キラキラネームは虐待の前兆

 また、母親による幼い我が子への虐待死が発生した。

この母親にとって我が子は愛しむべき対象ではなく、男と遊び惚ける際の邪魔物に過ぎなかった。      報道では3歳の長女である稀華(のあ)ちゃんとの二人暮らしでったと報じられているが父親の存在については何も言及されていない。

父親が死去した後に女で一つで子育てに奮闘していたのか、大人達の都合で勝手に離婚して父親不在で育てられたのかによって立場は大きく異なる。

 後者であればその時点で子供にとっては虐待を受けたに等しい。子供は両親の愛情に育まれて成長する権利がある。離婚するなら初めから子供を産むべきではない。

 マスコミ報道においてもシングルマザーというものが当たり前の存在と思っているようであるが、子供にとって父親のいない環境で生育しなければならないというのは、周囲の子供に比べてもハンディを背負っている訳であるから、当たり前として放置してはならない。

 

 そしてこういった不幸な事件において遭遇するのは必ずと言っていいほど子供に付けられた一種独特、まともに読み上げることができない名前である。

稀華を誰が違和感なく「のあ」と発音してくれるのか。これからの長い人生においては幾度となく

「のあ」です、と自ら説明しなくてはならない。

そういった重荷を生まれ育った直後から子供に課する親であるから、虐待するであろう事は容易に想像できる。

役所では名前の届け出がなされた段階でこの所謂キラキラネームに対しては警戒感をもち、児相や地域と連携して監視の眼を向ける必要がある。

 人間の子供をペットとして見ているからこそ、このようなふざけた名前を付けるのである。

子供は親を選んで産まれることはできない、そして自分の名前も選べない。

 

 現下、安倍政権においては人口減少を解消するとして「子供をたくさん産みなさい」「産み易い環境整備を」と出産を奨励しているが、両親の愛情も知らぬままに年を重ねる子供を増産することで、この国が良くなるのか。

将来的に就労の義務・納税の義務を全うできるまでに成長できる環境が整っているのであろうか。

 

3歳娘放置死 逮捕の母は5月にも交際男性と旅行 日常的に育児放棄か

配信

毎日新聞

 東京都大田区の自宅マンションで6月に女児(3)が8日間一人きりで放置され死亡した事件で、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された母親の梯(かけはし)沙希容疑者(24)が、事件1カ月前の5月も3日間、女児を放置し旅行に出掛けていたとみられることが8日、捜査関係者への取材で判明した。梯容疑者は女児の死亡前、交際相手の男性と会うため鹿児島県に旅行したが、5月も同県で同じ男性と会っていたという。警視庁捜査1課は、日常的な育児放棄(ネグレクト)があった可能性があるとみている。

 梯容疑者は6月13日までの8日間、同県に出掛けて大田区蒲田1の自宅マンションに長女の稀華(のあ)ちゃんを放置し、脱水症状と飢餓状態にして死亡させた疑いがある。捜査関係者によると、梯容疑者はこの間と同様、5月上旬ごろにも稀華ちゃんを放置して同県に旅行をしていたとみられる。容疑を認め、「留守にしても大丈夫で、死ぬとは思わなかった」と供述しているという。

 梯容疑者は居酒屋で働きながら一人で稀華ちゃんを育てていた。出勤時は稀華ちゃんを自宅に残していたが、仕事後にパチンコに行くなどして帰宅が遅くなることもあったという。【土江洋範、最上和喜、鈴木拓也】


あまりに場当たり的な一斉休校要請

227日午後6時に政府は新型コロナウィルス対策として32日から全ての小中高等学校に対し春休みまで休校を要請すると発表した。

命を守るという大義名分の下、あからさまに反対を表明する人はみられないが甚だ疑問を含む措置である。

何故に32日からなのか。そして何故に4日前になってからの要請発表なのか。まったくその根拠が示されていない。

227日に発表し、その14時間後には子供達には今期最後の登校となる。

教員においては休業中の課題を用意する有余も与えられていない。

休校に伴い職場に出勤できない親に対して雇用主は配慮せよというが財政的な補償は発表されなかった。

職場に出勤しない社員に対し給与を払い続ける財政的基盤のある大企業ばかりではない。

一人二人の社員が出勤できなければ危機的状況に陥る零細企業もある。

現に子供を持つ看護婦が出勤できずに病院の機能が麻痺している。

 

学年末のこの時期、卒業式を控えた最高学年の児童・生徒においては228日の登校を最後に同級生達と会えなくなる。

人格形成を担う感性多感な子供達が残されたわずかな時間において学校生活の最後の思い出を教師や友達と育みたい。

この貴重な時間に築いた思い出を胸に未来に雄飛する、という子供達の感性を無視した安倍首相の英断である。

こういった成長過程にある子供達の心情を簡単に無視できるのが安倍首相の強みでもある。

子供を持つ親であればその心情に思いを寄せて、多少の有余をもって子供たちを送り出してあげたいと思うところ。

休校を二日か三日先送りするか、二・三日早くに要請発表して何の不都合が生じるというのか。

しかし、子育ての経験も無く教育の現場に身を置いた体験も無い安倍首相であるからこそ、そのような配慮を施す必要性を感じないで済んだ。

「もしも自分の子供だったら」、と言う身近で切実な思いを持たなくて済むのが安倍首相夫妻の特徴である。

森友学園問題でも安倍昭江女史などは幼児教育が我が身にとって無関係であるからこそ、籠池氏の見せ掛けだけの愛国教育を賛美してみせたのだろう。

 

もしも、今回の英断を批難しようものならば「私は子供がいないから分からない」とでも言ってしまえば、

誰も突っ込んだ批判はできなくなる。

なんといっても子供を待たない夫婦は絶対的な弱者とみなされており批判のできない存在なのだから。


再婚相手の子供と共生できるのか?

 9月17日にさいたま市で9歳男児が殺害された事件で、19日夜32歳の継父が殺人容疑で逮捕された。

教師である44歳の母親がどういう経緯で前夫と離婚し32歳の無職男と再婚したのかは不明であるが

9歳の子供にとって幸せな環境でなかったことは事実であろう。

 兄は父親に引取られた事で兄弟は離散し「兄は連れて行かれてしまった」と周囲に悲しみを口にしていたいう。

 本件において継父による虐待は確認されていないようだが、最近各地で発生している乳幼児・児童等に対する虐待や殺人においては母親の再婚相手である継父による犯行が多発している。

 多くの場合、再婚相手はあくまでも女である母親との結びつきを望むものであり、連れ子は付属品・厄介者と見られてはいまいか。

勿論、子供に愛情を持ち我が子同然に愛情を注ぎ可愛がって育てている男もいるだろうが、そのような幸せなケースがどれ程あるのだろうか。

 

 子供を産んだ以上は両親が一緒になって成人するまで子育てに従事する義務がある。

子供のことを考えれば今流行の「シングルマザー」という存在自体が子供に対する虐待そのものではないのか。

「私は一人で頑張って子育てやってます。お仕事もバリバリやってます」、と周囲にアピールで満足か。

シングルマザーの子供に「両親のいる家庭と母親だけの家庭とどっちがいい?」、と聞けば答えは決まっている。

子供の意志で家庭環境を選べないが、両親は自分たちの都合で片親家庭を選択したのだから、子供こそが最大の被害者ではないか。

離婚するくらいなら子供を作るな。子供を作る以上は子供が成人するまで何が何でも離婚をするな。

結婚生活なんて言うのは全てが寛容と忍耐の連続である。

その上、母親と暮らしている家庭にある日突然見ず知らずの男が同居してくる。子供はどれほどのストレスに苛まれるか考えたことがあるのか。

 

 

 しかし、現在の自民公明党政権においては、「兎に角、子供をたくさん産んでください」との政策を唱っている。子連れで離婚することが悪いことであるとは捉えていない。

そしてシングルマザーには手厚い育児・児童手当まで支給している。

 子供の育成環境は問わずに頭数さえ増やせれば良い、というのが現行日本の無責任政策であり、

庶民はそれに従い計画性もないまま欲望に奔った結果として子供を産み、飽きたら離婚して

福祉の恩恵の下、税金で食い繋ぐこととなっている。

 

 死別による片親世帯においてはそれなりの手厚い援助が必要であるが、男女間の勝手な都合による離婚・片親世帯に対する支援は不要である。

 離婚した父親が何処かで存命であれば子供が成人するまでの養育義務がある。

別れた夫(または母親)が金銭的な負担を負うべきなのである。

 

 男女間の「勝手な都合」と言われても夫婦間にはそれぞれの事情がある、と言われるのは理解できる。夫の暴力・不貞・借金ギャンブル等々。しかしそんなことは2〜3年も一緒に暮らせば分かることであり、相手を見極めて信頼に足ると分かってから子供を作ればよい。

 戦後体制下、自民公明党政権による安易な少子化対策・人口一億人維持が不幸な子供を量産しているのだ。

 

 

 

https://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/190919/evt19091920240045-n1.html

さいたま市見沼区大谷の集合住宅で、ここに住む小学4年生、進藤遼佑(りょうすけ)さん(9)の遺体が見つかった事件で、埼玉県警は19日夜、死体遺棄容疑で父親の無職進藤悠介容疑者(32)を逮捕した。容疑を認めているという。捜査関係者への取材でわかった。

 県警によると、遼佑さんの遺体は18日未明、自宅と階段の踊り場を挟んで向かいの空室のメーターボックス(高さ約180センチ、幅約60センチ、奥行き約40センチ)内で見つかった。遼佑さんはTシャツ、半ズボン姿で靴下をはいていたが、靴は履いていなかった。司法解剖の結果、死因は首を圧迫されたことによる窒息死だった。

 遼佑さんは義理の父の悠介容疑者と教員の母親(42)との3人暮らしで、事件当日は小学校から午後4時ごろまでには帰宅したとみられる。予定していた17日午後5〜6時台の英会話塾には姿を見せなかった。母親が仕事から帰った際には不在で、母親は悠介容疑者から「塾に行った」と説明された。夜になっても帰宅しなかったため、母親が同日夜に110番通報。翌18日午前0時40分ごろ、警察官が遺体を発見した。


新入生5名の入学式

4月9日、都立高校では一斉に入学式。近隣の都立工業高校でも全日制と定時制で入学式。

小生は6時からの定時制に自治会を代表して来賓として参列する。

中野区選出の三人の都議の中で立憲民主の西澤氏はよく来ている。公明は来たり来なかったり。今回は高倉良生氏参列。

希望の党の荒木千陽氏は見たことない、でも祝電だけは届いていた。

今年の新入生は定員30人に対しわずかに5名。全て男子、年々少なくなっていく。

 

 入学式開式当初4組の保護者が着席していました。という事は一人の生徒の保護者は来ていない事になります。

どのような事情があって来られないのか。どの生徒の親が来ていないのか。アノ子かな、と想像を巡らして一人やきもきしていました。

が、開式の後しばらくたって後ろの方から小柄な女性が入って来て保護者席に着席しました。

「アッ、お母さん来てくれたんだ」と思うと我が事とのように嬉しくなりました。まるで小生が生徒自身であるような錯覚さえ覚えた瞬間でした。

もしかしたら片親世帯なんだろうか。家計を支えるためにフルタイムで働き、息子の入学式と言えども職場を抜けてくる事もできなかったのか。

また勝手に妄想を巡らしていました。

入学式の終了後、できるなら歩み寄って「来てくれてありがとう」と握手をしたいくらいでした。

小生が述べた祝辞のなかの訴えのほんの一端でも生徒・保護者の心に響いてくれるなら幸いです。

 

   祝辞

 新入生の皆さん、東京都立中野工業高等学校定時制課程へのご入学、誠におめでとうございます。

 本日、PTA会長が所要の為ご欠席という事なので、代わりまして本校の学校運営連絡協議会を代表して私・槇泰智が一言祝辞を述べさせて頂きます。

 皆さんは中学校での三年間をどのように過ごしてきましたか。

 正直なところあまり快適な学校生活が送れていなかったのではないでしょうか。勉強の面で皆より遅れてしまったりとか、人間関係が上手く行かなかったりと、周囲の同級生と比べても大きな悩み苦しみに直面していた時期が長かったりはしませんでしたか。

 卒業後の進路にしても目標が定まらずにイライラしたことはありませんでしたか。

 結果的にベストの選択ではなかったけれど、他に行くところもないので、取り敢えず中野工業高校定時制に入学したという人もいるでしょうね。

 そんな不安を抱えた中での入学式ではありますが安心してください。周りにいる同級生も殆どは同じ境遇なのです。

 今年は例年になく応募者が少なく結果としてここにいる五名の皆さんが新入学生として本校の入学式に臨むこととなりました。

 数ある選択肢の中からようこそ、この中野工業高校定時制課程を選んでくださいましたね。心より歓迎します。

 

 まず目標とするのは四年間を本校で勉学に励み卒業証書を手にすることです。良いか悪いかは別にして今の世の中、高校卒業の資格がなければ、希望する職業に就く事は困難な状況にあります。

 今の皆さんにとって大切なのは自分たちが毎日通う学校があって教室があり、そこには自分の机があること。そこに行けば何でも相談できる教師がいて、語り合える仲間がいることです。

 高校卒業の資格を獲るだけなら通信制など様々な選択肢もあるでしょう。しかし、年間に数回登校し同級生の素性も分からない。自分の性格や家庭環境を理解してくれる先生もいない。パソコンを通して課題を提出して卒業証書をもらう。それで高校生活を送ったと言えるでしょうか。

 今の若者にはコミュニケーション能力が欠如していると言われます。人と接して会話をする。相手の顔色や仕草をみて相手の気持ちを理解することが重要なのです。メールやラインなどの通信機器を使い簡単な文章や絵文字だけの送受信で相手の感情を斟酌する、慮ることはできないのです。

 学校に来れば上級生も含めた生徒同士は勿論のこと、先生とのコミュニケーションも活発になります。

 先生方は積極的に皆さんのプライベートな悩み事にも真摯に耳を傾けてくれる事でしょう。何でも相談してみてください。

 

 ここ中野地域の中学校において進学問題で行き詰った生徒の受け皿として言われる言葉があります。

 「最後は中工」という事です。

 そして、中学校や教育関係者・PTA地域の皆さんが一律に言うのは「中工は面倒見が良い」、という事です。

 どんな、問題を抱えた生徒でも受け入れた以上はトコトン面倒を見て卒業まで送り出してくれる。そのように認識されている学校なのです。

 だから先生方もそういう地域の期待を裏切ることができないのです。親身になって皆さん一人一人と向き合ってくれるはずです。それが中工の伝統であり特徴なのです。

 それには皆さんが先生方の熱心な指導に応えてくれるだろうとの前提が必要なのです。最終的には皆さんのやる気次第なのです。

 

 此処には皆さんの貴重な四年間青春時代を費やすに値するだけの充分なプログラムが用意されています。

勉強や実習以外に部活動・文化祭や学外での映画鑑賞・ボウリング大会、そして修学旅行もあります。

 勉強する時間が夜間なのと決まった制服がないだけで全日制高校と何ら変わらぬ普通の高校生活が待っています。これを如何に楽しく有意義に過ごしていくかは皆さんの努力次第です。

 

 保護者の皆様、ご子息のご入学おめでとうございます。

 兎に角、この入学式までこぎ着けてホッとしているのではないでしょうか。

 ただ、これから四年後に卒業式に臨むことができるか否かは保護者の態度にも掛かっています。

 保護者が学校に対し興味・関心を示さないのであれば生徒の心も学校から離れ、足も遠のいてしまう事でしょう。

 お願いします。お仕事等で忙しい事とは思いますが一年に一回でもいいですから授業公開・保護者会に参加なさってください。先生から直接、我が子の状況を聞いてください。家に帰り学校での出来事を子供さんと話し合ってみてください。

 「応援しているよ」、という姿勢を見せてあげてほしいのです。

 はっきり言います。「親の無関心が子供のやる気を喪失させるんですよ」

 子育てに携わる同志・志を同じくする者として皆さん共に頑張っていきましょう。

 

        平成三十年四月九日

        学校運営連絡協議会 槇泰智


「足立区は特殊なんですよ」と、言いたいけれど

  足立区で行われた性教育の内容が学習指導要領を逸脱するものであるとして古賀俊昭都議が問題視し、都教委が足立区教委を指導したが、区教委は反発し対立を生んでいる。

 そして今般、性教育に取り組む教職員や医療関係者らでつくる「“人間と性”教育研究協議会」なる団体が「不当介入に強く抗議する」声明をまとめた、と報道されている。

協議会とやらはそれなりの偏った団体であろうから反発するのは当然の事であろう。

 

 平成15年に都立七生養護学校で不適切な性教育が実施されていた問題で古賀都議は土屋都議らとともの現地を視察して改めさせた実績がある。これは適切な指導・改善であり不当な介入ではない。

 ただ、今回は足立区教委が都教委による指導に反発しているのが特徴的である。

 今回の指導要領に逸脱したと言われる性教育を行ったか問題には「足立区」という地域の特殊性を考えねばならない。

東京都の中でも一般自治体における常識や良識が通じ難い自治体が存在することは事実。

その点を隠蔽して画一的に語る事では真実を覆い隠すだけでなのある。

 

 親からまともな教育・躾を受けなかったが故に道を踏み外し、反社会的な人生を送った少年・少女が子供を作り親となる。

その子供が同様に無教育・無教養から社会に害を及ぼす存在となる。

30年前に発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件が象徴するように、親と地域の無関心が凶悪犯罪を誘発する。

そう言った土壌が地域に深く根付いた街が足立区なのである。

 故に東京23区では唯一、私立の中学校が存在しないのが足立区。教育に対する関心の低さを物語っている。

そんな環境であるから、性に対する暴走にも歯止めがかかっていない。

 血気盛んな十代が有り余る欲望を無軌道に燃焼させるが故に望まぬ性行為や妊娠・出産が蔓延し、さらなる無教養と貧困が連鎖する事となる。

 これに対処するためには性交・避妊など通常の中学生においては馴染の無い語彙を用いてでも端的に説明することが求められる場合があろう。

 

 善良なる足立区民の名誉の為に付言しておくが、なにも全ての足立区民が無教養で無秩序な訳ではない。

東京都区部最北端と言う地理的要因において、公共交通網の発達が遅れ、故に地価が安価であった。

そこに被差別民・低所得者や外国人が流入し易い環境を作った。

問題を抱えた住民は一部ではあるがその比率が他区より格段に高いと言うに過ぎない。

東京の抱える諸問題を足立区が一手に引き受けてくれているのが実情であろう。

 

 区教委はこの点をはっきりと都議や都教委に説明し理解を求めるべきなのである。

ただ、これらの事実を公言するというのは足立区民のおかれた劣悪なる実態を世間に晒すと言う不名誉が付き纏い、

区民を侮辱していると捉えられる恐れもある。まさに両刃の剣なのである。

足立区.jpg

性教育への都教委指導、「不当介入」と抗議 教職員ら

4/2(月) 18:22配信

朝日新聞デジタル

 東京都足立区立中学校であった性教育の授業を、都教育委員会が「不適切」として区教委を指導するとしている問題で、性教育に取り組む教職員や医療関係者らでつくる「“人間と性”教育研究協議会」は2日、「都議と都教委の教育への不当介入に強く抗議する」とする声明をまとめた。
 授業は3年生を対象に3月に実施。産み育てられる状況になるまで性交を避けることや、正しい避妊の知識などを伝えた。その後、自民党の古賀俊昭都議が授業を問題視し、都教委が調査。都教委は中学の保健体育の学習指導要領に記されていない「性交」や「避妊」などの言葉を使った点を「不適切」としていた。

 声明は都教委について、「人権教育としての性教育を問題視し、抑圧しようとしている」と批判し、区教委への指導の中止と現状を踏まえた性教育の推進を求めた。(塩入彩)

朝日新聞社

 


都立工業高校で定時制の存在意義

3月15日(木曜日)、都立工業高校定時制課程で学校運営連絡協議会が開催され出席。
近隣中学校長や地域の保護司、消防署幹部、同窓会長などの識者が年に数回集まって
学校評価アンケートの結果や学校の現状と課題などについて報告を受け、意見交換などを行う。
東京都知事から委嘱を受けた組織で、小生も地元の町会・自治会代表として参加している。
今年は30名の募集に対し受験生は3人。受験すれば事実上全員合格となる。
年々応募者が少なくなるが今年は特に少ない。
2次募集から4次募集までかけて入学者を募るが状況は厳しい。
今年は全日制課程ですら募集人員を割っているので、選に漏れた受験生が定時制に流れてくることも期待し辛い。
少子化で生徒の数が減っていることもあるが私立高校授業料が実質無償化されて、都立に進学する生徒が減少しているのも原因のひとつ。
 小生が思うには生徒たちに多様な選択肢が用意された。
従来は授業について来られなかったり不登校を繰り返した生徒が最期の受け皿として都立高校それも工業の定時制に入ってきた。
いまは「無理して学校に通わなくてもいいよ」、ということで通信制高校が増加している傾向にある。
課題を提出して年に数回登校すれば高校卒業の資格を取得できる。
ITの普及によりパソコンを駆使した授業もあるようで、登校するという意味が薄れてきている。
 ただ、学校という存在が価値を持つのは教室があり、そこに教師やクラスメイトがいることに意味がある。
そこで触れ合いや葛藤がありコミュニケーション能力を高める事ができる。
通信制において担当教師の顔も名前も分からず、また教師から顔も名前も認識されていない中で高校卒業の資格だけ取得することに如何なる意味があるのか。
教室に行けば仲間がいて親身に指導してくれる教師がいる。
修学旅行もあるし文化祭や課外授業での映画鑑賞やボウリング大会もある。
登校時間が夜間であるだけで何等全日制の生徒達と変わらぬ高校生活がある。
まだまだ定時制高校の存在意義はあると確信する。

都立工業定時制

中工発表会.jpg

都立高校定時制4年生の卒業作品発表会が開催された。

ここ数年は毎年来賓として招待されているので出席しているのだが、今年は野方WIZホールで

都の担当部署職員も呼んで大々的に開催していた。

高校生の製作物や研究成果を一組7分程度の持ち時間で発表するのであるが、

生徒たちのとっては人世で最初に立ち向かう大試練となるのではないか。

ステージの袖からプロジェクターを駆使して観客席に座る来賓や教師・在校生に対し説明をする。

それなりに皆、一生懸命に考えたテーマに沿って作品を作ったり、実験研究の成果を発表し質問を受ける。

たどたどしい受け答えも人生の勉強となる。

 

都立の工業高校。その中でも定時制課程となれば皆、一様に重いものを抱えて入学してくる。

それなりの事情を抱えて中学の3年間を過ごし、本人が希望したか否かに関わらず最終的に本校の門をくぐり入学式に望むことになる。

私は過去、入学式の祝辞の中で新入生とその保護者に語りかけてきた。

「皆さんの中で、高校受験に際し本校に入学することを目指して受験勉強をした人はいないと思います。

最終的に何らかの縁があってたまたま本校に入学することになったのでしょう。

だけど、安心してください。周りにいる同級生は皆、同じなのです、、、、」

一般の中学生なら志望校に合格する為に必死に勉強するところ、最初から都立工業の定時制を目標にする生徒はあまりいないだろう。

本校では生徒が集まらず二次募集・三次募集・四次募集までかけているが全校生徒は数十人程度。受験すれば不合格となる生徒はまずいないだろう。それでも本校を必要としている生徒は確実にいる。

総合技術科の中に機械コースと食品コースがある。

お土産に高校で作った工業製品や食品をもらってきました。【写真】

地元においてジャムや缶詰は結構評価が高い。

 

我々の世代では都立で工業高校と言えばワルのイメージだった。

毎日、近隣校との喧嘩に明け暮れたり、無免許でバイクを乗り回すなどツッパリという言葉で言い表していた。

または野球やサッカーの強豪校と言う硬派のイメージ。

でも、今の都立工業高校は全然違うんですよ。

ある種、そういったレベルにさも達していないと言うか、割と無気力なおとなしい生徒が集う場になっている。

中には少数ヤンチャな若僧もいるけど。


議員はサラリーマンではない

 11月22日、熊本市で42歳の女の市議会議員が生後7ヶ月の子供を膝に抱いて市議会に出席しようとした件で、説得に当たり40分間も議会の開会が遅れたと言う事件。

 議員以外が議場に着席するなどあり得ない事であり、身勝手な態度は公人として許されるものではない。

 議員としての報酬を得ている訳であり託児所に預けるなり家族が面倒を看るなり対処方法はいくらでもある。

説得されて友人に預けたということであるから、最初から断られることを予想した上でのパフォーマンスであったのだろう。

子供を持つ女性の社会進出という問題で物議を醸したかったからというのが本音ではないのか。

以前から市議会議長に相談していたと言うが、後日ゆっくり話そうなどと曖昧な態度で接していたことも攻められるべきだ。ダメなものははっきり「ダメ」と、言わなければダメだ。

 

 国会議員においても育児休暇を取った例があったが、議員と言うのは国民の負託を受けて一定の期間、その職責に就く責務が発生する。

一般の公務員やサラリーマンが育児休暇を取得するのとは訳が違う。職場のチームワークでその欠員を補助することができるが、議員と言うのは言わば期間限定の請負業務であり、他の人では代わることができない。

 女の大工が家の新築を請け負ったが妊娠・出産があるので、その間工事を中断します、で施主の理解が得られるか。

一定期間スーパーの配送業務を請け負った女の自営業運送屋が同様に業務を放棄できるか、と言えばできる訳がない。

妊娠・出産・育児などの予定があれば議員のような職責を受けるべきではない。

イクメンなどという夫の子育ても同様である。

 

 自分で勝手に妊娠・出産しておいてそのツケを議場に持込むなど言語道断。

只でさえ人口過多のニッポン。だれも頼んで産んでもらった訳ではない。

少子化・人口減少などと言うスローガンでやたらと無意味な出生を煽る世間の風潮に影響されて

「産んであげている」と勘違いしている女がいるようだ。

この女議員も42歳で7ヶ月の子供ということは、明らかに40歳以降の妊娠・出産であると分かる。

母体においては母子ともにリスクを回避して健康に出産できるであろう適切な年齢と言うものがある。

その点から言って、この女議員においてはどの程度の思慮分別を兼ね備えているのか疑わしい。

 

 

【報ステ】“赤ちゃん連れて出席”熊本市議会が紛糾

11/22(水) 23:30配信

22日に開会した熊本市議会で、緒方夕佳議員(42)が7カ月の長男を連れて着席し、ともに出席したいと求めたが、議会は紛糾し、出席は認められなかった。市議会は「議員以外は傍聴人とし、傍聴人はいかなる理由があっても議場には入れない」という規則に違反することが理由だとしている。緒方議員はこれまで、妊娠中から相談していたというが、議会事務局は「他の議員に相談してはどうか」と助言。市議会の澤田議長は、21日に相談された際に「それは追ってゆっくり話そう」と対応したという。全国市議会議長会によると、議員が子どもを連れて議場に入った事例は初めて。緒方議員は「議員だから、特別だからということではなく、今の子育て世代が仕事と子育ての両立に悩んでいる状況を変えたい」と述べた。

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20171122-00000055-ann-soci

 

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171122/k10011232091000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001


籠池氏、なかなか立派じゃないか

 2月初旬に勃発した森友学園問題に関しては、運営する幼稚園の「愛国教育」の現状をみるにつけ、なんか胡散臭いものを感じていた。

 真の愛国精神が存在しているのか。安倍晋三長期政権に乗っかった保守ブームの延長線上にある、金儲けの保守ビジネスの一環ではないか、との疑念も感じていた。

 所謂保守運動を展開している人々においては「森友学園頑張れ」とのメッセージを送ったり、関西方面では公に声を発している人もいるようであるが、原発問題同様に「左翼が叩いているからんだから、我々保守陣営は擁護しなければならない」的な短絡志向に思えてならない。

 教育内容を精査するならばすべては是々非々で論じられるべきであろう。

 幼児が教育勅語を奉唱している様子を見て素晴らしいと思うか、違和感を持つか。

 はっきり言ってしまえば異様な光景と映る。勅語に記された意味も分からず教えられるままに大声で奉唱する、させられている幼児の様は洗脳にも等しい、というのが一般的な見方になるだろう。

が、これだけの長文による教育勅語を暗記すると言うのは幼児期の頭が柔軟な時期であるからこそ会得できる、とも言える。大人になってからではとても容易に全文暗記できるものではない。

 とりあえず身体に覚えさせて、成長に従ってひとつひとつ意味を理解させるというのも教育手法の一つであろう。幼い子供には「天皇陛下を中心とした日本国に産まれた皆さんが家族を大切にして、国を繁栄に導いていくための合言葉ですよ、と教えればよいだろう。

 だが運動会で「安倍首相がんばれ。安保法制国会通過よかったです」は、教育現場に政治問題を持ち込むものであり、許されるものではない。

 全ては是々非々で論じられるべきであり、所謂保守のように全面支持などしていたのでは良識を疑われてしまうし、反日勢力やそれに追随するマスメディアからは格好の攻撃材料にされかねない。

 こうまであからさまに所謂保守運動、そのブームにに迎合した教育内容を喧伝すればバッシングの対象になるのは自明の理である。

 左翼・反日勢力は朝日などのマスメディアを活用に、目立たないように水面下で広く国民に対し反日教育を浸透させている【下段別掲】

 

 3月23日の国会における証人喚問において冒頭、籠池氏は「教育内容については行き過ぎがあり反省している」、と明言しているのであるから諒としよう。

 

 証人喚問中継を断片的に見ただけであるが、籠池泰典氏の姿勢は終始堂々としたものであり、武士(もののふ)を思わせるものであった。責任転嫁に終始した先週の石原慎太郎氏とは対照的であった。

 

 当初、この証人喚問についても与党側は消極的であった。

安倍政権・安倍昭恵と親密な間柄にある籠池氏が何かとんでもない事を言ったらどうしよう、との思惑があった。

しかし、先週突如として「安倍首相から安倍昭恵夫人を通じて100万円の寄付金をもらった」発言が飛び出して自民党も態度が変わった。

 ここまで荒唐無稽な妄言を発する人物であれば、何を言っても誰も信用しないだろうと、逆に安堵して証人喚問を歓迎した。

 

 籠池氏とすれば、今まで味方と思っていた安倍首相サイド、または政権側保守が突き放したことで、「裏切られた」との思いを抱いたに違いない。

 全体像もわからぬままで昭恵氏は「立派な教育機関を作ってください」、と全面的に応援していたが報道などでその愛国教育の実態が明らかになって世間の批判が集中した。

 これに手のひらを反して関わりを否定することに奔走しだした安倍夫妻に失望したというところか。

 小学校開設の認可は取消になり国有地の返還を迫られ、工事代金の未払いで差し押さえを喰らい自暴自棄になり、もうある事ない事すべてぶちまけてやろうという作戦に出た。

証人喚問における偽証罪もなんのその。懲役覚悟だから怖いもんはなにもない。

男一匹 籠池泰典。誰も止めることはできない暴走機関車と化したのである。

 

 安倍昭恵夫人付きで谷査恵子なんて新たな官僚の名前も出てきて、政権内部は戦々恐々。

ロシアならとっくに暗殺部隊が暗躍しているところであろう。

 

 終戦直後、戦勝国民と称して我が物顔で略奪・凌辱・不法占拠や利権収奪といった悪事を働く所謂三国人に対抗したのが任侠の徒。所謂ヤクザであった。

弱体化した警察権力はヤクザ勢力の力を借りて治安の維持を図った。

外地から復員し焦土となった故郷を眼前にして自暴自棄となりヤクザ世界に身を投じた若者たちが愛国心の捌け口として命がけで三国人と対峙したケースの少なくなかった。

 安保闘争が終焉し左翼運動は衰退、米ソ冷戦も一旦は終結しソ連邦崩壊から3年。

アメリカの圧力のもので自民党政権は平成4年に所謂暴力団対策法を施行した。

いままでは反共の防波堤として利用してきたヤクザを潰しにかかったのだ。

 

 当時の我々は「決してヤクザを支持するものではない」、との前提において「暴対法反対」運動を展開した。

新右翼・新左翼・任侠三派連合によるデモ行進を数時に渡り実行して暴力団新法の危険性を訴えたのだが、

その後は民間人の側がヤクザとの関わりを持つこと禁止する暴力団排除条例が各都道府県で制定され、

完全に厄介者として淘汰される傾向にある。

 

 自民党・安倍首相、昭恵側からすれば、籠池氏は正に愛国者変じて暴力団的な存在に祭上げられていると言って過言ではない。

「昨日の味方は今日の敵」である。

自民党・安倍政権のエセ愛国と決別した籠池氏を全面的に応援するぞ!

との声が日本各地で起こりつつあり、これが将来の国家革新運動の基軸になるのかもしれない。

 

 

洗脳教育は森友学園だけの問題か(酒井信彦)
http://sakainobuhiko.com/2017/03/post-301.html
『月刊日本』2017年4月号 羅針盤 2017年3月22日
 

 最近、森友学園の用地取得が大問題になっている。国会の予算委員会では、安倍首相に関連するということで、野党による格好の攻撃材料にとされた。この問題は朝日新聞あたりが火をつけたようで、かなり以前から大量の報道を行っている。
 国有地の取得問題と言えば、私などは真っ先に新聞社による、国有地取得問題を思い出してしまう。朝日新聞は築地の土地をいくらで手に入れたか知らないが、有楽町の土地は売らなかったのだから、結構安価に入手したものであろう。以前のことではあるが、国家権力とマスコミの関係の問題として、この際歴史的に回顧してみる価値はあるだろう。

 森友学園問題としては、入手経緯の問題のほかに、学園の教育方針が批判の対象になっている。朝日は早くも2月22の社説と翌23日の大型記事で指摘し、さらに同28日の記事、そして3月1日の社説でも取り上げている。


 それによると問題は、一つは園児の運動会での宣誓の問題であり、もう一つは教育勅語の暗唱の問題であるようだ。朝日が入手した映像による28日の記事によると、宣誓とは2015年の時に、「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心を改め、歴史教科書でうそを教えないよう、お願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制国会通過良かったです」と言ったというもの。勅語の暗唱とは、園児の修了式で教育勅語を暗唱したというものである。
 3月1日の社説では、これらを厳しく批判して、宣誓については、「運動会とはおよそ関係のない話で、異様さに耳を疑う」とし、勅語については、48年に国会で排除・失効の確認が決議されているので、時代錯誤だとする。しかし、28日の記事につけられた、岡田耕一教授のコメントに、「幼少期に特定の国を憎むような考え方をすり込むことは、子どもの将来にとって悪影響を及ぼす可能性がある」とあるのは、まさに中共や韓国が国家を挙げて、日本に対してやっていることである。


 ところで児童に対する政治教育を実施しているのは、別に森友学園ばかりではない。ほかならぬ朝日新聞自身が、驚くほど熱心に取り組んでいる。昨年11月12日の夕刊に、朝日の投書欄「声」が今年の2月に100周年を迎えるが、授業に新聞投稿を利用する学校が増えているという記事がでている。それによると作文能力や社会への関心を高めるために、投書を書かせて積極的に投稿させるのだという。
 そこで問題なのは、投書の場合採用されることを希望するから、どうしても投稿する新聞の論調や投書の傾向に、自然に合わせるようになるに違いないことである。朝日に投稿する生徒は、自然に朝日的価値観に教育されていくわけであり、つまり明らかな洗脳に他ならない。投書者が手本として熱心に読む、朝日新聞の投稿欄「声」が、どれだけ偏向した虐日的、つまり日本ヘイトの内容であるかは、いちいち紹介する必要がないだろう。個人・素人の立場から、朝日の論調をさらに誇張したものであると考えればよい。
 

 この記事に出てくる実施している学校は、神田外語大以外は、東京都立杉並高校、東京都町田市立小山中学、横浜市立並木中央小であるから、全て公立学校である。それに対して、森友学園はあくまでも私立に過ぎない。3月1日の社説では、「他者を排し、一つの考えを植えつける
 ような姿勢は、公的制度ののっとった公教育としてふさわしくない。『自他の敬愛と協力』の重視を求める教育基本法の趣旨にも反する」と言っているが、朝日がそれをやっているのである。

 実は朝日新聞による、児童に対する洗脳教育の方法は、さらに存在する。それは「天声人語書き写しノート」なるものである。天声人語を毎日書き写すための専用のノートで、もちろん朝日が発売している。これは2011年の4月に始まったもので、昨年10月で累計350万部に達したと、大いに自慢している。もちろん児童だけだく暇な高齢者などの利用しているだろうが、学校教育でも使われている。公式サイトで紹介されているのは、神奈川県三浦市の県立平塚農業高校初音分校の事例であるから、これも公立学校である。
 胸の悪くなるような偽善に満ちた天声人語の文章を、般若心経の写経のように、ありがたがって書き写すとは、なんとグロテスクな、おぞましい光景であることか。教育勅語の暗唱・素読のほうが、はるかに健康的であるのは、言うまでもない。

 

 

 


35年ぶりの日本武道館

平成28年3月23日(水曜日)
九段の日本武道館で卒業式が挙行されたので出席。
私自身の卒業式以来、35年ぶりの訪問だ。
東洋大学と言えば、井上円了博士が設立した「哲学館」が発祥。
慶応の福沢諭吉、早稲田の大隈重信、そして哲学館の井上円了、と明治教育界の三君と讃えられた一人。
私学としては名門中の名門大学だ。
 しかし、式典に列席してがっかりするのは、正面に大学旗と共に国旗が掲げられているものの、国家斉唱はなし、
大学歌斉唱も一番だけ。
そして、此処でも学位授与に際しては証書を受け渡すたびに拍手が起こる。
それも来賓席に列席した年配者から先に拍手が起こる。
学長告辞等においても同様だ。
 確かに薀蓄のある最高学府の卒業生に向けて、非常に感銘を与える内容ではあるが、卒業式においては拍手は不要。
これを放置しているのは東洋大学としては、拍手をするものだと認知している訳だろうか。
また式典が始まって1時間も経過するのに私語を交わしながら席に着く卒業生の如何に多い事か。
 東洋大学に入学するのだから、それ相当にお勉強のできる優秀な学生であろうのに、学位授与で皆が起立するなかで、
後ろの席では着席したままの卒業生もチラホラと。
 こんなことではダメですね。

 なんせ卒業生は6315名もいるので、長女がどこにいるかは分からない。
終了後、武道館の外で落ち合って記念撮影をして別れる。
 予め予約を入れておいた武道館の近所の着付け室に早朝6時過ぎに行ってレンタルの袴を着用して式に臨んだようだ。
そこに着替えや荷物を預けておけば、埼玉県朝霞にある大学まで届けてくれて、そこで各学部ごとに授与式を終えると
着替え終えた袴等を持ち帰ってくれるそうだ。
本当に至れり尽くせりのサービスがあるものだ。
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 まあ、親としては娘に何も親らしいことをしてあげられなかったが、奨学金とアルバイトだけでよく4年間頑張ったものだ。
優秀な成績で難なく卒業できたのは、たいしたもんだと感心する。
 35年前の私は単位が取得できなくてギリギリまで追加試験を受けてお情けで卒業できたようなものだった。それも親に苦労を掛けながらだから雲泥の差だろう。
 こうして親と同じ大学を卒業してくれた事は感無量。なんせ我が家は三代続けての卒業生となる。
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35年前は会場を出ると学ランを着た後輩達が大部旗を掲げて出迎えてくれたっけ。
部旗をバックに記念撮影をできたのは体育会卒業生の特権というか、一般卒業生に対しチョッピリ優越感を感じたりしたものだ。
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靖国神社の桜も開花を迎えた

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