宮城県に行ってました

仙台まではあっという間ですね。
大宮からは、新幹線で僅か1時間15分。
そこからバスで1時間ほどの山間の町に行ってました。
留守にしていましたが、先ほど帰ってきました。
帰りのバスを待つ間に、JAグリーンセンターのスーパーマーケットで、オキアミの塩辛と地元産の梅干、イカキムチ、ブルーベリーゼリーを買ってきた。
駅の売店にあるような、お土産用の牛タンとか笹カマボコなんて有名な商品とは違うけど、庶民の味もまた良しなのダ。
東京と同様に兎に角、暖かかった。

明日、26日は麻布の賢祟寺で2.26事件の全殉難者慰霊祭か。
午後1時から。
誰でも参加可能。


大阪に行って来ました。

 もう、大阪行く言うたら、ごっつうプレッシャーでんがな。
3日前から唇の下がむずむずしてきた思うとったら、活火山状態で噴煙あげてまんがな。盛り上がって溶岩、流れまんがな。
 やはり、単身敵地に乗り込む言うんは、難儀なことやなぁ。

 で、16日は新幹線から在来線乗り継いで大阪駅へ到着や。
まあ、どうでもええことやけど、たった一駅やのに駅の間隔が長いわぁ。東京とはえらい違いやなぁ。
 まあ、それはええとして、電車下りてホームからエスカレーターで下るんや。
 はよ行かな、ならんのに前の奴は立ち止まったままや。
「おお、こらボケ、右側空けんかい。立ち止まるなら左に寄っとかんかい」「ホンマ、後ろから蹴りあげたろかい」
って、思うたんやけど、どうもチャウみたいやなぁ。
ここは大阪やよって、東京とは逆なんや。
善が悪になり、悪が善になる。
それが、価値観の転換、革命の第一歩なんやなぁ

 もう、此処から文化戦争が始まってまんのや。
わての周りは100%敵国人や。心して行かなあかんで。
で、敵の包囲網をかいくぐり、大阪駅前第2ビルに到着や。
どこが駅前やねん。駅からは、ようけ歩かされたわ。

 で、まあ「主権回復を目指す会 関西支部」の発足式に参加。
ゲリラは目立たんように会場の一番後ろに潜伏しとったわ。

懇親会は近くの居酒屋や。なんや東京にもようけあるチューン店系やないか。
 関西の活動家ネーちゃんはお色気ムンムンやわ。
ばっちり化粧決めて、太腿ムチムチで、胸元から乳、はみだしてまんがな。東京にはこないなネーちゃんいまへんがな。
 わてのブログ見てくれてまんのやな。
「なんでショーちゃんの悪口書いたんや」「あんなん書いて、ただで済む思うてんか」
もう、えらい剣幕でまともにお話しなんかでけしませんがな。
「わしの書いたどこが悪口やねん。どこがどうして侮辱といえるンや」「死者に鞭打つ?なに言うてまんのや」
もう、言うても無駄や。狂信的な中川ファンやな。このままやったら刺されるしかないわ。
 結局、ここでわしのこと非難しているのはこう言うオネーチャンと、そのお仲間やと判明したわ。
 ほんに魅力的な愛国女性なんやけど、頭で考えるのとは別に、ハートはショウチャンに引っ張られてんのや。56歳の中年オヤジ、恐るべしや。

 で、此処まで書いたら、ようけしんどいわ。原住民の言葉は漢字で変換でけへんのや。
続きは明日にしたろ。
 短期語学留学の成果や。どないや?

 


モンゴル買春ツアーか?

 20日からモンゴルへ旅行してきた訳ですが、ある業界を形成する「協同組合」の視察団に参加したものです。
 30名程の参加者の大半は中小企業のオーナー社長であり、その業界の中でも結構な収益を上げている所謂、「勝ち組」と言われる人たちです。
 つまり、この格差社会において小生とは対極にある人達です。
 小生の海外旅行歴は24歳の時に単身でイラクへ赴任したのを皮切りに、全ての渡航を単独で行ってきました。
 1991年の湾岸戦争以降、イラクを訪問するにあたって訪問団を組織してから団体(数名から30名位)でツアーを組んで渡航する機会が増えました。

 今回のモンゴル訪問を組織した、某協同組合はその業界では経産省より認可を受けた唯一の組合であることを誇りにしています。小生の勤める会社も会員です。
 しかし、その参加者の行状に対しては寒々としたものを感じます。
 初日の夜の夕食後、15人が飲食店に繰り出しました。
気乗りはしないが親睦を図る立場から小生も同行しました。ウランバートルの大学で日本語を勉強しているという、女子大生等が隣に座って接待。
 ツマミはひたすらピーナッツのみ。ビール・ウィスキー・ウォッカ等を飲んで一人1万円。現地の一般労働者の月給が200ドル。公務員でも500ドル程度といいますから、日本の5分の一程度でしょうか。店としては相当にいい稼ぎになったでしょう。
 私は、店を出てから部屋に戻ったのですが、翌朝食の席で聞いたところによると、やはり何名かは、女性をホテルの自室に連れ込む行為に及んでいたそうです。
 一昔前の東南アジア買春ツアーと同じですね。
モンゴルへは観光ではなく商用できている訳で、現地の人々との友好関係の構築も一つの要素ではないでしょうか。
 まあ、現地の女性を通じてモンゴル人との友好関係を構築、といった方便を垂れることもできるでしょうが、小生としては全くそういった気持ちにはなれませんね。
 また、禁煙のレストランにおいては、組合理事長自らがクレームをつけて、ツアー添乗員・現地ガイドに文句を言って、無理やり灰皿を運ばせていたのにはあきれ返りました。
「経済大国」として援助大国の国民だからできる事でしょうか。「エコノミックアニマル」という言葉が記憶の奥から引き出されてきました。

 8年前に台湾認証団として台湾を訪問した際、4人で台北市の歓楽街・林森北路に飲みにいった時などは、店の入り口で「飲むだけだよ。それでもいいかい」と断わって飲食のみを楽しんでいました。台湾との友好関係構築のために訪台しておいて、現地の女性を金で辱めるなどという感覚は持っていませんでした。

 こういった事例は商人と政治活動家の端的な相違点でありましょう。
小生はあくまでも後者であります。
 こういった無益なこだわりがあるがために商売で成功しないのかもしれませんが、それはそれで仕方がないのかもしれません。
「武士は喰わねど高楊枝」、でしょうか。


 小生も聖人君子ではありませんから、男子の欲望と言うか、世俗的煩悩の一切を否定するものではありません。そういうことをするなら、一人で来た時にこっそりすればよかろうに、と思うのです。 

帰国しました

 昨日、モンゴルから帰国しました。初めてのモンゴル。日本人からすると相撲のイメージが先行するくらいであまり馴染みのない国かもしれません。他にはジンギスカン・大草原・ゲルと呼ばれる遊牧民用のテント位しか思い浮かばないのではないでしょうか。
人々は素朴で暖かくもてなしてくれるいい国ですね。
 人口260万人の約半分は首都ウランバートルに集中。交通渋滞が凄いです。加えて道路の整備が追いついていない。首都中心部の幹線道路でもアッチコッチに大きな穴が開いています。

行きは大荷物→帰国はスッキリ
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 4泊5日の駆け足旅行でしたが。海外旅行をする際の私流、極意を伝授します。
日常生活で着ている衣類って結構、生地はしっかりしているけどゴムの部分がゆるゆるになったりとか、買ってみたけど気に入らなくて着なくなった物とかってありますよね。
捨てるのはチョットもったいない。
 そういう物を取っておいて、海外旅行のときにスーツケースに詰め込んでいきます。
一日着たら、そのままゴミ箱へ。そうすると帰国するときにはスーツケースの中の衣類は空っぽになります。
 発展途上国ならばルームクリーニングに来たオバチャンが喜んで家に持ってかえり、大事に活用する事でしょう。

蒙古放浪歌

暫く旅に出ます。帰ってからブログの更新を行います。
台風一過のいい青空ですね。
子供の頃は「台風一家」だと思っていました。
台風という家族がが通り過ぎて行った、と。

そんなお馬鹿サンは案外多いのでは。

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