野村秋介追悼二十五年祭「群青忌」に参加

 10月20日(土曜日)午後5時より新宿区の箪笥町区民ホールにて群青忌が開催される。

今年は「野村秋介追悼二十五年祭」となる。

会場の入口でパンフレットのデザインを担当ししたはが里枝さんにお目にかかる。

久しぶりにお会いするがいつまでも若々しく聡明な方。

私の事を覚えていてくれただけでも嬉しいくらいだ。

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 生前の野村さんや当時のニュース報道などを編集したドキュメント映画が上映され25年前の自決当日の事などが映し出される。

全日空ホテルで開催されていた民族派の使命というシンポジウムの最中に「朝日新聞本社で自決」の報が流され、急遽駿河台の日大病院に駆けつけた事が鮮明に思い出される。

 当日はシンポジウムの始まる前に「皇后陛下がお倒れになる」という一報がもたらされていた。お誕生日であるにも拘わらず、ご心痛からかお言葉を失った日である。

当日夜11時からのテレビニュースで野村さんと親交のある筑紫哲也氏が冒頭で「今日は大きな出来事が立て続けに起こりました」と言っていたのが記憶に残る。

 

 終了して表に出ると本降りの雨。直会に参加。蜷川さんの奥様の取り仕切りで旨い酒肴と共に有意義なひと時を過ごさせて頂く。

多くの方々と名刺交換をさせて頂き新たな知己を結ばせていただいた。

その後は犬塚ファミリーの皆様に混じって懇親会。

行き当たりで10人ほどの入れる店を探す。空いている居酒屋を見つけ交渉しているところに面々が顔を出すので二軒とも即座にお断り。

もう閉店ですとか、予約だとか。そりゃぁそうだろう。

あんなジェラシックパークの実写版のような集団を入店させたのでは、どんなイチャモン付けられるか分からないと危惧するのも無理はない。賢明な店主なら断るのが普通だろう。

 チェーン店の串カツ屋で他の客がいない二階席を確保。

 で、飲み始めるとイレギュラーな無理難題が散発。女の子は困惑した顔を見せるも作り笑顔で堪えている。

まあ、店の人も「最初に断っておけばよかった」と思ったでしょうが後の祭り。

犬塚先生を始めファミリーの皆様には大変お世話になりました。楽しい酒でした。

終電のあるうちに中座させていただく。

先ほどのお断りされた店の前を通ると灯りが点いて普通に営業してましたね。

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自裁と自殺の違いや野村さんとの思い出・当日までの軌跡を語る犬塚博英民族革新会議議長

 


日大アメフト部問題の深層

日大アメフト部問題に焦点あて、6月22日(金曜日)に博友会(犬塚博英世話人)開催された。

講師はジャーナリストの伊藤博敏氏。

その模様をレポートした記事が犬塚博英世話人のブログに掲載されましたので以下、転載します。

http://inuzukahirohide.cocolog-nifty.com/blog/

 

 

 6月22日(金曜日)都内において犬塚博英世話人が主催する博友会が開催された。

ジャーナリストの伊藤博敏氏を講師に迎え「日大アメフト部問題で見えてきたもの」と題し講演いただいた。
 今回、世間を騒がせている日大問題はアメフト部に限らずに日大の経営体質からレスリング部、そして神社本庁の内紛にまで及ぶものであり、内情に精通する参加者の意見も聞けるとあって、マスコミ関係者も大勢参加した。
 
 なかなか表に出てこない田中英寿理事長だが、闇社会との関係がクローズアップされている。山口組六代目や住吉会会長とのツーショット写真が出回っている。
この写真がマスコミ各社に流されたが各社は取り上げなかった。敬天新聞社が取り上げたところ記者が何者かに襲われた。
 田中理事長がもっとも懇意にしているのは服役中の高山若頭であり、その付き合いは六代目就任以前の弘道会当時に逆上ると言われている。
 学園紛争が盛んだった時代には全共闘に対抗して体育会を大学防衛やスト破りに使った。
 田中は卒業後日大職員になった。四期続いた瀬在学長の時代に重用され体育局長に出世。
小嶋理事長の後を受けて2008年理事長に就任し4期目。ピラミッド社会を築いた。田中の女房が経営する阿佐ヶ谷の「チャンコたなか」での会合こそが理事会以上の権限を持っているのが現状だという。
 
 伊藤氏の講義を受けて、会場にいた参加者の敬天新聞社白倉康夫社主が犬塚世話人の指名により壇上に登場する。敬天新聞では日大問題に関しては遥か昔より問題提起して、ネット上でも発信し続けていることはその世界ではあまりにも有名。
 しかしテレビ・新聞が表立って接触したり取り上げることができないという稀有な人物。故に変装のつもりか帽子にサングラスで素顔を覆いお忍び風にしての参加であった。
 
 嘗て読売新聞が日大の醜聞を取り上げたが、日大側が圧力を掛けて取り下げさせた。日大が讀賣巨人軍の公式スポンサーとなり事実上の手打ちとなった。
日大の体質は問題が起きれば金で取り込むか、暴力で脅す。それか訴訟の乱発で黙らせるか。こういう大学を許してはいけない。
 
 ここで神社本庁の内紛問題に話が及ぶ。
一見なんの脈略もないように思うが、ここでも日大レスリング部が絡んでくる。
OBであり日本レスリング協会の福田富昭会長は、今般の伊調馨選手へのパワハラ問題という内紛で謝罪したが、根っこはもっと深いところにある。
 福田氏は1996年に日本メディアミックスという会社を設立。『皇室』という季刊雑誌を全国の神社へ直販する事業を展開している。
 神社本庁では昨年、神奈川県川崎市にある職員用宿舎を1億8400万円で売却したが同日に別の不動産会社に2億円で転売され、翌年には大手ハウスメーカーに3億円で転売された問題が顕在化した。
 神社本庁では最初から3億円の価値があることを知った上で1億8400万円で売却していた。その最初の不動産会社こそが日本メディアミックスと同じ建物に入るディンプルインターナショナルであり、社長の高橋恒雄は日大レスリング部における福田氏の後輩ときているのだ。
 この背任的不正を指摘したのが神社本庁内で実質的ナンバー2の総合研究部長・稲貴夫氏であった。これが神社本庁首脳部の逆鱗に触れて解雇された。
 稲氏は現在は解雇無効を求めて民事訴訟を進めており昨年10月に博友会に講師として登壇し、当日も参加していた。
 
 日大アメフト部内田前監督の前任者は17回の優勝に導いた篠竹幹夫監督。
10年間に渡り篠竹監督の秘書を務めてきた白倉社主故、様々なエピソードが紹介され、場内からは苦笑や抱腹絶倒が渦巻いた。
 篠竹氏がアメフト部内に父兄会を作り、OB会にはモノを言わせなかった。
その親が言うことを効かないと部員であるその子供を怒るなど支配体制を確立したが、内田はそれを横から見ていた。
 日大事業部という会社が学内の福利厚生事業を担っていたが、自動販売機の利権を獲得し、値下げするどころか1本10円値上げして暴利を貪るなど、福利厚生とは真逆のことをしている。
 
 田中理事長は乗り気ではなかったが亀井静香(前代議士)が危機管理学部を作らせ、セットで念願であったスポーツ学科も開設した。
防衛省担当だった讀賣新聞記者を危機管理学部教授に招いたり癒着は甚だしい。もう、日大の裏話になると次から次えと止め処なく出てくる。
 
この日大アメフト部問題に絡み内田常務理事の件が明るみにでてきて小生が真っ先に思ったのは母校である東洋大学とソックリなことだ。
 相撲部OBで監督でもあった常務理事(故人)が大学のナンバー2として財務を握り、自分の会社への利益誘導をやりたい放題。
 小生が反常務理事派の急先鋒で校友会総務部長であった部活OBの先輩に呼ばれて、学内の不正を説明された際に真っ先に取り上げたのが、やはり飲料自動販売機利権であった。
従来はない総長という役職を作り塩川正十郎(元官房長官)をそこに据えて、利権漁りのやりたい放題。
 次々と建てられる新校舎建設の業者を指定し、子飼いのOBが経営する設計事務所を通じて裏金の取り放題。元国家公安委員長の権限で犯罪の隠蔽もありと不正の限りを尽くしていたのだ。
小泉内閣で財務大臣に就任したのも東洋大学で蓄えた裏金の力と言われているくらいだ。
 
 日大の田中理事長にしても東洋の相撲部OB常務理事にしても、世間一般からみれば単なる「スポーツ馬鹿」、巨大組織運営に辣腕を振るう程に頭が回転するようには思えないだろう。
ところがそうでもない。相撲協会を見ても分かるが中学卒で角界以外知らない理事長が、協会組織をまとめ外部との交渉を担っている。
 母校における常務理事を見て分かるのだが、脅し透かしはあろうが周囲の人々を手懐ずけたり人心掌握など、自分にとって有益な、言うことを効きそうな人間を見極め旨く取り込むなど人心操縦に長けている。
 人事や財務においても巨大組織を旨く円滑に動かしつつも批判を交わしながら私腹を肥やす術を知っているのだ。
企業が体育会出身者を重用するには理由があるのだ。槇泰智
 
 博友会
正面に右から伊藤博敏講師、白倉康夫社主、犬塚博英世話人

 


憂国忌で鈴木さんに会った

 平成29年11月25日(土曜日)、憂国忌に参加しました。

三島・森田両烈士の自決から47年。

いま、総選挙での勝利を背景に自民党安倍政権は憲法改正を政治プログラムに組込もうとしています。

 しかし安倍氏の目論む改憲とは、三島・森田両烈士が命を投げ打って訴えた憲法改正とは、別な方向での改憲ありましょう。

 アメリカからの真の独立を適えるための改憲ではなく、アメリカの世界戦力に追随するための改憲。

米軍の下請け的立場をより鮮明にするための自衛隊の認知でしかないのです。

 

 当日は主催者からのご配慮により一階エントランスの奥にブースを確保して頂き、憂国シャツの頒布をさせて頂きました。

 憂国シャツの存在をご存じない人も多く、珍しそうに手に取って頒布活動に協力してくださいました。

 義挙から47年の歳月が流れ、若い人の中には三島由紀夫という人物の存在する知らない人もいる事でしょう。

知っていても文学作品からの文学者としての側面しか認知していない人もいるでしょう。

多くの人が当たり前のようにして憂国シャツを着用して街中を歩くことで、描かれたメッセージをより多くの一般人の眼に触れさせ、両烈士による義挙という史実を認識させたいのです。

 中には手に取ってみて「これを着て歩くのは勇気がいるなぁ」と言っていた人もいましたが、何のために憂国忌に足をお運びになったのでしょうか。

 両烈士による義挙の精神を継承する、真の姿の日本を取り戻すという重厚なる使命を背負い、覚悟を以って本日此処に参加したのではないでしょうか。。。などと言ってしまうと一般人の感覚と乖離してしまうので言いません。

 立場や思いは人それぞれでしょう。お部屋に掲げておくだけでもいいんですよ。

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 当日は一水会の鈴木邦男さんが参加すると聞いてました。毎年、参加しておられますが当日はカメラマンを同行しての取材だそうです。

前夜には一水会独自の顕彰祭を開催したとのことですが憂国忌の会場で取材を受けるそうです。

 最近では憲法9条を護る左翼の人たちと行動を共にしているようで鈴木さんのスタンスが理解しがたいところです。

 開始前と終了後にチョット立ち話。取り巻きの人々には私の事を、以前一水会でイラクに行ったんだよ、などと紹介してくれていました。君もまだこうして頑張っているんだねぇ

 

 私は今だって何処に行っても「鈴木邦男の門下生です」と恥を忍んで、、、いや胸を張って言っていますよ。

 一水会自体ががおかしな方向に逝ってしまったんで、私が独自に本来の一水会の運動を継承しているんですよ、

と説明。今の鈴木さんには理解不能かも。

 

 


三島由紀夫研究会

 6月30日(金曜日)、三島由紀夫研究会の例会に出席する。

学生時代は毎月25日に開催される例会に参加していた時期もあったが憂国忌を除けば研究会の例会への出席は久しぶり。

 今回は外部からの講師を招聘せず、第一部で玉川博巳代表幹事が主に政治的見地から、第二部では三島研事務局長が文学的見地から三島由紀夫を語ってくれた。

 特に第二部では井川一久氏(元・朝日ジャーナル編集長)が語った「三島はタイ・ラオス・カンボジア・インドへ取材旅行をしたが、ベトナムへは行っていない。もし、戦争中のベトナムを見ていれば、楯の会創設はしなかったのではなかったか」、という問いかけが引用がなされた。

 これは三島が徴兵検査で不合格となり現実の軍隊経験がなかったことが疑似軍隊とも言える楯の会結成へ繋がったのでは、という趣旨にも結び付くものであり、懇親会の席上でも話題となった。

 

 第三部で参加者全員が順番にマイクを持って自己紹介・意見表明などを行った。

丁度、中ほどで私の番。「主催者からこの会場は8時半までしか使えない、と言われている。司会者から時間の制限は与えられてないがこの人数を見渡せば『自分の持ち時間は1分か、せいぜい2分くらいだな』、と言った思慮は働くはず。我々社会運動を実践する人間としてはその程度の分別は働かせるべきであると思います」と、申し上げてから三島の英霊の声における「などてスメラギは人となり賜えし」は、二二六事件における磯部浅一の獄中における言動と重なってくる。従来の保守運動の範疇では推し量ることはできない」、と言ったことを分別を持って発言させて頂いた、つもりだ。

 私が冒頭における注釈を弄するに至った原因を創出した張本人は、まさか自身の事を言われているとは全く感じていないであろうから気を悪くされることもなかったろう。保守も左翼も関係ない、個々人が持つ社会性の問題であろう。

 

結局、最後の方の数名は意見表明する時間もなく、氏名紹介だけで終了せざるを得なかった。

 

二階のレストランでの懇親会に参加。主催者・参加者・松本徹氏(前・三島由紀夫文学記念館館長)などと、有意義な懇親の場を持つことができた。 

主催者・関係者の皆様には大変お世話になりました。


共謀罪で勉強会

5月23日(水曜日)

朱光出版社(阿形充規会長)主催の勉強会が新宿区内において開催されたので参加させて頂く。

講師は評論家の宮崎学氏。

嘗て、森永・グリコ脅迫事件では犯人と思しき防犯カメラに映っていた「キツネ目の男」と酷似していたことで

世間から注目された人物であった。

ヤクザの家に生まれ育った自伝小説「突破者」で話題をさらったこともある。

演題は「共謀罪と盗聴法」

講演主旨は以下の通り。

 

左派に対する適用が懸念されているが、現実に左派なる者は存在しない。

実際に適用されるのは右翼・民族派、そしてヤクザになる。

法の下の平等を犯す法律はおかしい。

1992年の暴対法には多くの人は反対しなかった。

すでにヤクザはこの人権侵害に対し免疫をもってしまった。

共謀罪は家族や従業員など、その周辺者に適用されるだろう。

ヤクザ抗争がテロと言えるのか?政治性はないではないか。

朝日は「市民が取り締まられるから反対だ」、とピントはずれの焦点で反対している。

右傾化して戦争になるから反対だと言う。

警察もヤクザもそれぞれの世界を持って生きている。

「一般人を対象にしない」、という政府見解はおかしい。法に違反している

取り締まる側と判断する側が同じなのはおかしい。法としての瑕疵がある。

 

計画の準備段階とはどこまでをいうのか。

眼と眼を合わせたら準備に相当するのか・

東洋的な阿吽の呼吸を破棄している。

共謀罪が成立して担当警察官が増員される。

裁判所の手続きを経ないで盗聴もできる。

最初に適用されるのは右派であろう。

 

と、言う事で、言わんとすることは20日に行われた「社会の不条理を糾す会」の街頭演説において小生が訴えた事と

ほぼ重なる。

左派が盛んに反対を訴えている状況で、これを沈める為に権力側は何をするか。

まず、適用第一号を右翼・民族派にもってくる。

「ほら、適法に活動している皆さん方を弾圧することはありませんよ」「暴力団のような右翼を取り締まっているんだから安心してくださいね」、とのアリバイを作ることを考えるのではないだろうか。

 


憂国忌

今年の野分祭は森田必勝烈士の実家がある三重県四日市市で開催されるということなので、欠席。

11月25日(金曜日)

新宿から地下鉄丸ノ内線に乗車。

戦後すぐにできた地下鉄なので深度が浅く、階段をチョット下りれば乗車ホームに辿りつけるので好きだ。

赤坂見附駅で下車。駅周辺を眺めて目についた「てんや」で500円の天丼を注文。100円追加で大盛り。

味噌汁もついていて、身体も心も暖かく幸せな気分。

 

永田町の星陵会館で開催される憂国忌に参加する。去年は薫さんと隣同士の席だったが、今年はいないみたい。

鈴木さんの姿も見えなかった。

佐藤守元空将等四方による憲法改正に関するシンポジウムの後に、

最近「三島由紀夫が愛した美女たち」を上梓された岡山典弘氏が登壇。

著作の中でも取り上げられていた村松英子女史の三島由紀夫葬儀における弔辞を読み上げた。

本人を前にして著者が読み上げる弔辞もなかなか圧巻。

 

続いて村松英子女史本人が挨拶に立つ。

生前の三島と深いかかわりを持つ人物ならではのエピソードを語る。

「鏡子の家」の本当のモデルは誰か。湯浅あつ子が如何に邪な人間であったかなど、今までの誤解についての裏事情。

決起の後に現役の自衛隊中隊長が、実際の決起行動計画を打ち明けたとか。

彼女もすでに78歳であるから、元気なうちに真相を打ち明けておきたいとの思いがあるのか。

例年の挨拶程度かと思っていたが、かなりの時間を費やして話し出した。

おそらく主催者は時間を気にしてヤキモキしていたのではないかと思うが、興味深い内容だった。

 

毎年、憂国忌を開催される主催者のご苦労は大変なものであろう。

事務局の方,関東晴龍会の方には会場等において多々ご配慮を頂き、ありがとうございました。

出口では最近復帰した早川英男氏に出会い挨拶。

 

帰りは直近の国会議事堂前駅の入り口から入るが、地下深くへ進行し千代田線のホームを端から端まで延々と歩いて丸ノ内線ホームに辿り着く。もと来た赤坂見附駅を経て新宿へ。

星陵会館内では缶やペットボトルの自販機が無く、ノドがカラカラ。西口地下小田急エース内にある喫茶店で一息。

水を立て続けに二杯お替りしてから、スムージーを注文。美味しかったですよ。

このお店ではスパゲティーやサンドイッチなんかも注文できるんですね。

素人っぽい女の子が甲斐甲斐しく接客したりしていて昔風の喫茶店的で、なんか癒されますね。

 


講演会に参加

7月21日(木曜日)新宿のスコールにて朱光出版の阿形会長が主催する講演会が開催されたので出席させていただく。

外交評論家の加瀬英明氏による講演。外務省北米課長として戦艦ミズーリー甲板上で行われた停戦文書調印式に臨んだ父の回想などを交え、1945年8月15日前後の日本の状況を語られた。

岸信介こそが戦後日本の卓越した首相であり、没後120年ということで出版された回想録などを紹介した。

小雨模様の中参集した、大勢の参加者は熱心に聞き入り会場からも活発な質問が発せられた。

参加者全員に夕食が提供され、散会となった。

有意義な講演会を催して頂き感謝申しあげます。


楠公祭

5月25日、下記にご案内を頂いた楠公祭に出席させて頂く予定です
今週の弊会主催による街頭行動はありません。【政経調査会 槇泰智】

【時】平成28年5月 25日(水)
第一部
「太平記勉強会」
講師  犬塚博英
午後5時30分〜午後6時20分(受付開始・午後5時)

第二部
「楠公祭」
祭典  午後7時〜
(受付・午後6時30分)

玉串料  2千円

【所】乃木神社・尚武館(神社社務所2階)

※祭典終了後、北青山に移動し、直会を行います(午後8時30分〜)
費用別途4千円(女性・下戸3千円)

中年市議の「トルコ放浪譚」を聞く

 平成28年5月19日(水曜日)午後6時から新宿歌舞伎町の喫茶店「ルノアール」会議室において
博友会主催で武蔵村山市議である天目石要一郎氏によるトルコ帰朝報告会が開催されたので出席した。
昨年の市議選で市議に返り咲いた勢いで、政務調査費を使っての豪勢な出張扱いかと思ったが、
議会閉会中の連休を使い往復4万円の格安チケットを購入しての貧乏旅行であったと聞き
改めて真摯な天目石氏の人柄が滲み出ていると興味を注がれた。
 48歳にして学生のようなバックパッカー的井手達で一泊2000円程度の安宿を渡り歩いた10日間であった。
今、シリア難民の流入で注目を浴びるトルコ、そして次代においては世界経済を圧巻する大国になる可能性を秘めるトルコ。
この際だから見られるところをトコトン見てやろうという青年の意気込みと好奇心で訪問したものであった。
空路イスタンブールに降り立ち、バスで観光地であるカッパドキア、首都アンカラなどを渡り歩き現地の人々と接触し、
肌で「トルコの今」を感じてきたという貴重な報告会であった。
 アンカラの街では無料のロープーウィイが公共の交通機関として市民の足になっていることに感銘するなど、
日本で唯一鉄道が存在しない「市」の市議として関心を持ったようだ。
日本で言えばsuicaのようなプリペイドカードを持たないとバスにも乗れないということで困っていると
見知らぬ乗客が自分のカードから支払ってくれたとか、長距離バスで予約日を間違えてチケットを購入、
気づかずに座っていると正規の乗客が来てしまい席がなくなってしまったが、バス会社の配慮で
正規の乗客を端っこの席に移動させてそのまま乗車できたなどのエピソードを交え
如何にトルコの人々が日本人に親切に接してくれたかを語ってくれた。
 旅の記念にとアンカラからイスタンブールまで新幹線に乗ってみたが、目玉の時速250キロ走行とは
ほんの束の間であり、大方は在来線と変わりがなかった。
中国の技術を導入した故の劣化性が顕著であったと体感したそうだ。
あらゆるところで中国の影響を受け、街中でも中国人と間違われるほどに中国人の進出が著しい。
日本企業はこれから大いに進出する余地があると実感した、とのこと。
 当日はアラブ問題の専門家である佐々木良昭先生がアドバイザーとして同席し、専門家の立場からコメントして頂いた。
当初、天目石氏のイラク訪問に関しては危険性も指摘していた。
IS志願者と勘違いされて身柄を拘束されるのではないか、と。
トルコがロシアの戦闘機を撃墜したことで、ロシアとの関係が微妙である。
嘗ては国民から絶大な人気を得ていたエルドアン大統領自身が今は精神的にも怪しい状態であり、いつまで持つかわからない、など
シリア情勢、そしてクルド人問題を含めて大変な状況にあると解説して頂いた。
終了後は、昭和の残照漂う「三平茶寮」に移動して、酒食と共に参加者一同が更なる情勢分析に研鑽を積んだのでした。

歌舞伎町区役所通りで講演会

平成28年3月17日(木曜日)
新宿で後援会&食事会
6時の開始時間の直前に到着すると会場はすでに一杯でテーブル席は満員。
所謂右翼・民族派の重鎮と言うか指導者的立場の人々が勢ぞろい。
そんなところに私が後から入っていったのでは様にならない。

産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が「韓国と如何に付き合うか」と題して一時間程の講演を行い、
質疑応答となる。
参加者からは、「日本人が歩み寄っても韓国が今のような態度では、付き合う必要はない」、との意見もでる。
韓国を叩いて中国や北朝鮮の側に行っては困るので、いまはとりあえずこちら(日本やアメリカ)の側に付けておくことが重要、との見解などを示してくださった。

会場のレストランはいつも不条理の会で街宣後の会議&食事会で使用している所であるが、最近では神戸山口組が会合に使用し、六代目側との乱闘騒ぎの舞台になったことで有名になってしまったようだ。
 一部のネット上ではレストラン名が晒されているようだが、当日の参加者の顔ぶれや風体をみると、相変わらずソチラの本職をも圧倒するような人達ばかり。
 一般のお客さんが違和感を持って敬遠するかと言えば、お客さんも出勤前のキャバ譲やホスト風のアンチャンばかりなので、全く空気のような存在となって溶け込んでいるから不思議。
裏手は巨大なラブホ街ときており、まさに不夜城・新宿歌舞伎町を象徴するような異空間なのだ。
 

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