お見舞金をお送りしました。ご協力に感謝いたします。


5月10日のエントリーにおいて、対馬で闘う川元博光さんが悪性脳腫瘍の手術を受けることで、お見舞金の協力をお願いしました。
http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=920
 5月13日、8時間に及ぶ大手術は成功し、川元さんは無事に生還しました。
ご支援頂きありがとうございます。
 5年前の11月、一緒に渡航した永田君(現・千代田区議)や、その前月10月の遠征では対馬に渡り共に闘った同志、また読者の方々からお見舞いをご恵送頂きました。
 5月24日には抜糸を終え、容態も安定しましたので此処にご報告と御礼を申し上げます。
 お送り頂きましたお見舞金は5月23日に川元さんが入院している博多区の原三信病院宛にお送りいたしました。翌日には受領した旨の電話を本人から頂きました。
 「恥かしいので表に出て電話をしているんですよ」と、いう川元さん。話していて私まで熱いものが込み上げてきます。
 会ったのは一度だけ、短時間の交誼であっても通じ合いものがあれば同志として助け合うこともあるのです。
 以前、別件でしたが「槇君はねぇ、過去の人間関係を断ち切れないからダメなんだよ」と、ある人からは言われているそうですが、これほどまでに感激してくれる人が存在するのであれば「ダメ人間」でも良いのです。


対馬市の厳原港にて釜山から襲来してくる朝鮮のフェリーを迎え撃つ(平成20年11月)



対馬での回想:
 早朝、対馬市役所前で街宣を繰り広げていると、朝鮮人観光客を乗せたA観光のバスが通りかかる。
 マイクを持った西村氏は「朝鮮人に媚を売るA観光は反省せよ」、とか訴える。
これを聞いてウンちゃんはハンドルを切ってこちらの方に突進させて直前でハンドルを戻し、「く」の字を描くようにしては走り去った。
西村氏もこれには激怒。島のウンちゃんは本土のように大人しくはなくお行儀も良くないのだ。

 で翌日、上記写真のように厳原港の岸壁ではフェリーから降りてくるで朝鮮人に抗議。
 そして、バス乗り場に移動し入国してくる朝鮮人を待っていると、眼の前にA観光のバスが迎えに来た。
これを見て西村氏が黙っている筈がない。
「この売国奴のA観光は恥をしれ」「殺人運転手を許さないぞ」、とかもっと過激なことも言ってたかも。昨日のウンちゃんとは全く別な人な訳で、なんで自分が罵られているのか分からない。
 やはり島のウンちゃんは血気盛んで愛社精神も旺盛だ。
 バスから降りてくると西村氏に食って掛かり胸元掴んでも揉みあいになる。
 ウンちゃんが西村氏を押し倒す形で二人とも路上に倒れこむ。
 ここで西村氏が下からウンちゃんの腹蹴り上げて投げ飛ばしていれば「巴投げ」で一本だった。
これがアノ有名な「修平巴投げ伝説」の真相だ。
 危機を感じた永田君が駆けつけてウンちゃんを引き離し、手を一切使わずに足だけでウンちゃんを組み伏せた。得意のグレーシー柔術を使ったのだが、手を出したのでは不利になるとの配慮だったの。が、ウンちゃんとしては足だけで組み伏せられたことが屈辱で、被害届を出した警察署では西村氏よりも永田君に対して強く処罰を望んでいたのだ。
他のメンバーも警察に呼ばれ事情聴取。
このままでは、二人は逮捕される模様。参ったなあ対馬じゃぁ弁護士の手配もできないし、接見に行くのも難儀だしこれからどうしようかと思案。
 一旦は争いの現場となったフェリーターミナルに行ってみる。
観光バスの所に誰か人がいる。兎に角走っていって話を聞いてみる。
ウンちゃんが警察に行って不在となったのでA観光の社長がバスを引き上げに来たのだ。
で、事情を説明。社長曰く「韓国人を相手にしたくはないけど、これやらやらないと喰っていけないないからねぇ」、で話を進めるうちに「アニキが長崎で右翼団体をやっている」って。
だったら話が早いじゃなにの。
「いやぁ、おたくの運転手さんも愛社精神旺盛で羨ましいでよ」「社長から話して刑事告訴を取り下げるように言ってもらえませんか」、、、っちゅうことで二人は無事に生還。

「A観光の社長と話しを付けておきましたから」、って言っているのに。
警察署からでてくるや第一声が、「さあ、これからA観光に街宣ぶっかけにいくぞぉ」

、、、、、、、、、、おいおい、空気読めよ


29日も「アンチ水曜デモ」、やりますよ、、、、一緒に

 
 「槇君、君のブログのコメント欄にあるカキコミだけど削除しといてくれないかなぁ」、と一言いえばいいでしょう。
 当人である私には何も言わないで、私の分からないところで、アッチコッチに誹謗中傷を書いたメールを送りつけてくる。
 この手法は今に始まったことではない。過去にも延々と実行してきたこと。
 何日も経過してから、「槇さん、実はこんなメールが来ていたんですよ」と、えらく遠いところから転送されてくる。
 知らぬは本人ばかりなり、か。
 受け取った人の反応と言えば、「こんなメール読みたくもない」「活動とは無縁の私になんでこんな物を送ってくるんだ」「内輪のゴタゴタなんか興味ない」「いまは眼の前にある敵と闘うべきではないか」「仲間を貶める神経が分からない」、と言ったもの。
 まあ、「私が、槇さんに知らせたことは西村さんには内密に」、と言う人々であるから上述のような気持ちであろうが、大方の修平教信者にとってはありがたい教書として勉強のネタとなっているのかもしれない。
 
 一斉配信された5月22日の修平メールは下記(赤字表示)。
修平メールでは実名となっているが此処ではイニシャルで「T子さん」と、表記します(青地)。
 文中の´△T子さんが修平氏に送信したものの貼り付け
 
西村修平【主権回復を目指す会】
Sent: Wednesday, May 22, 2013

各位
卑劣!槇がT子女史の「削除」要請を拒否
<2チャンネルを使い、究極の人格崩壊を進む槇 泰智>

Wed, 22 May 2013 13:13:05 +0900
今、帰って見まして驚いて、すぐ槇さんの携帯に電話して削除してくれるよう頼みました。
そしたらその返答が「はい、はい、帰ったら消しときます」でした。今日一日は晒しておくつもりらしいです。
「この私信メールは手違いで流れてしまったのでどうかお願いします」と言いましたが、「いや、増木さんのメルマガに公開されていたものだし」と冷たい言い方です。
もう他に方法が見つかりません。
T子

Wed, 22 May 2013 15:32:42 +0900
ブログのコメント欄に私の書いたことは事実でないことネットの中傷書き込みを鵜呑みにしてしまったことを書いた謝罪文を送信しようとしましたら、突然「メンテナンス中」の表示が出て書き込めなくなりました。
まさか私を特定してアクキンにしたとか?少し時間をおいて再度試してみます。
T子
 
参考↓
槇のブログ

オリジナル修平メールでは5月21日の弊ブログへの直リンクが張り付けられているが此処では省略

あとこの件に関して修平さんが徹底した橋下発言批判「風俗とか売春、口にすることさえ憚れる。」とおっしゃってますが、まさに「おまゆう」ですね(笑
運動に参加してくる女性に片っぱしから手を出してその手口はまず名刺をもらい私信メールで短歌と風景画などを送り、徐々に親交を深めていきます。
私の場合で言いますと主権関西の発足の少し後にあったチャンネル桜主催の国会に向けての抗議行動に参加したのですが誰から聞いたのか突然前日に電話がかかってきて、その前に事務所に寄るように言われました。事務所には当時////さんがおられましたけれど
私より1時間ほどずらして、京都から参加することになっていたMちゃんも呼んでいたようで私は早々にそこを出て靖国に行くことにしました。
そしたら修平さんがずっと付いて来るんですね。それはMちゃんに悪いからとやっとのことで振り切って別れたのですが
その後のデモにとうとう何時になってもMちゃんは現れませんでした。
こんな風にたくさんの女性を誘ってきたんですね。そりゃ風俗なんか利用しなくとも、一円もお金を使わずとも事足りたでしょう。
完全無欠、高潔なお方からすれば風俗に勤める女性は「平成のパンパンガール」、最も軽蔑すべき人間なのですね。
この人のお蔭であらぬ噂をたてられ汚名をきせられた私からほんとに「おまゆう」と言ってやりたいです。
T子
元支援者が実名で告発 2013/05/22 9:05 AM


「アクキン(アクセス禁止)にした」とか、「一日は晒す」とか、
どうしてそういった思い込みを事実のように捻じ曲げて配信するのでしょう。
22日に、T子さんから私に電話が来たのは12:59。
アンチ水曜の活動で皆と四谷にいて、PCに触れることはできないでしょう。
夕方に帰ってから確認したところで増木さんから電話とメールがきた。
で、削除要請はT子さんの意志ではなかったと、真実が発覚。
修平氏がT子さんに詫状を書くことを強要。
増木さんを通じて「槇に削除するよう」に要請した。
増木さんからは以下の修平メールが添付されてきた。
 
>>T子、増木さん
>>細川、紫藤と同じ道を歩んでいる。槇に何か手を打つ方法がありますか。
>>2チャンネルにはもう出回っていますが。
>>西村修平

だったら、修平氏本人から「削除してくれ」、と電話の一本でもよこしたらよいでしょう、
その旨、増木さんにもT子さんにも伝えてありますが、本人からは未だに何も言ってきません。
その晩、T子さんにメールを送信しました。
T子さんからは早とちりであったと訂正を頂いています。

----- Original Message -----
From: "槇 泰智" <
makiyasutomo@daitoa.com>
To: "T子さん
Sent: Wednesday, May 22, 2013 8:17 PM
Subject: 要点だけ申し上げます
T子様
毎度、お世話になっています。
増木さんからメールと電話を頂きました。
あのメルマガについて修平が貴女に対し詫状を書くように強要したのでしょう。
私のブログのコメント欄削除の件は修平の希望だそうです。
自分で言わずに貴女や増木さんを通じて槇を動かそうとしたというのが実情のようです。
増木さんにも申し上げました。
修平が自分で「削除してください」、と電話一本すれば削除します、と。
未だに何も言ってきていません。

コメントした(張り付けた)人に対し削除の承諾を頂くのは不可能。
削除後に何か、説明をしなければなりませんね。
槇泰智
 
 以上の経緯をコピーして修平氏にも送信してありますが、無反応ですね
 1)私が「削除拒否した」とは、如何なる文言を根拠にしているのでしょうか。
 2)「2チャンネルを使い」、とは私が使ったと言いたいのですか。
 これら質問についても無回答。
 こういった一方的な誹謗中傷メールが修平氏によって多方面に流布されていることを私は知らされていない訳で、
また誰に送信しているかも不明であるから、真相を説明する機会も与えられてないのです。
 あのカキコミは過去に増木さんのメルマガで多方面に送信されていたもののコピーなので、見る人はみている。
 私のブログなんていうのは、関係者かアンチ勢力・公安関係者が覗く程度。
 
 にも拘らず、わざわざ自らの信者や支持者・関係者に対し、全文をコピーして配信するというのもどういう神経なのか。
 何百〜何千名に配信されているのでしょう。
 目的は私・槇泰智の「人格崩壊」を訴えたいだけだろう。
普通なら「以下に私に対する誹謗中傷が書かれている」、とかぼかして表現するだろうに。
 今回、修平氏に対しては弊ブログにエントリーします、と確認を取った上で公開しています。
 
 まあ、こうして言いたい事を言い合えるのも本当の、信頼関係が成り立っているからなのです。
 友人として同志として十数年来共に闘ってきた仲間でありますから、腹の底から言いたい事を言い合えるのです。
 こんな事くらいで崩壊する関係なら、最初から見せ掛けだけの運動であったということになります。
 
 
   槇君
   メール拝見、ありがとうございます。
  今の私の心境、槇君の心情などからして「議論が成立しない」
  と考えます。
  向こう3ヶ月の期間を置くなどした方がいいと判断します。
  (以下、略)
  西村修平
 
 まあ、色々と考えるところもあるのでしょう。
3ヶ月などと言わず私の方ではいつでも再開しますよ。
私の「心情」はいつでも平常心ですから。
 
 5月29日(水曜日)、南朝鮮(韓国)大使館前における
 アンチ水曜デモ
 正午開始です。
 日本の名誉を守るために、一緒に闘いましょう。


ご支援に感謝します

 
 日頃より支持者の方々から、多々ご支援を頂きましてありがとうございます。
 この不景気な世の中、皆様方の生活とて決して裕福ではないでしょうに、浄財を送金頂き感謝申し上げます。
 また、先日は奈良県産の美味しいお米をお送り頂き感謝です。
普段我が家で購入している5kgで1480円の物とは格段に違いますね。
 
 本日は都内にお住まいのS子様よりご厚情と共にダンボールに入った食材を頂きました。
 秋田名産のイブリガッコやチョコレート、ラーメンなど盛りだくさん。
一人暮らしの息子か、単身赴任の夫に送って下さっているような内容です。
 手作りのキャラメルチーズケーキはプロ級の腕前ですね。
趣味で始めたものが段々と腕をあげたそうです。
S子さんの作るケーキは20年以上前から賞味させて頂いています。
 
 秋田県出身で、一水会の鈴木邦男さんの中学校の同級生なのです。
 毎回、結構長文の楽しいお手紙が同封されています。
 身の回りの他愛ない事柄を綴っているのですが、テレビドラマの筋書きのようで楽しい。
 今回は鈴木さんの中学時代とその後の事など。
 
 5年前の中学の同期会では地元の駅でばったりと一緒になったそうです。
 シャッター通りの中で寂れた食堂を見つけ昼食。
 待たされた挙句に出された食事は美味しくもなく、黙々と食べる。
気まずい雰囲気。
 鈴木さんは先に食べ終わったので、早く席を立ってもらいたく、促すように「あ、いいわよ」
 善意に解釈したのか、鈴木さんはホッとしたように「あ、すみません」と言って、お金を払わずに離れて行ったそうです。
 
 いやあ、鈴木さん。最高ですね。
 もう、政治的には過去の人なんでしょうけど、本当に素敵なキャラクターを持っているのです。
 右翼でも左翼でもドッチでも構わないんですよ。
 人間歳を取ると中性化するって言うけど、政治的にも同じなんでしょうか。
 そう言えば以前、鈴木さんを呼んで講演会をやろうと持ちかけたら、「いいよ」と言ってくれていたけど
立ち消えになっていました。

 鈴木邦男Vsネットウヨク
で対談(対決)なんかできないかな。
具体的にネットウヨクって言う人が存在するのか否か疑問だが、
まあ、インターネットを媒体として保守活動を展開する人、って事になるかな。
 こういう人たちは反対論者との言論戦には出てこないと聞いているけど、相手が鈴木邦男ならハードルも低いと踏んで手を挙げてくれるでしょうか。
 「鈴木ならチョット、強硬に出れば、すぐに『すみません』と、泣きをいれる」、、、、かな?
 私が司会をするので、「我こそは」って人がいれば、立候補してください。推薦も可能。
 なかのゼロの学習室1なら定員は90人だったかな。
 
「ネットを媒体として参加者を募る保守系の活動がネットウヨク」、って事なのかな。
ネットで告知するのなら既成の右翼団体でも、左翼でも同様の事はやってますね。
どのように違うのでしょうか。
ネット社会の中で情報伝達の場が広がった一方で、マスメディアは我々民族派の主張を徹底して無視していますね。
右派・保守勢力に対しても同様。
現象としてのネット社会については批判的に論じても、思想としての活動には踏み込まない。
一つには彼等の行動に確固とした思想が伴わない。
少なくとも根底に国家・国民を機軸においた思想が存在することをアピールしていない。
人目を引くパフォーマンスが先行している。受け狙いの活動と見られても仕様がないでしょう。
それは、ネットが存在する以前の、新右翼の活動でも似たようなところがありましたね。

久しぶり、「時代おくれ」の会に参加した

 
 3月24日(土曜日)赤坂の某・九州料理の店で開催されている「時代おくれ」の会に出席。
以前、何回か参加させて頂いたが、久しぶりの参加となる。
右翼民族派以外に雑多な人々が参加。約20名

今回は村上正邦元労働大臣の講話。
混迷する政局などを中心に語る。
 亀井静香とは親密な関係にある訳だが、平沼・石原・亀井との新党について
亀井は皆から嫌われている。
しかし、使い捨ての政界にあって、人が履き古し足蹴にした草履でも懐に入れて暖めているのが亀井。
田中直紀防衛大臣は国防に関しての素人。
しかし、真紀子の夫であり、民主党内では小沢一郎に近い。
こういう人間を閣内においておく事が野田政権にとっては重要となる。
そういう意味で適材適所といえる、などなど。
ものつくり大学の件では最高裁まで争ったが実刑で1年5ヶ月入っていた身。
それでもパレロワイヤルに事務所を構えて精力的に活動している訳で、
自民党参議院会長を努めた経験と人脈は今でも衰えていないのだろうか。
会食の席で歓談。
まあ、筑豊出身で拓大から生長の家と、右翼民族派とするならばエリートコースか。
今年80歳になるが意気軒昂。
村上元労相
真ん中が村上元労相、左は行徳先生。
こんな高級料理屋とても自腹ではいけませんね。
太刀魚・メヒカリ・薩摩揚げ・辛子レンコン・鶏手羽焼き、馬刺しなどなど。せっかくの美味を前にするがアルコールは控えておく事に。
今回も主催者は勿論、主権在民党・党首のご厚情に感謝します。
帰りは党首自らの運転で自宅まで送って頂きました。
先般はお米をご恵送頂き助かっています。
やはり食料の支援はありがたい。
感謝感謝
 
本当に良い人なんだけどねぇ
 
土曜日はお客さんも少なく、落ち着いて食事ができますね。
3階から見下ろす赤坂の街並みものんびりしているようです。

ドクター中松を東京都知事に

 
3月8日(火曜日)、ドクター中松、都知事選への決起集会が開催される。
赤坂の日枝神社境内にある「つきじ・植むら」
まずは、皆で一流料亭の味を堪能してから決起集会へと移行していく。
お弁当煮物・焼き物・天麩羅・お造りにジャコ飯とお味噌汁。
 最初は小生による音頭とりから始まる。
参加者一同に起立いただき、左足を半歩前へ、コブシを振り上げて
「最低でも100万票」「当選目指してガンバロウ」のコールで開会する。
 
 参加者挨拶・激励に続きドクター中松の決意表明。
国歌・君が代斉唱においては、「皇国の守」の伴奏に合わせて一同が声高らかに唱和する。
 ドクター曰く。
 現在の日本の問題点。内政においては民主党政権による日本国家の破壊。
 外的要因においては、米占領軍による民族精神の破壊にある。
これからの日本は資本主義ではなく「志本主義」となるべきだ。
そして、民主主義は「賢主主義」となるべきだ。
 都知事になる者の資格としては、
1、他人から尊敬される賢者であること
2、愛国者でなければならない
3、江戸っ子でなければならない。
 これら3つの条件を兼ね備えた候補は私しかいない。
 
 その後、「勝利の日まで」「月月火水木金金」といった戦時中の
国民歌謡の節回しを遣った
ドクターを称える替え歌を一同で唱和。

ドクター
「ドクター・ナカマ・ツー」、という事で指二本
ピースサインではない。
 
 で、なぜ私がドクターの支援をしているのか。
私の政治信条からすると違和感を持つ人もいるかもしれない。
 しかし、マスコミに登場した際の発言と言うのはドクターにとっての極めて一部であり、
この人ほどに、右翼的な人物は少ない。
戦後の日本を貶めてきたのは日教組を始とする左翼勢力であり、戦前の日本精神に還らなければんらないと力説する。
 また、ドクターはアメリカのハーバード大学を卒業したことを誇りとしてはいるが、アメリカは強い日本が復活することを恐れ、
精神面と経済力でも日本を弱体化させてきた、と対米批判も繰り広げる。
 そのうえで、アメリカと対等に話しができる政治家は私しかいない、と胸を張る。
 
 ドクターとの交誼は十数年前から続いている。
12年前に私が新宿選挙区から都議補選に立候補した際には、同日投票日の都知事選に立候補したドクターとコラボレーションで選挙戦を展開したり、その後の、中野区議選では、一緒に野方や
中野の商店街で練り歩きを行っている。
と言っても、常に密着して同じ歩調で運動に参画している訳ではない。
 細く長く、一緒に協力できるところはやる。違うところはやらない。
 
 私の人付き合いの基本は誰に対しても、そいうった「いい加減」なスタンスで考えている。
「いい加減」とは、「良い加減」なのでもある。
 あまりに個性の強い人と行動を共にして、全てにおいて一心同体の同志的立場な結びつきに拘れば、どこかで角(つの)を付き合わせることになる。
 どちらかが一方の奴隷にでもならない限り、諍いが生じて、決裂に至る。
 個性の強い人物と言うのはある意味有益な人物でもあるから、決定的な諍いを以って袂を別つ必要もない。
 そうした中で、互いの違いを認めた上で、できるところは共同歩調をとっていけばよい。
 
 ドクターももう82歳。そろそろ当選してもらわなければならない。
まあ、私にとっては平成の御世における赤尾敏さんみたいな存在として映っているのかもしれない。
 常日頃、目じり吊り上げて、民族の怒りをぶつける運動ばかりに終始するのではなく、
たまにはギアーをニュートラルに切り替えてみるのもいいだろう。
 都知事選の告示は3月24日(木曜日)です。
公営掲示板へのポスター添付にご協力を御願いします。

 ポスター貼り付けは告示日当日(3月24日)だけに拘りません。
選挙期間中のできるだけ早い期間に、多摩地域も含めた東京都全域に張り終えます。
その他、ボランティアを募集しています。

「ウッチー」から突然の電話

 
 17日(木曜日)
突然、ウッチーから電話があった。
 本名を内山と言う。話をしたのは15年ぶりくらいかな。
 私が一水会で活動していた頃に、この運動に入ってきた人だ。
 元は陸上自衛隊。その後、統一原理教会を経て、日学同へ入る。
 そして、一水会で暫く一緒にやっていたが突然、幸福の科学に行ってしまった。
 兎に角、変わった男だった。
ある日、一水会の故・阿部勉副会長が、皆に一杯奢ってご馳走するからというので、
 ご好意に甘えて阿部さん行き付け中井の「まあちゃん」に行った。
初対面の何人かが自己紹介。
 「で、あなたは以前、何をやっていたの?」、と前の職業とか活動歴を聞いてきた。
 「はい、酒井法子の追っかけをやってました」
もうその場に居た一同、「はあ〜?」、って感じ。
 酒井法子のファン倶楽部に入り、アッチコッチと飛び回っていたオタッキーな青年だった。
 今回の電話では3月7日に都庁で反共の集会をやるから来て欲しい、とのこと。
「なんで創価を攻撃しているの?」「政教一致がそんなに悪いの?」
矢継ぎ早に質問の後は、自分の主張をまくし立てて、一方的に押し付けてくる。
昔と変わらないね。今は統一原理に戻って活動しているとか。
 

小菅で下車する

 2月18日(木曜日)。東武伊勢崎線の小菅で下車する。
何とも殺風景な駅舎とその周辺。
駅を降りた人々は皆、一様に無言で足早に同じ方向へと歩いていく。
殺風景な荒川の土手沿いの道を歩いて、東京拘置所へたどり着く。
面会の申し込みと、差し入れの手続きを済ませて、エレベーターで10階へ向かう。
何とも無機質な巨大な建物の中を矢印に従ってテクテクと歩かされる。
東京拘置所

渡辺俊幸氏が収監されている事を知ったのは、訪問の2日前。
書留郵便で千円札が送られてきた。
差出元がここ東京拘置所なので、兎に角来てみた次第だ。
面会して分かった事は昨年の3月25日に地元の静岡県で逮捕。
容疑は警官7人に対する公妨。
自民党の斉藤としつぐ衆院議員(当時)の不正資金を追求していたので、以前から目をつけられていた。
でっち上げで逮捕されたそうだ。
静岡地裁で1年6月の実刑。
控訴して昨年末、東京拘置所に移管。
弁護士は例え有罪になっても120%実刑は無い、と言っていたにも拘らずの1年6月。
まあ、普通に考えても公妨で実刑っていうのも珍しい。やはり、公安事件になると、おかしな判決ばかり出てくる、
この世は、正に暗黒国家だ。


渡辺俊幸さんは伊豆半島の伊豆の国市で、慎ましくも果敢に単独で民族派運動を展開していた。
7年前には私の区議選にも応援に来てくれた。
酒もタバコもやらないストイックな生活振りに、かなりな生真面目の一本調子な性格だった。
地元で看護婦が運転する車にぶつけられたが、きちんとした補償を受けられなかったことがある。病院の対応も不誠実であった。6年位前だったかな。
渡辺さんに頼まれて政経通信・号外版を作ってその件を報道した。
渡辺さんは、これをコピーして地元で頒布したりしたが、脅迫かなんかで逮捕。
私のところにもガサが入って、静岡まで行って事情聴取を受けた。
彼としては、そのことで私に気兼ねがあったのだろうか。
現在、私の車に積んであるアンプとスピーカーは彼が送ってきたものだ。
そのご、暫く音信不通となっていたが政経通信が東京拘置所へ転送されて、連絡が付いたのだ。

身寄りのない独り身故、面会に来る人もいないのであろう。
時間に余裕のある人は、面会に行ってあげてください。
外部の人と話をする話をするだけでも気が晴れるでしょう。

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