の立場に陥るかもしれない。

もしかしたら我が子が障害を負っていたかもしれない、それを彼らが身代わりに背負ってくれているのかも、といった想像力を働かせるだけの独創性がある。

重度の障害者を負っている子供でも、生涯の宝と慈しむ家族の存在がある。

 

 ここ十数年来のネット社会においては自らの考えを匿名で披露できる環境が整っている。

その中では驚くには値しないが、「障害者は社会のお荷物」「障害者を安楽死させろ」、と言ったカキコミは無数に散見される。

ただ、匿名であるから発信できるのであり実名を晒して言えるかとなると、その環境にはない。

「障害者を殺せ」と思っていたとしても人前で口に出すことは恥ずかしいことである、との自己抑制が掛けられているからである。

または、そのように思う事が恥ずべきことなんだ、と言い聞かせて封印してきたのである。

 

 しかし、この事件をきっかけとして優生思想というものがクローズアップされた時には堂々と発信できる環境が整わないだろうか。

 数年前は「朝鮮人を殺せ」などと街頭で発信するこよは想像もできなかった。

何も本気で殺すつもりはない。社会にインパクトを与えたい、世間の注目を集める手段として発したことが、抑圧されていたネット住民の指示を得て拡大し、これに危機感を抱いた、という事になっている当事者たる朝鮮人が政治力を駆使してヘイトスピーチ規制法を成立させた。

 実際のところ「朝鮮人を殺せ」コールで実際に殺されたり、死の恐怖に陥った人間はいない。

精神的に嫌な思いに陥ったという位が現状であろう。

 

現在では障害者に対するヘイトスピーチ規制はない訳であるから法制度上は問題ない。

世間の注目を浴びたければ「税負担の軽減」を名目に「殺せ殺せ障害者」と連呼してデモ行進をすることは可能である。

 

終末医療の在り方、回復の見込みがない重度障害者へのケアの在り方に対しては、大いに見直し・議論が必要なことは言うまでもない。しかし、今回の事件が契機となって、議論に着手するようなことがあってはならないだろう。

 

 

 

「優生学」とは、劣等な子孫の誕生を抑制し優秀な子孫を増やすことにより、単に一個人の健康ではなく一社会あるいは一民族全体の健康を計ろうとする思想をいう。それゆえ、「優生学」は「民族衛生学」とも呼ばれる。

1895年、ドイツの優生学者アルフレート・プレッツ博士が『民族衛生学の基本指針』を出版。「民族衛生学」という言葉が初めて用いられた。このプレッツ博士の著書は「ドイツ優生学」の出発点となった。

 


アルフレート・プレッツ博士
(1860〜1940年)

彼の著書『民族衛生学の基本指針』は
ドイツ優生学の出発

点となった

 

 

 

衆議院議長大島理森様

 この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。

 私は障害者総勢470名を抹殺することができます。

 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為(ため)と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。

 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。

 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

 重複障害者に対する命のあり方は未(いま)だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。

 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛(つら)い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。

 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。

 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。

 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

    文責 植松 聖

 

 作戦内容

 職員の少ない夜勤に決行致します。

 重複障害者が多く在籍している2つの園を標的とします。

 見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。

 職員は絶体に傷つけず、速やかに作戦を実行します。

 2つの園260名を抹殺した後は自首します。

 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。

 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。

 新しい名前(伊黒崇)本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。

 美容整形による一般社会への擬態。

 金銭的支援5億円。

 これらを確約して頂ければと考えております。

 ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。

 日本国と世界平和の為に、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します。

 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。

植松聖

 (住所、電話番号=略)

 かながわ共同会職員

(共同)


折りたたみユニットハウスの活用を提唱する

被災地熊本では住居の確保が困難な状況にある。
仮設住宅では工期がかかるし、解体するにも費用が掛かる。
芸人でキャンプ施設を営む清水某氏がトレーラハウスの活用を提唱し、自らが所有するトレーラーハウスを10台くらいだったか
被災地に送ったと言う。
だが、仮説ハウスに比べ費用が高いことや、平時においては何処に保管するのかと言った課題が残されている。

 私が従前から提唱しているのは「折りたたみ式ユニットハウス」の活用だ。
一般のプレハブハウスと異なり、普段はペチャンコにして積み上げておけばよいので、収納場所を取らない。
屋内の倉庫に保管しておけるので、風雨に晒され劣化することもない。
不要となれば折り畳み収納し、繰り返し使用できる。

大量に生産して備蓄しておけば、海外における災害においても、すぐに船積みできる。
場合によっては航空機で輸送することも可能だ。

大量に余った土建業者生き残りの為に無駄な公共工事を発注するのではなく、政府が買い上げ・借り上げることを前提として、
この「折りたたみ式ユニットハウス」を作らせたらよい。

組み立て解体は実に簡単だ↓

https://www.youtube.com/watch?v=lTyIQ2KFmMI

パチンコだって賭博じゃないか

バトミントン選手が違法カジノに出入りしていた問題。
バトミントン協会としてしかるべき処分が下されることであろうが、
違法なカジノ店に客として入場し、賭博行為に興じていた訳であるから、刑事罰も科せられる案件である。
本日の記者会見に臨んだ田児・桃田両名は事が発覚した事で、初めて事の重大さに気づいたのではないだろうか。
賭博行為が悪い事か、と言えば法律で禁止されているから悪いというしかない。
ならば、法律によって禁止されていなければよいのか。道義上は問題ないのか。
さいたるものが巷にあふれるパチンコが俎上にあがるだろう。
パチンコは合法な賭博なのか。
店頭で玉を現金に換えることができれば、違法な賭博行為となる。
それを逃れる為に特殊な景品に換えて、別な場所で現金に換えている訳だ。
所謂、脱法行為であり、本質そのものは違法ではないか。

石原都知事の時代には東京にカジノを誘致しよう、と提唱していた。
いまでもこの構想は完全に立ち消えになった訳ではない。
賭博なんてものは博打であるから、国民を博打漬けにして国民生活を荒廃させるにはもってこいだ。
英国がアヘンで支那を滅ぼしたのと同じである。意志の弱い人間に覚えさせれば抜け出すことは困難である。

南朝鮮では賭博が合法化されている。
今回問題になった二人もスウェーデンと南朝鮮で賭博を覚えたと語っている。
殺人や窃盗ならば如何に政権が代わろうとも合法化されることはない。
しかし、立法機関によって法律が改変されれば、いままで違法なものが、合法となる。

「賭博は悪いことなのか?」、と問われれば、今は法律で禁止しているから悪い、と言うほかない。

 

田児、闇カジノ60回で1000万円 桃田は6回で50万円

スポニチアネックス 4月8日(金)15時41分配信

 違法カジノ店に出入りしバカラ賭博をしていたことが判明したバドミントン男子の桃田賢斗(21)と12年ロンドン五輪代表の田児賢一(26)=ともにNTT東日本=が8日、都内で記者会見を行い、出入りした回数と金額を明かした。

【写真】7日、遠征先のマレーシアから帰国した田児賢一(左)と桃田賢斗

 会見で使った金額について聞かれると桃田は「6回程度です。1回で10万円くらい持って行きました。トータルは50万円負けくらいです」と答えた。田児は正確な金額を自らの口で明かさなかったが、同席したNTT東日本バドミントン部の奥本雅之部長が「田児は60回程度で1000万円使ったと報告を受けている」と説明した。

 また、同部の男子選手6人が田児とともに、同じく違法な賭博行為を実施していたことも判明。田児は後輩を違法な道に誘ったことについて「認識が薄かった」と謝罪した。


「祈りの日」式典に出席

東日本大震災から5年となる3月11日、「祈りの日」式典が永田町の憲政会館で開催され参加する。
「躍進日本ー春風の会」で代表を務める村上正邦氏(元自民党参議院会長)が主催する式典で今年が5回目となる。
http://www.shunpunokai.com/
当日は天皇皇后両陛下をお招きした政府主催による式典があり国会議員などの多くはそちらの方に出席しているのだろう。
一般国民があの未曾有の大災害で命を落とされた方々に対して、この日この時間に一緒に手を合わせられる場所がないもんだろうか、との考えで村上氏が提唱して震災の翌年から初めた式典。
私としては第二回からの出席で今回が4回目となる。
民間人による手作りの式典であり、人情に厚い村上氏の人柄が伝わる式典である。
実行委員長の南丘喜八郎氏は挨拶で、気の毒だ大変だと言うだけでなく実際に復興への力を傾けるべきと、力説した。
中学を出ると集団就職で上京した人々によって東京の繁栄がある。
農閑期には家族を残して飯場に寝泊まりして建設に従事した出稼ぎ者によって東京の街は作られた。
その人々の大半は東北地方からの人々だった。
家族と離れ離れになって働いた東北人の御蔭でこの経済的繁栄を誇る首都が築かれた、との言葉には
東京で生まれ育った私には胸にグサッと突き刺さるものを感じた。
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「稲むらの火」を朗読する宇野美香子さんと、馬頭琴で効果音を演奏するセーンジャーさん
 

未だ海底に眠る犠牲者の存在を忘れない

死者15,894人をだした東日本大震災から3月11日で5年となる。
未だに2562人が行方不明となっている。
事実上は遺体の発見されていない死者ということになろうか。
現在でも海中や海岸での捜索活動が展開されているとの報道に接する。

しかし震災から5年を経過した現在、ダイバーが海中に潜ったり竿で海岸の砂地を突っついたりして、行方不明となった人の遺体を発見できると本気で思っている人は皆無ではなかろうか。
ハッキリ言って無駄な努力であり、「発見に尽力してますよ」「忘れていませんよ」、と言ったポーズを見せているに過ぎない。

私が津波発生の直後から訴えていることであるが「大規模な浚渫作業を実施せよ」、ということだ。
政府・行政や自衛隊としては「行方不明者はきっと生きている」、との建前を重視しているので
ショベルの付いた浚渫船で海底を浚ったのでは四技裂断の大怪我を負わせてしまうと危惧していた。
また、死者であっても肉体への損傷を道徳的見地から避けたいとの思いで、丹念に人力による潜水作業で発見に努めていた。
しかし、実際には津波の引き潮によって人も家屋も自動車も大量に海底に埋没している訳であり、潜水士が家屋から突き出たガラスや釘の刺さった木材を手作業で除去しながら遺体を発見するなどできよう訳がない。
潜水士の命の危険を考慮すれば表面を黙視する程度が限界であろう。

引き潮で海底に引きずりこまれれば数分で絶命していることは明らか。
津波発生直後から大規模な浚渫船を駆使して「遺体の回収」にあたるべきだったのだ。
5年もたてば遺体は溶解して身元の判明すら不可能。
例え四技裂断に遭おうとも迅速なる身元の確認を実施すべきであったのだ、
日本政府は馬鹿だよ。私がこの国の為政者なら決断していたがな。


 

<震災5年>戻らぬ人 手掛かり一つでも

河北新報 3月10日(木)10時18分配信

 東日本大震災から11日で5年を迎えるのを前に宮城海上保安部は9日、宮城県南三陸町の荒島周辺で潜水士による行方不明者の集中捜索を実施した。

【写真特集】その日、すべてが奪われた――

 巡視船くりこまの潜水士6人が午前10時から島周辺約1キロを捜索。うねりにさらされる中、水深約10メートルで懸命に探した。約1時間半の活動で、大きな手掛かりは見つからなかった。

 同町志津川で母が行方不明になり、捜索を見守った仙台市の女性(53)は「5年たっても母を思う気持ちは変わらない。捜索してくれた潜水士の皆さんに感謝したい」と語った。

 寺門嘉之潜水班長は「ご家族の皆さんにとっては『もうここには何もない』と分かることも大切だ。要望があれば、これからも続けていく」と話した。

 宮城海保によると、宮城県内での潜水による捜索は震災後494回目。
浚渫船.png
「浚渫船」の画像検索結果
これでやらなきゃダメだよ


菊池直子の無罪は当然

 11月28日、元オウム信者の菊地直子被告に対し東京高裁にて無罪判決が下された。
一審東京地裁の懲役5年という判決を覆す決定が下された。
当然である。
  一審東京地裁における素人によって導き出された裁判員裁判の判決が常軌を失したヒステリックな判決であったことが分かる。
都庁へ爆発物を送りつけ、都職員の指を吹き飛ばさせたという殺人未遂幇助という起訴内容については、菊地本人が事件に関与しているという認識を持っていたのか。
持ってたとすれば上九一色村の教団施設から東京に爆薬原料を運んだ際に、爆破計画を知っていたと本人が供述するか立証しなければならない。
 一審公判ではすでに死刑判決が確定している首謀者・井上嘉浩の証言を採用しただけであり、なんら物証は得られていない。
警察も検察も有罪とする為の証拠固めを行って起訴に持ち込むべきところ、何らその努力をしないで素人裁判員の心情に判決を委ねたと言えようか。

 20年前も現在も「オウムは絶対的悪である」、と言った擦りこみの下、有罪ありきの手法で捜査・取締りが展開されてきたし、相手がオウムなのだからと世間もこの国家権力の暴走を看過してしまった。
 勿論、オウムが邪悪な集団であり罪なき人々を殺傷し遺族に多大なる悲しみをもたらした事実に鑑み、徹底した取り締まりが必要なことは論を待たない。
 
 しかし、それは現行法に準拠して取締るべきであり、世間が一旦「悪」と烙印押した者には法律も制度も関係なく取締り・身柄の拘束や逮捕が許されると言うものであってはならない。
20年前に菊地直子を指名手配するに当たっては無関係である地下鉄サリン事件等における殺人容疑を適用した。
殺人罪であるが故に時効が無いことで事件から17年後の平成24年に逮捕されたのだ。
逮捕後に殺人罪で起訴したが一審の素人裁判官制度でさえも無罪とせざるを得なかった。

 そもそも殺人罪で指名手配する必要はなかったのだ。
菊地の容疑である都庁爆破事件を問う為の方便として公訴時効を留めることが目的となってしまった。
都庁爆破の殺人未遂幇助だけが起訴事実ならば、少なくとも一審で殺人罪が無罪となった時点で釈放されていなければならない。
このような現行の法定刑を無視したやりかたが、認められるのであれば時々の権力の匙加減や
権力にとって都合の悪い人間だけをチョイスして、重罪を科すことが可能な世の中となるのだから。

この二人、実際には殺ってるね

 20年前の大阪での11歳少女焼殺事件。
 服役中の二人に対する再審請求が認められたということで無罪となる公算が強いところだが、報道の内容から読み解くところでは、この二人が犯人であったろうとの疑念を強くさせるものであった。
 再審決定の理由としても「自然発火であった可能性が捨てきれない」、いった消極的なものであり、朴氏による放火の疑いを完全に否定したものではなあい。
 それも弁護側が綿密に用意した現場の再現実験によるものであり、気化したガソリンが充満したなかで発火させれば朴氏は逃げ切れない。前髪が焦げた程度では済まない。一緒に焼死している、というもの。
 しかし、上記の如き取調段階における自白そのものが警察の誘導によるものであった訳だろうから、信憑性は皆無である。
一刻も早く朴氏を犯人として起訴したいが為に虚偽のストーリを構築し、それに則って自白を強制した結果であろう。
 燃え盛る炎の上を飛び越えて脱出したなどという荒唐無稽な所作は否定されるには充分な無理筋である。
つまり捜査取調べ段階における警察のスタンドプレー故に、本当の犯人を釈放させるに至ったわけだ。

そして二人が犯人であると確信づけるに至ったのは釈放直後の記者会見だ。
 20年間の服役直後であり、社会擦れしていないから本音が出てくる。以下は報道からの引用。


スーツ姿の朴さんは午後2時すぎ、弁護士とともに大分刑務所から現れた。「自由の身にしてくださり本当に感無量。20年ぶりなので、まるで遠い外国の地に立っているようで、まだ現実感がない。夢のようで景色が輝いて見える」と一言一言をかみしめるようにして話した。 
  20年間を振り返り、「ずっと心がピンと張り詰めていたので、今もそれをひきずっている」と涙をこらえるような表情を見せた。「少しずつ解放感を実感すると思うが、また次の闘いが待っているので、しっかりと心を整えたい」と述べた。 
  
青木さんも和歌山刑務所前で報道陣に対応。亡くなった娘めぐみさん=当時(11)=が好きだったという黄色のカーディガンと髪留めを身に着け、涙ぐみながら「やっと当たり前の世界に戻れた」と語った。 
  「娘が青空のどこかから私を見て『ママ良かったね』と言っている声が聞こえる。ずっと見守ってくれてありがとうと伝えたい」と声を振り絞った。24日の長男の誕生日を祝えなかったことについては、「夜に泣いた。20年分の誕生日を祝ってあげたい」と述べた。
 
以上で、引用終わり
朴氏は「自由の身にしてくださり本当に感無量」と感謝の言葉をのべた。
(彼が朝鮮人であるならば日本は外国なのである)
青木さんも「当たり前の世界に戻れた」、と釈放の喜びを伝えた。
ちがうだろう。
 冤罪によって長期間の服役を強いられた人間であればその理不尽さに対する怒りが湧いてきて当然。
取り調べに当たり自白を強要した刑事を許すことはできない。
実名を挙げて謝罪を要求するだろう。
 でたらめな内容の起訴状を読み上げ、無期懲役を求刑した検察官。
 自分の言い分を無視して有罪判決を下した裁判官。
これら司法権力者に対する批判が一切出てこないのは不自然ではないか。
すでに悟りの境地を開いた聖者であったとしても、これからも起こりうるであろう、そして現在も服役している冤罪被害者について、その防止を訴えるはずなのである。


 まあ、本件とは切り離して論じるところではあるが、無期懲役ならば20年を過ぎたあたりで仮釈放の可能性が出てきてしかるべきところである。
しかし、現行制度においては実質上、無期懲役は終身刑と同等の扱いになっていることは問題である。
平成25年末次点において無期懲役の受刑者は1843人いるが、その年に仮釈放となった無期受刑者は僅かに8人である。
平成17年、刑法が改変されて有期刑の最高刑が懲役20年から30年に引き上げられた。
よって、実情としては如何なる無期懲役も30年より前に仮釈放されることはありえない状況となった。
しかし、これは平成17年以後に判決を受けた受刑者に対して適用されるべきであり、本件のような「最高刑20年」時代に無期懲役判決が確定した受刑者は論外であるべきだ。
つまりは根拠のない事後法となる。
ことが起こってから新たに法律を作ってそれ以前の罪状で罰するのであれば、極東国際軍事裁判における「平和に対する罪」と同じなのであるから。


 

東住吉女児焼死再審 両元被告、20年ぶり釈放 和歌山と大分、再審開始決定で

産経新聞 10月26日(月)14時8分配信

 大阪市東住吉区で平成7年、小学6年の女児=当時(11)=が焼死した火災で、殺人などの罪でともに無期懲役刑が確定し、23日の大阪高裁決定で再審開始が認められた母親の青木恵子元被告(51)と内縁の夫だった朴龍晧(ぼくたつひろ)元被告(49)が26日午後、刑の執行を停止され、同年9月の逮捕以来約20年ぶりに収監先の和歌山刑務所と大分刑務所からそれぞれ釈放された。

 検察側は執行停止に異議を申し立てていたが、高裁第3刑事部(中谷雄二郎裁判長)が26日に退け、検察側が釈放手続きを取った。

 23日の再審開始と執行停止の決定は高裁第4刑事部(米山正明裁判長)が出した。事件については「火災は自白通りの放火でなく、車のガソリン漏れからの自然発火である可能性が否定できない」として、24年3月の大阪地裁決定に続き2人の再審開始を認めた。

 さらに「無罪の可能性が高くなっており、刑の執行を今後も続けるのは正義に反する」と述べ、26日午後2時で刑の執行を停止すると決定。これに対する検察側の異議を審理していた高裁第3刑事部は「再審開始を認めた判断に不合理な点は見当たらず、無罪が言い渡される可能性が高まった」として第4刑事部の決定を支持した。

 検察は再審開始決定について最高裁に特別抗告するかどうか、期限の28日までに判断する。

 火災は7年7月22日に2人の自宅で発生。青木さんの長女が死亡した。保険金目当ての放火殺人だったとして2人が逮捕・起訴され、18年に無期懲役が確定した。2人は21年にそれぞれ大阪地裁に再審請求。24年3月に地裁が再審開始を決定した。検察側が即時抗告していたが、今月23日、大阪高裁が退けていた。

 大分刑務所から釈放された朴さんは「自由の身にしてくださって感無量」と語った。

 和歌山刑務所から釈放された青木さんは、出迎えた支援者らの前で「やっと当たり前の世界に戻ってくることができた。娘がこの青空のどこかで『ママ良かったね』と言っているのが聞こえる」と話した。


警察護送車の運転は荒い

 留置されていた当時は何回も乗っているから経験上わかることだが、護送車の運転と言うのは相当に荒っぽいね。
特に今回事故を起越したのが首都高だということだが、高速上では結構飛ばすね。
急な車線変更や追い越し、加速・減速はひっきりなし。
護送されている容疑者は手錠で数珠繋ぎにされて、当然シートベルトなんかしてないから、
重大事故でも起きれば、命の保証はない。
 今回死者はでていないものの、病院に運ばれて治療をうけたりして、検察での調べをうけられないから、留置日数は伸びてしまう訳だ。
本来なら今日か明日にも釈放されるはずだった容疑者でも警察の不祥事で釈放が遅れる。
まあ、今回も事故の責任を他に転嫁しようとするのだろうか。

 先般、杉並区で俳優の萩原流行氏がミニバンの護送車による急な車線変更に巻き込まれ死亡した事故があったが、当初警察は当事者が護送車であった事実を隠蔽していた。
組織を使って口裏を合わす・嘘をつく、事実を捻じ曲げる。
これは警察という組織に根付いた伝統とも言うべき悪しき慣習なのだ。

 護送車の運転が荒っぽいことは誰もが知っているはずなのだが全く改善されていないというのは、誰もが現状で構わないと思っているのだろう。特権階級ということか。
警察は正しいことをやっている。だから如何なる手法・手段も許されるという一種の驕りだろう。


首都高で警察護送車など4台絡む事故 留置人など約20人けが 護送車が追突か

産経新聞 7月10日(金)9時59分配信

 10日午前9時ごろ、東京都中央区兜町の首都高速都心環状線外回り宝町出入口付近で、車両4台が絡む事故があり、約20人がけがをした。いずれも軽傷とみられる。警視庁によると、護送車が前を走っていた車両に追突したとみられ、詳しい事故原因を調べている。

 護送車には10〜60代の男性留置人16人が乗っており、いずれもけがをした。運転していた同庁留置管理2課の男性巡査長(34)ら4人の警察官もけがをしており、病院に搬送している。護送車は留置人らに検察官調べを受けさせるため、葛西署、小松川署、小岩署を巡回した後、東京地検に向かうところだった。

 留置管理2課は「再発防止のため職員の指導を徹底する」としている。


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