コロナ禍で大学は「レベル2」の入構禁止措置

 大学時代に入部していた部活動が今年で創部60周年。

11月に記念式典を実施するので11日に実行委員会が巣鴨のルノアール会議室で開催された。

 コロナ対策として現在、大学の基準では「レベル2」という事で大学関連施設への立ち入りは禁止。

この状態がいつまで続くのか。

 地方に在住する卒業生は上京して酒を酌み交わすのを楽しみにしてる(ただし、年配者が中心だろう)

この先、構内への立ち入りが解禁されても飲食を伴う会合は無理かも。

案内状を出すので9月には結論を出さねば。

色々話し合ったが、1年先に延期とした。

オリンピックと同じだ。

 

 授業もオンラインだから部員同士顔を合わせていない。

新入部員の勧誘も満足にできていないし、稽古もできていない。各自自主練習。

今期は試合も行われない見通し。

 卒業生からの年会費がなかなか集まっていない、

年間1万円だが払い込んでいるのは半分チョットか?

卒業すれば自動的に会員となり死ぬまで年会費を払うことになる。

現役部員の活動を支えるためには不可欠の財源。

 でも、考えてもみれば4年間の大学生活を終えてまでも年会費を払うことに疑問を持つ者がいるのは当然だろう。

そして、休みの日にわざわざ東京にでて来るわけで、当日の実行委員会だって「なんでこの時期に東京へ行くの?お父ちゃん行かないで」と女房に泣いて頼まれた者もいた。

 卒業して何十年も経って未だに「押忍、先輩」なんてやっているんだから、世間から見ればOB会に関わっている方が異常なのかも。


60歳はお爺さんではない

令和元年12月22日

大学時代の部活の納会が大学近くの中華料理屋二階を借り切って行われる。

昼から学生/OBで合同稽古があったが、間に合わないのでパス。3時からのOB会から出席。

OB会としての今期の活動報告や部員の育成、そして会費納入状況/対策などを討議。

来年の創部60周年に向けて問題山積。

部員からも部の現状・財務内容・新入部員勧誘策等の報告を受けて質疑応答。

 

 終了後、部の納会が始まる訳であるが、直前に司会を務める若いOBから「槇先輩、乾杯の発声をお願いします」と言われた。前日の不条理の会の忘年会では事前に言われていたので一応考えてはいたが、急に振られても心の準備がなぁ。

 

「自分ももう60歳になった。昭和16年7月と言えば大東亜戦争開戦の直前になるが戦時歌謡で『船頭さん』と言う歌が発表された。

♪村の渡しの船頭さんは今年60のお爺さん 年はとっても舟漕ぐときは元気一杯艪がしなる♪

って曲なんですが、たかだか80年前には60歳でお爺さんと言われた。

仕事をリアタイヤして隠居するのがあたりまえ。にも拘わらず国家の非常時においては、60のお爺さんですらお国のために働いているんですよ、といった戦意高揚の歌なんです、

今は60歳を見ても誰もお爺さんとは呼ばないでしょう。

先ほどの会議で60歳以上の高齢者ばかりでは組織の運営が難しいとの話がでましたが、まだまだ若いつもりですので、もう少し関っていきます。先輩方にはもう少しご尽力のほどを宜しくお願い致します。

、って事で部の発展と皆々様のご健康を祈念して乾杯。

 

右翼民族派陣営にいる方なら分かりますよね。先月開かれた「阿形充規先生の傘寿を祝う会」において蜷川正大先輩が挨拶に立たれた際に発せられたお言葉にチョッとだけ脚色して無断で使用させて頂きました。すみません。


今年の新入部員は大入りだけど、、、

 7月14日【土曜日)、東洋大学在籍当時の部活動のOB・OG総会と学生の前期納会・新入部員歓迎会が大学関連施設で開催される。

 総会では毎年の事であるが、年会費の徴収方法について時間を費やす。卒業して何十年の歳月を経ってもOBとして部に思いを馳せて会費を払い続ける人もいれば、部活なんて大学在籍時の一過性のモノとして忘却の彼方に置き去る人もいるだろう。

未納者においては忘れてしまうとか、郵便局に振込みに行く時間がないとか、だそうだ。

銀行からの自動引き落とし制度を導入する方向で話を進めているが私は反対だ。自分の意思とは無関係に口座から引き出されるのは御免だ。きちんと払っているのだから現状通りやってもらいたい。

 

 今年の新入部員は13人と盛況。当初は16人であったがすでに3人が退部している。

これが怖いんですよ。5人の内で3人が辞めたのなら大変なことだが、16人もいると3人が辞めたくらいでは危機感がうすい。

 なぜ辞めたのか、原因を分析して真剣に対処しないと櫛の歯が抜けるように全滅してしまう。

入部してみて嫌なら簡単に辞められるんだ、と思わせてはダメだ。

一旦入部したなら退学しない限り退部は認めない、、、なんて今は通用しないけど。

 

今年の還暦対象者として記念品を贈られる。

で、一言挨拶をさせて頂く。

 入学したのは41年前。早生まれの現役入学であったし、従順で線が細かったから先輩としては私に対しては何でも言いやすかったし、焼入れ・シゴキもしょっちゅうだった。

ただ、陰湿ないじめはなかったな。ボコボコニされても後はカラッとしていた。

だから卒業してもこうしてOB会に参加していられる。

日大アメフト部問題で大学体育会の体質が問われている。

もし、万が一イジメやセクハラ的なものがあれば監督や師範、部長先生にすぐに上げて欲しい。

OB会が名誉に掛けて全力で対処する。


森若先輩ご逝去

 平成30年2月11日、大学の部活の先輩である森若総監督逝去の知らせに驚愕と落胆の思いを抱き

13日の通夜式、14日の告別式・火葬に臨んだのでした。
部創設から3期目の先輩であり、昭和58年からは地元春日部市で道場を開設し子供たちに拳法を教えており、
東洋大学のみならず、日本拳法会における重鎮として活躍されてきたのです。
 200人近いOB・OGがいる中でも小生には色々と目を掛けてくださり、公私に渡り面倒をみて頂いたので、
先輩との永久の別れは辛いものとなったのです。
昨年3月に大量の吐血により緊急搬送され胃癌が発見され胃の三分の二を切除。その後回復したかに見えましたが、
肺炎により亡くなったとのことです。
 大学と校友会においても役員として活動し、常務理事による大学の私物化に対しては最前線で徹底交戦していたのです。
小生なんぞは末端の鉄砲玉ですので、言われれば「森若のとこの若いモンだ」、と言って斬りこんでいく程度でしたが。
 大学の不正に関しては敬天新聞社がそのHPで特集を組んで取り上げていましたが、先輩は「あの内容は90%事実だ」と言っておられました。
分裂・糾合を繰り返す拳法会や不正を行う大学においても闘争や確執の前面にいた方ですので、常に軋轢と直面していたのです。
 小生といる時などは「この前、XXの会合にいったら誰々に脅された。『森若、オマエは肝っ玉の小さい奴だな』と言われ、『すみません、具合が悪いので途中で失礼します』、と言って帰ってきたんだよ」
などと後輩に対し自分の弱ッチイ姿を恥ずかしげもなく吹聴するのです。
でも実際は全くの逆で相手をビビらせて帰ってきているようです。
 普通ならその逆で、無かったことをさも自分が強かったようにして「誰々を脅してやった」とか言うでしょうが、先輩の場合は全く反対なのです。
 自分に自信がある・実力が備わっているからこそ、必要以上に大きく見せる必要もない、虚勢をはる必要もないという事なのでしょう。
そんなエピソードの一端が敬天新聞社のHPに載っています。
東洋大学常務理事の大学内暴力 

http://keiten.net/toyo/0621_2.htm
 田淵常務理事東洋大学校友会支配の為に、邪魔な湯本氏を暴力団を使って排除しようとしたと記したが、田淵常務理事自身がけっこう任侠系の世界、男の世界が好きらしく、昔、湯本氏と仲良かった頃だかは知人に対して「兄弟」と呼んだり、「義兄弟の契りを交わそう」と言ったりする茶目っ気も持ち合わせているらしい。
 しかし、そんなプチ任侠道は可愛いものだが、田淵常務理事は学内プチ暴力も好きでそれが周囲をかなり苛立たせるらしい。
 例えば、田淵常務理事の相手の優劣、自分に従うか従わないかの判断手段として「相手への肘鉄」を多用するらしいのだ。
 わけわかんないだろう、普通の人は。簡単にいうと、いきなし肘鉄を与えて相手が反撃するかどうか確かめる。肘鉄をくれて反撃してきたら、ごめんごめん本当にごめん、と謝ってその場を切り抜ける。
 肘鉄をくれて、相手がびびって目を白黒させると「こいつは気弱だ。手下に使える」みたいに判断する。
 もう東洋大学という由緒ある大学の常務理事がやることじゃない。喧嘩の出来ない「使いっ走り」や「苛められっ子」同士の上下関係を決める心理戦のようだ。…信じられないでしょ。
 以前にも岩手県の東洋大学校友会岩手支部総会で、本部から参加した森若修治氏に肘鉄を加えた。森若氏は東洋大学校友会常任委員会総務部長である。気丈な人だそうだから、田淵常務理事もハラハラしながらも上下関係を試したかったのだろう。
 肘鉄が森若氏の怒りに触れた。森若氏は「手下」にはならなかった。
 森若氏は平然と、犇瓩の盛岡公園で話をつけましょう瓩噺世辰拭
 田淵常務理事は慌てて爐修鵑覆弔發蠅犬磴覆ぁ森若君。盛岡駅まで俺の車で送るよ瓩箸咾咾蝓△覆世瓠△悗海悗骸佞辰拭
 これでも東洋大学を資金利権面で牛耳っている、東洋大学の影の帝王と呼ばれている程の男なのだ、田淵常務理事は。
 なのに、相手が強いか弱いか暴力で値踏みし、向って来ると思ったらすぐさま腰を引いてしまうなんて、東洋大学常務理事という格式ある地位に似つかわしい人物か、否か、とか教育者としてあるまじき態度、とか言うよりヘタレぶりが際立っていて何も言えない気がしますよ。
 田淵常務理事東洋大学内暴力のさわりの部分はこんな感じらしい。本紙に情報提供してくれる人達は、「手下」にならない人達ばかりだから、田淵常務理事の「肘鉄以降」の暴力のエスカレートはあるかないかは知らないそうだ。
 「肘鉄」食らって、田淵常務理事の手下となる事で東洋大学内や東洋大学校友会支部で生きながらえている人は、本紙に連絡などくれないから、手下の人への肘鉄以上の暴力は本紙としてはあるかないか分らないのである。

生花.jpg
常に大勢の人に囲まれ賑やかなことが好きだった先輩を象徴するかのように祭壇は大量の生花に埋め尽くされていました。
葬儀終了後には祭壇にあった生花を大量に持ち帰りましたので自宅の食卓を飾っています。
先輩と一緒の時間を過ごしているかのような気分にさせられます。

東洋大学の名声を失墜させる創価信者

 8月に木村太郎、9月に長島忠美と東洋大学卒業の自民党所属衆院議員が立て続けに死去した事で、唯一残る国会議員であった創価学会の長沢広明参院議員。

 今般、議員宿舎に女を連れ込むと言うハレンチなる行状が暴露されたことで所属する公明党を離党、今後は復興副大臣と参院議員を辞任する見通しとなった。

これにて東洋大出身の現役国会議員は皆無となる。

陸上部の桐生祥秀君が100メートル9.98秒という日本記録を出して勢いづく東洋大学であるが、思わぬところでその名声は失速することとなった。

 

悪い夢から覚醒したのだ

公明・長沢参院議員が議員辞職へ 議員宿舎に女性泊める

9/26(火) 11:37配信

朝日新聞デジタル

 公明党の長沢広明復興副大臣(参院比例)は26日、党に離党届を提出し、同日の役員会で了承された。長沢氏は秘書・家族以外は泊まれない議員宿舎に知人女性を泊めたことについて週刊誌の取材を受けたと説明。「ルール違反は明白。疑惑を招く行為だった」と事実関係を認め、参院議員と復興副大臣を辞める意向を示しているという。

【写真】記者会見に臨む長沢広明復興副大臣=26日午後1時29分、東京・永田町の参院議員会館、仙波理撮影

 山口那津男代表が同日の記者会見で明らかにした。山口氏は「ルールをおかしたことを看過できない。衆院選への影響は最小限にしたい」と語った。党本部に対し、議員宿舎に知人女性を宿泊させたことや女性にカードキーを貸与したことを認めたという。

 長沢氏は衆院議員を経て、参院当選2回。東京都出身の59歳。


卒業生送別会に行ったよ

 平成29年3月19日(日曜日)

 大学の部活動における今年度の納会。

 昼から稽古があったので行きたかったが、時間がなく欠席。

16:30から大学近くの中華料理屋二階を借り切ってOB会の会議。

地下鉄代の節約で、巣鴨から二駅分を徒歩で20分。喉が渇いたの缶コーヒー買ったからチャラだ。

 如何にして会費の納入率を高めるか。未納者が多いため毎回この問題を討議している。

考えてもみれば卒業して何十年も経過しているのに、毎年毎年1万円の会費を納入する人っていうのは奇特な存在なのでしょうか。

これは現役学生の活動を支援するための資金であるから、何としても集めない訳にはいかない。

自分たちが現役の当時はOBから世話になった訳なんだから、卒業後はその恩を学生のに還してやらねば。

 その他、4月からの新入生勧誘をどうするか。学生の意見を聞いてOB会も協力。

 最近では個別勧誘が禁止され勧誘期間も制限させるなど規制が厳しい。

 昔ならガイダンス期間中にチョット話して部室に連れ込んで、入部届けに母印押さないと帰れないぞ、って脅して無理やり入部なんてあったけど、今そんなやったら確実に廃部になってしまう。

 

 その後、卒業生の送別会。今年の4年生は二人、一人は県警に就職。

相変わらず、警官志望の学生が後を絶たないのは困ったもんだ、、、、いや頼もしい限りだ。

機動隊か交番に勤務して唯ひたすら体力勝負で頑張れ。間違っても公安担当にはならないように。人間性を破壊されるからね。

武道をやろうと思って入部してみたら、初っ端から70歳の爺さんに説教されるとは誰も思わなかっただろう。

自分の祖父のような年代、親のような年代と酒飲むことになるとは。

まあ、これも人生経験だ。

卒業以来36年ぶりに初めて出席した人もいた訳だし、青春時代の貴重な4年間を費やした場所がこうして現存しているのは良い事でしょう。

が、一瞬でも気を抜けば部員が入らなくて部は消滅してしまう。

現に、都内の複数の大学では廃部となっている。

空手や合気道・少林寺拳法のような知名度もないので、部員の獲得は困難を極める。

 

三連休で立て込んでいることもあり、二次会はパスして帰宅

 

 

新入生の親御さんが息子・娘の大学名と部活名で検索すると此処に来てしまうらしい。

危ない所と判断して退部させられるケースがあるといけないのでヒ・ミ・ツにしておきます。

 


拳法やってると早死にする、、、、わけではないです

8月29日、大学時代の部活で1学年先輩の通夜に参列。
一浪しての入学だから小生より2歳うえの59歳。
小生は知らなかったが、2年前から癌を患い一旦は復帰したものの6月から入退院を繰り返していたとか。
地方出身者が多い中で同じ東京都出身という事もあり、可愛がってもらったので何とも寂しい限りだ。

兎に角、うちのOBでは若くして幽冥境を異にする人が多すぎる。
今年で創部55年だから最年長でも73歳くらいか。
百数十人の卒業生の中では相当数が、この世を去っている。
ハッキリした統計を取るのは怖くなるくらいだ。

学生時代に日々の稽古で面を打たれた後遺症が出ている、という訳でもないだろう。
ならば、人の倍以上は面を打たれ続けた小生などは、真っ先にあの世に行っているはずだ。
学生時代の破天荒なライフスタイルを継続して暴飲暴食に喫煙の不摂生が起因するとの見方のあるが。
しかし、今回の先輩は膵臓癌であったが、喫煙もしないし、酒もそれほど飲む方ではなかった。
信金の管理職としての規則正しい生活を送っておられたようだ。
早くこの世を去る人のパターンとしては、むしろ品行方正で謹厳実直な生き方をしいる人が多いようでもある。
武士道精神を全うし社会の模範となる為に、ストレス・心労が溜まるのだろうか。

学内の禁煙場所でも平気でも学生に灰皿を持ってこさせて喫煙し、葬儀後のお清めの席でも平気で笑い声を上げて談笑する総監督なんかは、絶対に長生きするだろう。今ではOB会の最年長だ。

通夜の後は、亡くなった先輩の同期や総監督等と草加駅前の居酒屋で一杯飲んだ。
まだまだ続くようなので、仕事を残している小生は中座して電車で帰路へ。

具体的な大学名と部活動名は省略します。
新入部員の親が、大学名と部活動名で検索して、このブログに行きあたる恐れがあるからです。
せっかく入部したのに、親から言われて退部する新入生がでるのは避けたいのです。

新入部員歓迎会

 
 7月5日(土曜日)、3時半から池袋で日本拳法部OB・OG会の定期総会。同時に還暦の祝い・古希の祝いと、部の新入部員歓迎会・前期納会を行う。
 我々の頃は5月の連休明けに新入部員歓迎会を行っていたが、いつの間にか7月の納会と一緒になってしまった。
 中々、部員が集まらないと言った事情もあるだろう。
 私が入部したのは37年も前だ。歓迎会まではお客さん扱いで優しくしてくれていたが、これが終わると「辞める」と言えない状況になるから
先輩も手のひら返したように厳しくなってヤキイレとか横行していた。
 今年の新入部員は10人(男8、女2)だが、当日の出席は6人だけ。
 各々に事情はあるのだろうが、この席に欠席なんて、私の頃では考えられなかった。
 今は勧誘にも制限があり、大学によって決められた二日間だけしか大っぴらに勧誘活動ができない。それも定められたエリアの中に限定。
 昔は、新入生を羽交い絞めにして部室に拉致して、入部届けに署名しないと帰さないとか、半ば犯罪的な勧誘が当たり前だった。
 今は、部の予算を使い「飲み会」と称する勧誘会を複数回開催しして、接待するのが通例になっているようだ。
 要領の良い新入生だったら入部する素振りで只酒飲んで旨い物喰って、「さようなら」もあり得るのでは、と危惧してしまう。
 
 まあ、新入部員にとっては驚愕の世界だろう。
自分達の父親世代は勿論、上は70歳過ぎの爺さんが大勢集まって、その中で小言を言われながら、一緒に会食するなんて一般学生ならこんな経験をする事はない。
 拳法に強くなるだけではない。社会人としての規範を身につけることも大事だし、テキパキと実務をこなす訓練にもなり、そういった点が就職活動において有利に働くということもあるだろう
 
 歳取ったOBはどんどん増えるが、現役部員数は先細り。
 これでは、若年層が少なく高齢者層が頭でっかちの日本の人口構成比みたいだ。

 最後は部歌・校歌を斉唱し、記念撮影をして散会。
 私は二次会はパスして帰宅。

 兎に角、新入部員には途中退部することなく、4年間継続して欲しい。
最近では若手のOB・OGだけで積極的に集まる機会を持っているので、積極的に会の運営にも参画して、時代の波に沿う形で組織を改革してもらいたい。
 途中で退部したのでは何も残らない。
 東洋大学卒業の資格だけとっても、帰ってくる所がないのでは寂しいではないか。

蕎麦屋で酒を飲む

 
 4月20日(土曜日)、大学で拳法部OB会の緊急役員会。
6月の総会に向けての打ち合わせ・資料作成の段取りなど。
2年前に創部50周年を迎えた団体であるから、長老クラスは古希前後の年代。
 還暦にも届かない小生なんぞは、未だに一番の下っ端で下足番クラスだ。
 役職は「書記」なのだが昨年、金正恩の若僧が第一書記なんぞに就任したので、悔しいからその上を行って「総書記」を名乗る。
これで習近平とは同格となる。
 表に出ると外は冷たい雨、一同で大学正門前の蕎麦屋に入る。
36年前新入部員としての日曜稽古の終了後に1年生だけで入った店だ。それ以来一度も入ってない。
 活気の感じられない薄汚れた外観と、それに相応しい薄暗く空気の淀んだ店内。
 覇気の無い陰湿な女将と女店員。
 36年前と全く変っていない。こういう店がどうして何十年も続いているのか不思議だ。
長老達はこういう店が好みなのだ。
 まあ、時代劇の世界では居酒屋なんか無く、蕎麦屋で酒を飲んでいる訳だから、これも普通だろう。
 まずはビールを空けると酒に切り替わる。寒いので燗をつけてもらうと「お替り」「お替り」で、延々とひたすら飲む。
蕎麦屋に入ったのに蕎麦なんか喰わないでひたすら飲む。
小生の現役の時からそうだった。
 OBの先輩に飲みに連れていかれると、スナックに入っても「オネエチャン、此処に一升瓶二〜三本持ってきて」。
で、テーブルにドン・ドン・ドンと並べられて、注がれる。飲む。また注がれる、ひたすら飲む、飲む。
今の現役学生にこんなことはしない。
 一応、1.2年生には酒を飲ませないということになっている。
時代の流れだ。なんと言っても難関私大?であって、世間の注目度も高いから不祥事があってはいけないのだ。
 
 

東洋が凄いことになっているらしい

 
 10月20日(土曜日)、ボディービル部のA先輩が東洋大学・校友会の評議員選挙で当選した祝賀会。
大学近くの中華料理屋で盛大に開催。私は受付を担当させて頂く。
 卒業して31年たつが、こういう会合では今でも一番下っ端だ。
拳法部からは最高相談役と総監督が出席。
応援団・空手道部・ボクシング部・自動車部・スキー部・少林寺・野球部など各部のOBが参加。
還暦どころか古希を過ぎた長老が多数。
校友会であるから、体育会に限らない。文連出身者も含め一般OB・OGも参加。
 
 校友会の中でA先輩は私と同じ支部。
しかし、その支部からは支部長も幹事も誰も出席していないのは不自然。
 実は2年前の10月に突然、臨時支部総会が開催された。
それはA先輩をはじめ大学の経営正常化を求める改革派の支部幹事を解任させるために臨時総会。
 解任決議に反対する私に対しては入場さえも拒否した。
強引に出席したが、議決権を剥奪。発言を封じ、多数決でA先輩等の解任を決議した。
 うちの支部においては大学常務理事派の茶坊主によって運営が牛耳られている。
 私がその内実を暴露することは、母校の恥を晒すことになるので、興味のある方におかれては敬天新聞のホームページを参照して頂こう。
 
 そんな民主主義の片鱗もないのが2年前の臨時支部総会だった。
強権的に発言を封印されて、それでも発言すれば、
「なんだ、ここにはヤクザがいるのか」
「部員が覚醒剤の密輸しておいて、良く言うよ」
「なんだこの野郎」
「おう、やるか?かかって来いよ」
体育会のOBが中心だから還暦過ぎても血気盛ん。いつでもやる気マンマンよ。
 
 まあ、私等の学生時代も巣鴨や池袋辺りで酒飲んで無茶やったけど、
更に上の年代はもう、滅茶苦茶というか想像を絶する世界だ。私らの時代の比ではない。
 地方に合宿に行くとなると、「東京から拳法部の学生が来る」、と言うので地元のヤクザが待ち構えている。
夜、アッチコッチに分散して飲んでいると後輩が呼びに来る。
「先輩、アッチで始まりました」
「ヨシッ」、と現場に駆けつける。映画さながらの大立ち回りが始まる。
地方都市だと、20〜30人の学生が来ると地元のヤクザでは歯が立たなくなる。
翌日には県庁所在地にある本家から車を連ねて応援部隊がやって来る。
まるで漫画か仁侠映画の世界だ。それでも問題にならない寛容さがあった。
 
 だから、私等が下級生の当時、学園祭の最中に部室で酒を飲まされていると、OBがやって来る。
幹部(4年生)に対し、「おい、コイツラ(自分達下級生)度胸付けのために、池袋あたり連れて行ってヤクザモン喧嘩させてこいよ」
いま、こんなことやっていたら社会問題になるし、廃部は確実だろう。
 
 現役時代は散々にシゴキに会った。理不尽なヤキイレもあった。
しかし、陰惨なイジメはなかったな。すべてはカラッとしていた。
だから学生時代は酷い事もやられたが、卒業すれば全ては愛の鞭と受け止めることができた。
いまでも先輩と会う時は、街でも電車の中でも挨拶・返事は全て「オスッ」「オスッ」で通している。
 
 祝賀会では前校友会長(空手道部OB会長)から報告があったが、うちの水泳部は偉い事になっているらしい。
 板橋校舎が完成し、都内にある大学で室内50mプールがあるのは本学だけ。
 来年からは競泳日本代表の平井伯晶ヘッドコーチが准教授として就任。水泳部の指導にあたる。
来年には200m平泳ぎで世界新を出した山口観弘、ロンドン五輪の400m個人メドレー銅メダルの荻野公介、
自由形でロンドン出場の内田美希選手らの入学が決まっている。
更には銅メダルの寺川綾も臨時職員として入ってくる。
12月にイスタンブールで開催される世界短水路選手権では参加29人中7人が本学関係者になるという。
野球は今期チョット落ち込んでいるが、箱根で活躍する駅伝、ロンドンで金メダルのボクシングと、
大学スポーツでは東洋の独壇場というところだ。
 
 とは言え、大学経営においては、利権に群がる魑魅魍魎の草刈場となっているのが現状。
敬天新聞では
「校友会もだらしがない。たった一人の男に振り回されて、東洋大の正義を貫けないとは何とも情けないではないか」、と書かれてしまいました。
改革派の台頭が切望されているのだ。

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