35年ぶりの日本武道館

平成28年3月23日(水曜日)
九段の日本武道館で卒業式が挙行されたので出席。
私自身の卒業式以来、35年ぶりの訪問だ。
東洋大学と言えば、井上円了博士が設立した「哲学館」が発祥。
慶応の福沢諭吉、早稲田の大隈重信、そして哲学館の井上円了、と明治教育界の三君と讃えられた一人。
私学としては名門中の名門大学だ。
 しかし、式典に列席してがっかりするのは、正面に大学旗と共に国旗が掲げられているものの、国家斉唱はなし、
大学歌斉唱も一番だけ。
そして、此処でも学位授与に際しては証書を受け渡すたびに拍手が起こる。
それも来賓席に列席した年配者から先に拍手が起こる。
学長告辞等においても同様だ。
 確かに薀蓄のある最高学府の卒業生に向けて、非常に感銘を与える内容ではあるが、卒業式においては拍手は不要。
これを放置しているのは東洋大学としては、拍手をするものだと認知している訳だろうか。
また式典が始まって1時間も経過するのに私語を交わしながら席に着く卒業生の如何に多い事か。
 東洋大学に入学するのだから、それ相当にお勉強のできる優秀な学生であろうのに、学位授与で皆が起立するなかで、
後ろの席では着席したままの卒業生もチラホラと。
 こんなことではダメですね。

 なんせ卒業生は6315名もいるので、長女がどこにいるかは分からない。
終了後、武道館の外で落ち合って記念撮影をして別れる。
 予め予約を入れておいた武道館の近所の着付け室に早朝6時過ぎに行ってレンタルの袴を着用して式に臨んだようだ。
そこに着替えや荷物を預けておけば、埼玉県朝霞にある大学まで届けてくれて、そこで各学部ごとに授与式を終えると
着替え終えた袴等を持ち帰ってくれるそうだ。
本当に至れり尽くせりのサービスがあるものだ。
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 まあ、親としては娘に何も親らしいことをしてあげられなかったが、奨学金とアルバイトだけでよく4年間頑張ったものだ。
優秀な成績で難なく卒業できたのは、たいしたもんだと感心する。
 35年前の私は単位が取得できなくてギリギリまで追加試験を受けてお情けで卒業できたようなものだった。それも親に苦労を掛けながらだから雲泥の差だろう。
 こうして親と同じ大学を卒業してくれた事は感無量。なんせ我が家は三代続けての卒業生となる。
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35年前は会場を出ると学ランを着た後輩達が大部旗を掲げて出迎えてくれたっけ。
部旗をバックに記念撮影をできたのは体育会卒業生の特権というか、一般卒業生に対しチョッピリ優越感を感じたりしたものだ。
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靖国神社の桜も開花を迎えた

中野駅前街宣【動画あり】

【平成28年3月16日】政経調査会定例街宣「保育園落ちたのはオマエか」@中野駅北口
「保育園落ちたのは私だ」、とプラカードを掲げて安倍政権の公立保育園切り捨てを批判する
左翼運動が盛んな今日この頃。
安倍政権を擁護する訳ではない、子育てを隠れ蓑にした左翼市民運動を排し、革新的国家浄化を訴えて
中野駅前にて街頭演説会を開催する。
安倍政権が「少子化対策」「人口の1億人確保」「女性の平均出生率1.8人」なんか唱えるから
「子供を産んでやっているのに」、といい気になって個人の権利を主張する馬鹿な女が増殖して来る。
なにも日本の人口が減少することへの危機感から子供を産む女性がいる訳ではない。
自分たちの幸せの為、子供に対する慈しみや、または性的欲望の結果としての出産もあるだろう。
純然たる国家危機意識の結果の出産・子育てなど皆無ではないのか。
 
 因みに我々が駅前に到着すると中野共同病院の白衣を着用したお医者さん運動員が
マイクを握り演説と署名活動をしていたので、終了まで30分程待ってから開始する。
内容は待機児童の解消、保育園の拡充と安保法制(戦争法案)反対という事のようだ。
 この病院は中野駅の北口にあって共産党系の病院として有名。
 戦争法案・保育園、安倍政権批判というのは、直接の医療問題とは別でああろう。
にも拘らず医者としての身分を強調するように白衣を着て演説、署名集めをする必要があるのか。
 病気・怪我を負えば不特定の人間が治療に訪れる病院。
そこには安倍信者も安保法案を熱烈に支持する人間も含まれる。
ベッドに寝かされて対応にあたる医師が全く思想的に正反対の立場にあると分かったら、
医師の側からも患者が正反対の立場の活動家と認識していたら、
公正無私なる手厚い治療に信頼をおくことができるだろうか。
 医者というのは危機的立場にある弱者の生命与奪を左右することのできる権威ある立場に位置していることを自覚せねばならないはずだ。
 
 以前、ネット系で右派系市民団体活動をする黒田君という人物がいた。
「日本を護る市民の会」だったかな、正確でないかもしれないが。
 主に創価学会カルト集団をおちょくるような活動を行っていた。
黒田君は行政書士の肩書を持っていたので、
「行政書士のぼやき」、とか言うタイトルのブログの中で、創価学会批判や関係者への誹謗中傷を繰り返していたが、
その内容はあまりお上品なものではなかったようだ。
 ある時、彼が所属する千葉県東葛地域の行政書士協会みたいなところからクレームが来て処分を受けたらしい。
個人的な活動において行政書士の名称を用いるのはやめろ、という事だったらしい。
黒田君は所属する行政書士団体の名称も明記していたようだから、創価学会批判において行政書士会が関わっているとの印象を持たれては、困るということだろう。まあ、当然だろう。
 私の想像するところでは、弁護士や司法書士程の難関ではないが、行政書士という一応は国家資格を持った自分が発信するのだから発言には重きがある、信用性が伴うんだぞ、とアピールしたかったのではないだろうか。
今回の中野共同病院の医者も同様だろう。
国家試験を通った現職のお医者さんが訴えているんだから、真実なのだ信憑性が伴うんだぞ、協力してくださいよ、と道行く人々に感じてもらいたかったのだろうか。
いずれにしてもフェアではないだろう。
 
今回は北海道へ転勤になった福井さんが上京し冒頭でマイクを握り熱く訴えてくれました。 
また当日は偶然にも、以前に千田さんの大笑会で一緒になったことがあるコレクターの渡辺亮介さんと遭遇。
終了後に、食事していろいろ話しました。
高円寺に住んでいるそうなので、そのコレクター繋がりで講演会かなにかやりたいですね。(コレクトの内容はかなり、、、ですが)
ほかにも、中野とは無関係なんだけど旧知の人がたまたま通りかかって声かけてくれたり、
営業中のサラリーマンの方が主旨に賛同して支援してくれたりと、私の地元であるという事は抜きにしても結構反応はいいですね。
やはり継続してやることが肝要ですね、
これからは定期的に中野でやることとしましょう。
もちろん、これを大々迷惑と感じる人々がいることは承知していますが。




 

保育園落ちたのはオマエか

街頭演説会
「保育園落ちたのはオマエか」

日時:平成28年3月16日(水曜日)正午〜午後1時
場所:JR中央線 中野駅北口広場

主催:政経調査会 090−3135−4069

女性の社会進出とは、安倍政権が共産党左翼と結託した結果として、日本型価値観を崩壊せしめるために宣伝している亡国政策です。
「結婚したら子育てに専念し、家事を全うし夫の帰りを待つ」
こういった生活を思い描く未婚女性は普通に存在します。
しかし昨今のように、「一億総活躍」「女性の社会進出」が声高に提唱される世の中では、
当たり前の理想を語ることが「自立できない女性」「社会に目を向けない内向きな女性」として卑下される対象となってしまいます。
それこそ個人のもつ多様性・価値観を否定するものです。

「保育園落ちたか ざまぁ見ろ」
と、声を上げて訴えていきましょう。

3月12日のブログ記事(参考)↓
http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=1396

保活ママ応援.jpg
「保育園落ちたのは私だ」は、
「戦争法案反対」を訴える左翼運動と一体なのです。

保育園落ちた おめでとう!

保育園落ちた日本死ね
が、ブームになっている。
このツイッター投稿者によれば、政府が少子化対策だ、
「一億総活躍社会だ」、というのでそれに乗せられて子供を産んだが預ける保育園が見つからないということのようだ。
政府の言う通りに子供を産んでやったのだから、保育園の面倒をみるのは当たり前、と思っている。
安倍政権の提唱する一億総活躍社会はこのようなメッセージを国民に送っていることになる。

これは根本的に政府の施策が間違っている。
日本は人口が多すぎる。人口は抑制すべきである。
なにも頼み込んでまで子供を産んで頂く必要はない。
子育てとは全く無縁で絶対的安全圏にいる安倍晋三や連訪あたりが国会で舌戦を繰り広げる問題ではない。

女性の社会進出など無用である。
幼稚園・小学校から帰宅する幼子に対し、「家にお母さんがいる家庭と、いない家庭のどちらがいい?」、と聞けばおのずと答えは見えてくる。
経済的困窮から働きに出るのは別にして、母親か父親が家庭にいて子供を迎えるのが正常な家庭である。
ようは父・母のいずれか一方が就業することで生計が成り立つような社会が必要なだけである。

子供が小さくてもキャリアを積みたい・社会進出をしたい。それは親のエゴである。
乳呑児を連れてタバコの煙渦巻く居酒屋に来る夫婦と同じなのだ。
子供が大きくなるまで待てない、ダメな親なのだ。
夫婦で働いて充分な収入があるなら自宅でベビーシッターを雇えばよい。公共の保育園なんか使う必要はない。
シッターを雇えば女性の働き口も増えて、まさに一億総活躍社会ではないか。


保育園落ちた日本死ね!!!

何なんだよ日本

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?

何が少子化だよクソ。

子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。

不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。

エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。

有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。

どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

ふざけんな日本

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ

国が子供産ませないでどうすんだよ。

金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償しろよ。

不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。

まじいい加減にしろ日本

追記

https://twitter.com/hoikuenochita


卒業式では拍手しない

3月5日(土曜日)、都立高校で一斉に卒業式が行われる。
夜、定時制の方の卒業式に列席する。
卒業生は18人だけのこじんまりとした卒業式。
気になるのは呼名を受けた卒業生が壇上で校長先生から一人々々卒業証書を授与される際に
会場から拍手が起こること。
通常の式典ではありえないだろ。
工業高校の定時制と言う性格から、入学しても途中で脱落してしまい、卒業まで漕ぎ着けるのは容易ではない。
努力の成果として4年間を全うしたという点で、教職員・保護者・列席者の感激も大きい。
そういう意味で拍手を送りたい気持ちは理解できなくもない。
しかし、こういった式典においては一定の作法がある。
授与を含め、校長式辞、都教委挨拶、来賓祝辞、拍手は行わない。
卒業式も授業の一環である。
社会人となって似たような式典に出席した際に作法を身に着けていなければ恥をかくことになる。
自らが式典を主催する立場に立つこともあり得る。
主催者である学校としては、学校法によって定められた「厳粛な式」を挙行しなければならないのであるから、この点は遵守すべきである。
応援したい・喜びを表現したいというのは個人の感情の発露でしかない。
個人の感情表現を許容するのであれば、逆に憤りを感じればそれも怒号などにおいて表現してよいのか、ということになる。

当然であるが開会の冒頭、国歌斉唱が行われる。
中野区選出の都議会議員は4人いるが、自民党を除く3人が来賓として列席。
公明の高倉良生と民主・共産の各議員
共産党の植木は起立はするものの国旗に向かい正体するでもなくふてぶてしい態度でいる。
私の目の前にいるので良くわかる。かと言って着座したままでいる度量もない。
国歌斉唱があることが分かっているのだから、いやなら最初から来なければ良いだろう。
「自らの思想信条と反する立場の者が主催する集会に出席すること自体が威力業務妨害罪に該当する」
平成13年に西村修平・加藤哲史等が女性国際戦犯法廷報告会に参加して逮捕された際の判決理由だ。
これは最高裁でも確定しているのだから、こ判例を持ち出せば誰でも逮捕・有罪となる、、、、はずだ。
「法の下も平等」が保障されていれば。

終了後は消防団の夜警・会議があるので分団本部へ向かう
みなさんは祝杯を上げにいったが別情動となる。
春の火災予防週間だから色々とある。
5月の操法大会にむけた打ち合わせなど。



 

育児休暇?ふざけるな!議員とは請負事業

 イクメン議員なる者が議員辞職を表明したことでテレビのニュースやワイドショーはこの話題で持ちきり。
もっとも報道の多くは議員辞職のきっかけとなった女性芸能人との不倫問題に焦点をあてたものであり、うんざりしているのは小生だけではあるまい。

 この宮崎謙介なる35歳の御坊ちゃまが育児休暇取得を宣言したことで、人物像がマスメディアにクローズアップされることとなった。そして、不倫が明るみになる。
 この育児休暇宣言そのものが売名行為であったと記者会見で認めているのだから、まともに取り上げる価値のない議論であることは明らか。
 これを良い機会として「男性の育児休暇取得」論議そのものが不逞の輩による戯言である、との認識が定着されればよいだろう。
国会議員は一労働者である会社員とは根本からして形態が異なる。
衆院議員480人と言う会社の中の一人ではない。
一人一人が独立した、言わば「一人親方」の集合体なのである。
故に年間一人当たり1億2千万円もの歳費その他の収入を与えられている。
国会議員活動は国民の負託を受けた請負事業のようなもの。
大工が家の新築工事を請け負っておくながら、この間は育児休暇に入りますので工事を中断します、とはいかないだろう。
育児休暇を取得するならば、その工事を請け負ってはいけない。
つまり国会議員になってはいけない。最初から立候補するべきではないのである。
女性国会議員も同様である。在職中に妊娠する可能性があれば国会・地方に拘わらず議員になってはいけないのである。

嘗て、日教組は教師も一労働者であると言って、聖職者としての崇高な職務の存在を認識を否定してきた。
これと同様に、議員も一労働者である、との唯物主義概念に塗れた輩が自民党の国会議員であることを、国民は認識しなければならないのだ。

高校入学式

4月7日(火曜日)
都内で一斉に都立高校の入学式が挙行される。
午前中は近隣の高校から来賓として招かれているので参列する。
定員を若干上回る177人の新入生と保護者が体育館を埋め尽くす。
国歌斉唱では新入生もだが、教職員からも唱和している様子が窺えない。
私のいる来賓席ではそれなりに声が聞こえるのだが、単なるドップラー効果だろうか。

夕方からは同校で定時制課程の入学式。
来賓控室では地元都議会議員の二名と同席。
民主党ともう一人は公明党創価学会の高倉良生。
バツが悪そうに敢えて「何でもないよ」的な素振りをしている感じ。
定員30名に対し新入生は20名。
三次募集をかけたが定員には達せず、これから4次募集をかけるが定員を埋めるのは難しいだろう。
都立高校では、数年前に定員をオーバーし入学できない生徒がいたので、一部の高校で急遽クラスを増やしたことがあった。
定員オーバーは一時的なもので収まったのだが、増クラスをそのままにしているので、一部では定員が埋まらない現象が起きているのだ。勿体ないというか税金の無駄使いであろう。

定時制では制服はないのでジーパンやスウェット、中学校の時の制服と服装はバラバラだ。
しかし足元を見るとそろいの真新しい上履きで統一されているのが微笑ましい。
入学式を迎えるまでには皆それぞれに紆余曲折があったことだろう。
一般の全日制普通科に進学した生徒のように順風万歩な中学校生活でなかっただろうことは容易に想像できる。
本校では途中で退学していく生徒が多いので、初めは2クラスあるが3年になる頃には1クラスになるのが通例だ。
今の社会では、高校を卒業していなければいくら優秀な技能を持ち、人間的に卓越していても就職のための試験や面接にさえたどり着けない。
歯を食いしばってでも4年間通い続けて卒業証書を手にしてほしい。
校長式辞、都教委挨拶に続き来賓っ祝辞としてそのようなことを述べさせて頂いた。
やはり壇上に立ち国旗を背にしては祝辞を述べるとなると心地よくも緊張感がみなぎってくるものだ。

式典終了後、保護者に対する説明会。
その後、保護者を対象にした懇親会を予定していたのだが、呼びかけても参加者はゼロ。
まあ、そんなもんでしょう。
数人で駅前の上海料理屋でお疲れさんの乾杯。
まずは生ビール。アルコールを口にするのは久しぶりだ。普段は車を運転するので飲む機会がないのだ。
小さなボトルの紹興酒を頼んだつもりなのだが、単に「ボトルで」、といったのでマダムは大きなボトルを持ってきてしまった。
温めてきたのでキャンセルもできないだろう。
まあいいか、と飲み始めると結構行けるもんだ。当地では絶品の上海料理を摘まんでいると、あっという間に空になる。
一時間半程で解散。マダムの計らいで大ボトルの料金を値引いてくれてあった。
大きな店ではないが、安くて美味く、マダムの人柄も良く良心的なサービスなのでいつも満員なのだ。

8月、教育再生で結集する

 池袋の「タカセ」なんて懐かしい。
東口の正面に昔から存在する自社ビルのパン屋で上階にはレストランや喫茶店などを構えている。
老朽化したビルの9階、池袋の喧騒を見下ろしながら、昭和の香りの漂うコーヒーラウンジでの会合なんかレトロチックでいいですね。
 
http://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13003865/


  「土屋敬之都議が(政治的)休暇に入ってから都議会で集会などもなく、来年の教科書採択や東京都平和紀念館建築構想の再浮上など教育界の危機的状況が臭ってきます。
にもかかわらず、教育を憂うる議員の結集が今一つのような感が昨今の現状です。
 これを打破すべく、土屋前都議の体調が回復したことを契機に、関東地方で今一度「教育再生」を重要政策とした議員の再結集を図り、みんなで教育再生を誓いあいたいと思います。」、
と言うのが
  主催者である「NPO法人・教育再生地方議員百人と市民の会」による開催の主旨。

 土屋さんも奥様を癌で亡くなされてからは精神的にも堕ちこんでいたようですが、当日は快癒されたご様子で、今までと同様雄弁に都政の現状を語り、閉塞した政治的
状況を憂いていました。

 で、8月の初旬に都内で大々的に集会を開き、教育再生を訴えることになりました。
人寄せパンダ的に保守層に人気があると思われる国会議員を呼ぶこともなく、真剣に教育問題に取り組める人々を集めて、
その中から地方議会に議員を送り込んでいこうということです。
 来年4月に実施される統一地方選に出馬する予定の人にも登壇してもらうことになりましょう。

 で、当日の集会に出席した人では荒川区議の小坂さんとか、練馬区の空花さんとか、皆さん西村修平氏に噛み付かれた被害者が結構いるんですね。
 主催した増木さんは勿論ですが、事実無根の誹謗中傷を振りまかれている私なんかも被害者の一人と言えるかもしれませんね。
 修平氏が主催する組織の顧問になっている某氏も「西村さんは精力的に運動を頑張っているけれど、アッチコッチに行って喧嘩を振りまいている問題ある人物だそうですね」、などと訝っていたそうですから、彼の評判は全国的に浸透しているいるようです。

学校が危ない

 
昨年8月に三重県で女子中学生が殺害された事件の犯人が逮捕されたとの報道あり。
花火大会を見に行った帰りに殺害され四日後に遺体で発見された事件であった。
犯人は18歳の少年。3月1日に高校の卒業式があり、翌日の任意同行・逮捕であった。
三重県警としては犯人と在学中に逮捕したのでは、マスコミが卒業式に押しかけるとの配慮から逮捕を延ばしたのだろうか。
その間に逃亡や自殺のおそれはなかったと言い切れるのか。
まあ、本人は自分が捜査線上に浮上していると感じていなければ、問題はないのか。
彼のツイッター内容がマスコミで公開されているが。あれを見れば彼が怪しいと誰もが気づくだろう。
関係ない素振りを示しながら、執拗に事件のことを気にしてカキコミを繰り返している。
やはり子供故の稚拙さが露呈している。
「金を盗るのが目的で殺害した」、と供述していると報道されている。
真実ではないだろう。家庭の経済的状況は不明であるが、6000円の為に殺害はしないだろう。
金銭目的なら持っていそうな老人でも狙うだろう。
目的は女子中学生に対する「暴行」だったのではないか。
襲ってみたがその目的を果たせなかった。それを知られるのが恥かしく、金目当てに見せかけるために所持金を奪った、
という事では無いだろうか。
自分自身が18歳の少年であると仮定するなら、そのように推理することになる。

 
  少年犯罪は年を追うごとに凶悪化し、手口や動機も陰湿になってくる。
 先月は某中学校で夜、緊急保護者会が開催された。
 授業中の私語・立ち歩き・教室脱出は日常茶飯事。
 学校の器物損壊や打ち上げ花火の打ち込みなど犯罪的事案も多数。
 真面目に授業を受けたい生徒においては諦めの無力感しかない。
 
 現場では教室の端と端の対角線上で大声で会話や物を投げ合っている。
授業中に教室からいなくなる。
 担当の教科教師の他に、もう一人見張りの教師、そして区教委から調査担当職員と三人が教室内にいるが授業は成立していない。
 区教委から調査が入るというのは異常な事態である、ことを当該の生徒達は理解していないのだろう。
一人か二人の生徒が妨害しだすと連鎖して周りの生徒、そして全体に騒乱の輪が広がる。

 我々の頃のツッパリとは違い見た目は普通。剃りこみ入れたり、ボンタンズボンを履いている訳ではない。
 見た目と行動がアンバランスなのも不気味と言えるかもしれない。
 「日教組による偏向教育の結果」、と一言で片付けられるものでもない。社会全体の病理によるのだろう。
 一つ明確なのは体罰がなくなったことだ。
 大人に対する怖さを持たなくなった。「畏怖」という感覚が存在しなくなったから、教師も親もあらゆる大人を恐れなくなった。

その機運が伝染病のように全てに蔓延しているにも拘らず、抜本的な対処法が生み出せていない。
 
中野区は「いじめ自殺」の発祥の地である。
中野富士見中学校の鹿川君の事件を風化させてはいけない。
正にイジメ自殺の原点は中野区にある。
 
近年、中野区で進める小・中学校の統廃合によって、中野富士見中学校は廃校となり、その名前は消滅した。
中野区としては負の遺産を亡くしたことで安堵しているのだろうか

都立工業高校の定時制に行ってきた

 
 2月19日(火曜日)、近隣の都立工業高校定時制で課題研究発表会があったので出席した。
 今までは、地元の児童民生委員・保護士などが参加していたが、今回から自治会からも大挙して役員・理事が出席した。
 この高校では地域との結びつきを積極的に持つことを進めており、また自治会としても防災避難所として活用する立場から交流を図っている。
 卒業を前にした9組14名の生徒が壇上で作品や研究の内容をプレゼンテーションする。
 彼等の多くにとっては、おそらく人生で最初となる晴れの舞台であろうか。
 また、彼等以上に先生達が緊張していたのではないだろうか。
 はっきり言って、入試の難易度が高い高校ではない。
 そう言った環境の中で、昼間働いて夜間に授業を受け、4年間の年限を全うするのだから、確たる目的意識を持った生徒達である。
臆することなく、全員が大勢の前でプレゼンをこなし質問にも受け答えていった。
 
 途中で給食の時間があり、我々も一緒に食堂へ移動。
 380円の給食代は自治会費からの支出。
 給食業務は民間業者に委託。都から年間1000万円の補助があるそうだ。
 皆が、一緒に同じ食事を取ることに意義があるそうだ。
 全日制と異なり年齢も境遇も違い制服も無い学校だからこそ、一緒に夕餉を囲む事で結びつきを持ちたいということだろうか。
 
 都立の工業高校、そして定時制という、社会からは注目され辛い環境で勉学に勤しむ生徒達。
 4年間の成果を発表する晴れの舞台だが、保護者の関心すら薄いのではないか。
 日々地元ですれ違う住民からみれば、全日制に通う服装や素行の乱れた生徒ばかりが眼についてしまいがちだが、普段見えない部分にも感心が向いた研究発表会だった。。
 忙しい時間を割いての出席だったが、よかったよ。
 自分自身、見聞が深まった。

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