戸田市歌謡大会の報告

昨年11月20日に開催された埼玉県戸田市文化祭における「歌謡選手権大会」の模様を過去二回に渡り当ブログで報告いたしましたところ大きな反響がありました。

「来年(今年)もやるんですか?」

「戸田市民でないと参加できないんですか?」

「戸田市にカラオケ好きな親戚がいるので知らせてあげたい」

「次回は、是非見てみたい」などなど。

 

毎年、戸田市歌謡連盟の今澤雅一会長が奔走して大会を運営しています。

歳が明けると今年11月の開催に向けて始動を開始。

多くの市民の皆様に喜んで頂きたいとの思いから手弁当で運営に汗を流しています。

ボランティアとしてお手伝いをしたいという方がいらっしゃれば、声を掛けてみてください。

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戸田市歌謡選手権大会

11月11日の当ブログで紹介させて頂きました11月20日戸田市文化祭における「歌謡選手権大会」のお知らせ

http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=1542です。

今澤雅一さんが会長を務める戸田市歌謡連盟が主催する戸田市では有名なイベントであり、

プロの歌手の方も多数ゲストとして登壇してくださいました。

ご紹介しておきながら、その報告が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

誰が優勝したのだろうと、結果を知りたくてヤキモキしていた方が多数いらっしゃたのではないかと思います。

歌謡選手権の模様が、本日11月30日の埼玉新聞に掲載されました。

 

優勝  沢田良様    千の風になって

準優勝 一ノ関都志子様 残月はぐれ

第三位 遠藤和子様   愛人

16名の方が入賞され、上位13名には戸田市教育委員会教育長の賞状とメダルは付与されました。

約800人の観客が会場である戸田市文化会館に足を運んでくださり、

予選会を勝ち抜いて出場した70名の美声に聞き惚れていました。

 

詳細については当日の司会を務めた「あやのくるみ」さんのブログ、11月22日において掲載されています。

↓↓↓

http://michiru113.exblog.jp/24697525/

是非、閲覧してみてください。


乙武君は何を誰に謝罪するのか?

 作家で教育者だと言われている乙武洋匡氏の不倫問題が世間で話題になっているようだ。
芸能界において連続して大々的に報じられる不倫報道であるが、乙武君もその仲間たちとして注目に値する存在なのだろう。
7月に実施される参院選においては自民党からの立候補も予定されているということでは、
国会議員の不倫報道の延長線上におかれた報道ともいえるだろうか。
 
 どうあれ今は私人である他人の嗜好・行動に対し私がどうこうと指図をする立場ではない。
ただ、世間が注目するところは先天性四肢切断の乙武くんがどのようにして不倫・セックスを演じたのか、というのが本音だろう。
 相手の了解がなければ事は成立しないし、さらに相手が先導して事を進めてくれなくては成就しないという前提がある。
今週発売の週刊誌においては、そろそろその辺の事情が当事者の口から語られだしたようだ。
いずれにしても重い障害を負った乙武君の主導において女性を強引に組み敷いたとは考えられない。
あくまでも女性が積極的にことに及んだものであろう。
 
 そもそも一般常識で考えれば、重い障害を負った青年と情事を持ちたいと思う女性は少ないだろう。
私の知り合いにいる男好きなで有名な著名女性カメラマンから昨晩電話があり、「若くて良い男いないかしら」、というので
乙武君なんかどうだ、と水を向けたところ「気持ち悪い。あんなのなら動物とやった方がましよ」、と言ってきた。
女性の地位向上を訴えて活動する女性にしてこの言い草だ。
差別され男性に比べ低い地位に置かれてきた女性の解放を謳う当事者からして拒絶しているのだ。
これが女性の本音なのだろう。
 
 しかし、世の中には一般人とは全く異なる趣向を有する人間は普通に存在する。
「デブ専」「ハゲ専」「フケ専」と言う言葉が存在するように、一般にはデブやハゲ・年寄りは忌避されるところだが、
そういう男に対して興味を持つ女、または男(同性愛者)が存在するのも事実だ。
 だとすれば身体障害者フェチがいてもおかしくはない。
世間の人々が「どうやって?」、と興味を抱くのに対し、その疑問を解明すべくアプローチする女性もいるとこだろう。
また、テレビで傲慢な言説を披瀝する著名な青年を裸にひん剥いて両足の下に組敷上から見おろすことで優越感を
得たいとする不心得者もいて不思議はない。
 
 一般に不倫と言うと、そこにはお互いの愛情関係が存在し、その結果の性行為と言えるだろうが、
報道される五人の女性が皆そうであったようではない。
二人とは一回きりの行為であったというから、上述のような興味本位からの「稀少、かつ貴重な体験」の道具として遣われたとも考えられないか。
 
 もっともそうであっても、それは乙武君自身が望んだことであれば、なんら問題はない。
 不倫報道の直後に乙武君と奥さんがそろって謝罪のコメントを発したが、いったい誰に対して何を謝罪する必要があるのか。
 相手女性が既婚者であれば、その夫に対しての謝罪であろうがそうではない。
 謝罪が必用だとするなら、相手の女性が乙武君の妻である仁美さんに対してのみであろう。

 
 ただ、この不倫騒動はお互いがプレーとしてのセックスを欲している中で、目的を遂行しているに過ぎない。
乙武君の余りの強烈なる性欲に対し、奥さんは耐えられなくなり、外部で処理する事を望んだ結果ではないのか。、
先天性四肢切断の中で手足が存在しない分、胎内において生殖器に過度の養分が供給され、そこだけが以上に発達しているということはないのだろうか。
 普段の酒席などの会話においても「僕の薬指は長いんだよ」、と女性相手に冗談を飛ばしていたと聞く。
勿論、薬指に限らず指そのものが存在しない訳であるが、薬指の長さが男性器の長さに比例するというジョークをもとにして誘惑しているのであろう。

 
 障害者にも性欲はある、そして乙武君においては一般人の想像を絶するまでの異常な性欲が存在したとしたら。
それを自分で処理する事は不可能だ。
普通の障害者であれば満たされない思いを抱きながら悶々と焦燥感に駆られるのだろうが、乙武君は明晰な頭脳と饒舌な話術、そして爽やかな風貌で克服した。
著書を出版しベストセラーとなりチヤホヤする女性が周囲を取り巻き健常者の妻を得るまでに成りあがった。
 女性に縁のない健常者より上へのし上がったことになり、そこで妬みを買う事になる。
 通常は許されない身体障害所に対する非難が乙武君に関しては解禁された。
むしろこれは正常なことだろう。
障害者だから純真無垢・清廉潔白・品行方正であると言った当事者にとっては迷惑なだけの幻想を払拭してくれたのだ。

 
 障害者であれ参院選立候補予定者であれ、この程度の人格を兼ね備えた人間は何処にでもいる。
どのようにして性欲を発散しようが他人がどうこういう事ではない。

 
 ただ、今回話題にあるチュニジア旅行の金が何処から出ているのかには注視しておきたい。
女性と二人きりでは目立ちすぎるというので作家の古市憲寿氏(31)を同行させて、
ホテルを二部屋とり、夜は女性と一緒で、古市氏は一人という不倫偽装を行った。
そういった費用は誰が捻出しているのか。
日本は福祉制度が充実していると言われている。特に乙武君のような第一種一級の障害者に対しては、生活に支障なきような相当な額が支給されているはずだ。
そういった障害者年金が不倫旅行と偽装者の旅行費用に充てられていたとしたらどうだろうか。

 
生活保護の支給を受けながらパチンコ・賭博に費やすことが社会問題となっている。
ならば、障害者年金で不倫はどうだろうか。更に不倫隠蔽の為の偽装工作はどうか、となる。
対象が「爽やか乙武君」だからこそ、この機会にオープンな議論をしてもよいのではないか。
「障害者と性」「障害者年金の使途」、について。

あんたヤクザなの。タクシー屋のオッチャンなの。ドッチ?

加藤武という役者。
やはり私の中ではどうしても打本昇のイメージが離れないんだな。
タクシー会社のオッチャンにして任侠団体・打本会の会長。ヤクザ修行もないままヤクザの看板掲げて、とにかく巨大組織の大物との兄弟盃を交わしたがり、大物になった気分になる。
結果、ヤクザ社会の筋目も弁えないで、右往左往して赤っ恥をかいて、窮地に陥る。
「仁義なき戦い」という映画は実在の人物を題材に構成されているが、やくざ社会にとどまらず人間社会における人と人の繋がりと決別など、権謀術数を弄する人間模様をリアルに描いた貴重な作品であった。
実在のモデルは打越信夫。紙屋町タクシーの社長でありながら、山口組の後ろ盾を得て広島ヤクザ社会で山村組との勢力図で均等をはかろうと目論むものだった。                                                   第三作の代理戦争では神戸からの客人を前にして山守に「あらら、おまえ泣きよるんか。ほんま泣かんの。泣かんの、よう」と辱められるシーンがあるが、誇張はしているものの実話であったとされる。
 その優柔不断さ故に広島は山口組と本多会の代理戦争の場となり、流す必要のない多くの血が流されたと言われている。
こういった弱気の大物ヤクザを演じたのは、私が知る限りでは仁義なき戦いくらいであろうか。
 その後の東映作品において「沖縄やくざ戦争」などで織本順吉が同種の役柄を好演している。
 昨年は高倉健、菅原文太といった東映の黄金期を築いたスターが逝ったが、加藤武のようなアクの強い脇役がいなくなるというのは寂しい限りだ。





加藤武さん死去 ジムのサウナで倒れる 「よーし分かった」の決め台詞

スポニチアネックス 8月1日(土)18時19分配信

 劇団文学座代表で、黒沢明監督作品や「仁義なき戦い」シリーズ、金田一耕助シリーズなどで名脇役として活躍した俳優の加藤武(かとう・たけし)さんが7月31日夜、東京都内の病院で死去した。86歳。東京都出身。1日、文学座が発表した。

【写真】水面から足…「犬神家の一族」の名シーン

 31日夕、スポーツジムのサウナで倒れ、その後、病院で死亡が確認された。死因は不明。葬儀・告別式は親族のみで執り行う。

 早稲田大学で演劇研究会に入り、俳優の北村和夫さんらと知り合った。一時は中学教諭に就いたが、あきらめられず、先に北村さんが入団していた文学座研究所に入る。59年、正式に座員に。悪役や個性の強い役どころを務め、同座の中核として活躍した。

 映画は53年、今井正監督「にごりえ」の端役出演から始まり、「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「悪い奴ほどよく眠る」など黒沢作品8本に出演。「仁義なき戦い」シリーズの優柔不断な親分・打本昇役、「犬神家の一族 」「悪魔の手毬唄」などの金田一耕助シリーズの警官役、「釣りバカ日誌」シリーズの秋山専務役などで知られた。

 NHK「真田太平記」「風林火山」など数々のテレビドラマにも出演。名脇役として数々の作品を彩った。

 金田一耕助シリーズの「よーし、分かった」の決め台詞から、フジテレビのバラエティー番組「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!」の1コーナー「クイズよしっ分かった!」のモデルとなり、レギュラー出演もした。


テレビはつまらないから観ないようにしているが、、、

12月30日(火曜日)夕方
ニュースを観ようとテレビを点けたが、各局とも訳のわからないバラエティーなどを放映している。
年末なので通常とは異なる番組編成なのか。最近のテレビは観る気がしない、というか観ること自体が苦痛に感じてしまう。
若手のお笑い芸人がひな壇に座り内輪ネタで勝手に大盛り上がり。
他の出演者のネタ話に拍手し大口開けて笑っている。馬鹿じゃなかろうか。
芸人なら舞台とか高座で漫才とか落語を演じて笑いをとってみろ。

芸名からすると落語家なのか何なのか所属不明の出っ歯野郎がバラエティーによく出て大げさなジェスチャーで受けているが、こういうのが好感度ナンバーワンだというのが不思議だ。
彼に限らず芸能界の大御所とかいうのが何人かいて幅を効かせているらしい。ドリフターズにいた某なんかもそう。
共演する若手芸人からは番組内でしきりに「師匠」「師匠」と呼称されているが、聞いていて不愉快だ。
若手芸人はトークひとつにも腫れ物に触るかのようにビクビクしながら、ネタを振っている。
おまえら仲間内の序列では師匠かなんか知らないが、俺たち一般視聴者からすれば単なるお笑い芸人に過ぎないんだよ。

とにかく、そういった連中が出ている番組にぶち当たると、内容はどうあれ即チャンネルを変えるか消す。
で、ニュースもないので、仕方なくめったに見ることもないケーブルテレビにスイッチ替え。

日本映画専門チャンネルに合わせると、時代劇の風景。
なんか見覚えがある。
えっ、これって「人斬り」ではないの。始まったばかりだ。
幕末に人斬り以蔵と称された岡田以蔵を勝新太郎が演じている五社英雄監督の名作。
先日、劇場で観て偉く感動した映画だ。
勝新や裕次郎との絡みで出演する三島由紀夫の演技だって、決して見劣りはない。
三島さんの声・口調が実に良い。
あの「英霊の声」の口調「かしこくも、、、、」、そのままなのだ。
三島が演じる田中新衛兵は盟友である以蔵によって、天皇側近公家殺害の罪を着せられて切腹することになる。

そのシーン↓
https://www.youtube.com/watch?v=BcFdfo6yEUc
ここは鍛え上げられた筋肉美を披露するといった意図を以て撮影されたのかとも思ってしまう程だ。
結局、この映画が公開された翌年に三島は割腹自決することとなる。

結局、ストーリーは分かっているのに仕事を中断して最後までみてしまった。
大した思想もなく、自らの理想を掲げるでもなく藩士の言いなりになって無鉄砲に幕末を駆け抜けた28歳の生涯。
京の街では「土佐の以蔵」「人斬り以蔵」として有名人となっていたことを自ら誇らしげしている風に描かれている。
格好良くも見えるが、哀れと言えばそれまでな人物。

現代社会では、ネット情報に感化された人々が世の中を変えたい、変えられると思って市民活動をしているが、その根本理念は何処にあるのか。その場の勢いや、怒り憤りといった感情だけで突っ走っているのではないか。
活動は目立ってナンボ。有名にならなきゃ意味がない、と言ってた人たちとダブりましたね。
以蔵を見てそんなことを思った年末でした。

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♪東京だヨお母さん

 
11月14日。8日に75歳で逝去した島倉千代子さんの葬儀が執り行われたとの報道。
死去を伝える8日以降のテレビ報道等では代表的ヒット曲として「人生いろいろ」を歌う場面が度々流されている。
確かに二十数年前のヒット曲として若者にもなじみがある曲だろう。
小泉首相が在任中に実体の無い会社勤務を問われた国会答弁で「人生いろいろ。会社もいろいろ」、と交わしたのでも有名だ。
 
ただ、彼女の代表曲と言うならば「東京だヨおっ母さん」が、第一に思い浮かぶ。
私が生まれる二年前の発売ではあるが、国民歌謡として定着していたのだろう。出だしの「♪ひさしぶ〜りに〜」、とすんなり口からでてくる。
この150万枚を売り上げた大ヒット曲が出た昭和32年に紅白歌合戦初出場となるのだが、その時の曲目は何故か「逢いたいなァあの人に」なのである。
彼女はその後も紅白の常連となり合計で35回出場しているが「東京だヨお母さん」は一度も歌わせてもらえなかった。
 
何故か。それは二番の歌詞が靖國神社を歌っているからだと言われている。
NHKの他の番組で歌う機会があっても1番の後は2番を飛ばして3番を歌わされている。

http://www.youtube.com/watch?v=cfjj0JcCrh8
↑フルコーラスでお聞きください

2番の歌詞

  やさしかった 兄さんが
  田舎の話を 聞きたいと
  桜の下で さぞかし待つだろ
  おっ母さん あれがあれが九段坂
  逢ったら泣くでしょ 兄さんも


女も最低限の学は無いと生きていけない

 
 8月22日、歌手の藤圭子自殺の報道。
 テレビのニュース・ワイドショウでは、昭和45年(1970年)にヒットした「圭子の夢は夜ひらく」を引き合いに出して70年安保当時の世相と重ね、閉塞感に満ちた時代背景を解説していた。
 しかし、実際には前年の昭和44年9月25日に発売された「新宿の女」のヒットとそれに続く「女のブルース」で火がついており、新左翼運動が終焉に向かうよど号ハイジャック事件、三島由紀夫の楯の会事件に象徴される昭和45円(1970年)を殊更に引き合いに出す必用もないだろう。

 
デビュー曲の新宿の女は師匠である石坂まさをの作詞作曲による。が圭子の夢は夜ひらくは曽根幸明の作曲となる。
石坂まさをによって見出され、その暗く壮絶な生い立ちが歌詞の素地となって大ヒットした。
 騙されても騙されても男に尽くす事しかできない酒場で働く女を歌った「新宿の女」は、将来に渡る藤の人生を象徴しているのだ。
 聡明であったにも拘らず、貧困故に満足な教育を受ける機会を断たれたことが彼女の不幸の始まりだったのか。
人間生きていく上で学問は重要であることを思い知らされる。
 ガッツ石松も世界チャンピオンになり多額の報酬が入ってきたが、周りに人が群がりいつの間にか一銭も残らず消えていたと、語っていた。
 
 決して学歴がイコールでないが、学を修めていない人間は金の使い方を分からない。
 稼ぐ事にも能力や時間・体力と言った莫大なエネルギーを消費する訳だが、金を使う事においても叉別な面でエネルギーと能力を浪費する事となる。
 7年前にアメリカの空港において無申告で4900万円相当のドル紙幣を所持して没収された事件が象徴的だ。
それもカジノで浪費するための資金であったとか。
 心の病もそういった学の欠如といった生い立ちから派生しているのではないだろうか。
 
 あの日本人形のような整った顔だちからしても、理知的な聡明さを兼ね備えた才色兼備な素地が備わっていたのであろう。
事実、中学校時代の教師は頭の良い子であったと証言している。
 当時の高度経済成長に突入する以前の日本にはおいては、貧困家庭に対し義務教育以降の進学にまで手を差し伸べる余裕はなかった。
 貧困が学業を妨げる。無学が経済を疲弊させる。無学が精神を蝕む。健全な精神を有する人材が不足すれば国力は衰退する。
 
 日本が経済大国となり発展途上国に援助する側について半世紀近く経過していようか。
世界中には日本の100年前にも及ばない教育水準を有する国が多数存在することに思いが至る今日この頃。

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彼女が身を投じた新宿。山手線線路をはさみ東側の花園神社境内の一角にある八幡芸能神社。
「圭子の夢は夜ひらく」の歌詞が刻まれた石碑が設置されているが、歌詞は二番までしか記されていない。
この歌も三番・四番まで記されなければ、作者の訴える歌の意味を成さないのだ。
恩師である作詞家の石坂は今年三月に死去している。

三番
♪昨日マー坊 今日トミー 明日はジョージかケン坊か
忘れられない奴ばかり 夢は夜ひらく♪

壮絶な歌詞だ

24日まで写真展、「熱き日々 IN オキナワ」

 写真家・石川真生さんは昭和50年にベトナムから撤退してきた米兵の写真を撮りたくて外人バーに入店。
 当時のコザでは米兵相手のバーでも白人用と黒人用に分かれていた。石川さんは黒人バーに入店。
 ホステスとして働くうちに、そこで働く日本人女性が主な被写体となる。
 そこには世間一般が規定するような悲壮感ばかりが漂っているわけではない。
 黒人の米兵相手に身体を売る女性もいれば、そうでない女性もいる。
 写真展も写真集もメインタイトルである「熱き日々 IN オキナワ」と共に、サブタイトルとして「そこには愛があった」の文字が踊る。
 通常の男女の情交があり、恋愛から発展し結婚・出産など、普通の夫婦の営みが映し出されている。
 
 それは彼女の撮り続けた時代から僅か30年前、大東亜戦争中の所謂従軍慰安婦の世界でも同じことが言えたのだろう。
 現代においては強制連行との妄言が先行する世界ではあったが、現実には兵士と慰安婦との間の恋愛は存在していた。
休みの日には一緒に街へ出かけ映画を観ていたという。
 彼女は本土から来たカメラマンが、オキナワ女性の悲惨な実態を撮りたくてコザの街を撮っていたことに怒りを感じたという。
 
 昨年、従軍慰安婦強制連行を題材にした朝鮮人・安世鴻(アンセホン)の写真展を見たが、朝鮮人老女のモノクロ写真が並ぶだけでなんら人々の琴線に訴えるものはなかった。
 政治的主張を前面に打ち出し、その悲壮な人生の軌跡は日本軍の蛮行によって掻きたてられた、とのメッセージをどうぞ感じ取ってくださいと言わんばかりの作品。
 芸術性の片鱗も存在しないゆえ、ニコンサロンでは展示を断わったと聞く。
 それが不満でニコンを提訴した裁判の第一回口頭弁論が2月18日に行われている。
 彼女はアンセホンについて、「自分でギャラリーを借りて、好きなところで勝手にやればよい」と、突き放した考えであった。
同様に兵士に対し身体を張って生き抜く女性を被写体としているが、ここには悲壮感はない。
 戦地から帰還した米兵との厭世的な日々の戯れ。酒・タバコ、時にはマリファナもあっただろうか。
 人気の無い海岸では開放的にトップレスで戯れる女性達。
 これからの時代の先端を切り開く活力が感じられる。
会場にゆったりと流れる音楽は70年代のソウルミュージック、ソウルトレインのテーマ。自然と身体が反応してしまう。
http://www.youtube.com/watch?v=M3PoSBKzUv4
全ては彼女の選曲だそうだ。
 この被写体はほんの30数年前なのだ。振り向けば手の届く現実の世界がある。
 反戦でも反基地でもない。反米でもない。女性の救済でもない。
 そこにはオキナワと逞しく生きる女達の現実があるだけだ。
 
2月24日(日曜日)が最終日、
是非とも足を運ぶ価値のある写真展だ。
 

    所在地
    〒225-0012 横浜市青葉区あざみ野南1-17-3 アートフォーラムあざみ野内
    横浜市民ギャラリーあざみ野
    TEL:045−910−5656

交通案内

電車でのアクセス

    駅からのアクセスマップ 
    CIMG2852.JPG
    石川真生さんと記念撮影。気さくなチャパツの姐さんだ。
    話し口調からはオキナワ感がにじみ出ている。
    「で、あらねばならぬ」的な保守の人とは噛み合わないかもな、、

    《熱き日々 in オキナワ》のヒストリー

開催は2月24日まで。「写真家 石川真生―沖縄を撮る」展。
出品作品《熱き日々 in オキナワ》のヒストリーをお伝えします。

石川真生 《熱き日々 in オキナワ》 1975-1977年 ゼラチン・シルバー・プリント

《熱き日々 in オキナワ》は、1975〜1977年に撮影された、石川さんのデビュー作です。
沖縄に生まれた石川さんは、米軍基地のある街・沖縄の象徴として米兵を撮ろうと決意し、初めはコザ、その後は金武(きん)の外人バーで自ら働きながら撮影をしました。
その写真には、黒人米兵とバーで働く沖縄や本土(ヤマト)の女性たちが恋愛を謳歌する生き生きとした姿が写しだされています。
最初、米兵への関心が強かった石川さんも、次第に、その周りで自由にたくましく生きる女性たちに魅了されていったと言います。

石川さんが自身の原点であると語るこの写真は、1982年に『熱き日々 in キャンプハンセン!!』という写真集として出版されましたが、被写体となった一部の女性たちの抗議があり、その後、長い間封印されていました。
石川さんはネガを女性たちにたくしたので、数枚のプリントを残し、もうこの世には存在しない写真だと思われてきました。
ところが、2011年の大晦日に、石川さんの亡父によって保管されていた数百枚のプリントが発見されたのです!
周辺の女性からの作品を支持する声も力となり、これを機に石川さんは《熱き日々 in オキナワ》を再発表する決意を固めました。
本展で出品するのは、世界に一枚しか存在しない貴重なプリントから28点。
さらにスライド上映で95点を紹介します。
当時の空気がそのまま伝わってくるようなヴィンテージプリントを、ぜひ会場でご堪能ください。

また、これらの作品を収録した写真集『熱き日々 in オキナワ』が、2月にFOILという出版社より出版されます。
展覧会場でも購入が可能ですので、ぜひこちらもお見逃しなく。
(ちなみに、展示作品と写真集の収録作品はそれぞれに異なり、どちらか一方でしか見られない作品もあります。)

本展に先駆けて、現在発売中の「日本カメラ2月号」に作品が掲載されていますので、ぜひお手にとってみてください。

また、このヒストリーの詳細は「アートウェブマガジン 横浜創造界隈」の天野太郎学芸員のコラム「VIA YOKOHAMA」に詳しいので、ご興味を持った方はぜひこちらもご覧くださいませ。

展覧会について、詳しくはこちらをご覧ください。

出版社名:FOIL
フォトグラファー:石川真生
価格:¥2,730(税込)
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
そこには愛があった。

故・東松照明が「ミイラ取りがミイラになる直前の危うさのなかで見た人生の裸形がここに投げ出されてある」と評した伝説のデビュー作が、30年という長い封印を経て、ここにふたたび発表されます。日本への復帰まもない1975年の沖縄で、22歳の石川真生は、英語もしゃべれないなか、外人バーに飛び込みます。
沖縄へ移住し、米兵と恋愛を謳歌する日本本土の女性、堂々と恋愛や青春を楽しむ沖縄の女性、彼女たちとの恋愛に身をやつす米兵。
ベトナム戦争の終わりかけた激しい時代に生きる男女の、生命力あふれる姿と沖縄を、石川はシャッターに収めました。
様々な感情が行き交いながらも、自由に「今」を楽しむ、人間の美しさへの讃歌が描かれています。
2011 年にさがみはら写真賞を受賞し、近年国内外でますます注目を浴びる石川真生の、待望の写真集です。

女たちはその街でノビノビと生きていた。
明るくて、たくましくて、強い女たち。
1977年までの2 年余り、私はこの世界にどっぷり浸かって青春を謳歌した。
この時撮った写真は、私の原点だ。
̶ 石川真生(あとがきより)

現代パチンコ考

 
 6月6日の朝日新聞の「異議あり」と言うタイトルのオピニオン記事があり、
パチンコ問題を取上げている。
「パチンコばかりバッシングするな」
=グレーな存在ゆえに多い誤解。被災地や地方では交流の拠点の店も=
「正しく批判を」と訴えるライター POKKA 吉田さん
 
震災以降の電力不足を契機として盛り上がりを見せる、パチンコ自粛運動に対し、
業界紙記者フリーライターのPOKKA吉田という人物にインタビューを行っている。
(何の業界紙かは書かれていないが、パチンコ業界の新聞でもあるのだろうか?)
所謂保守系の人々が大々的に自粛要請の署名活動を展開するなどした成果であろうか、
パチンコ業界に足しては世間の厳しい眼が向けられている。
記者からの、そういったバッシングの内容に対して答えている。
 
要約すると、
 |啾泙波紳仆顕颪あった。パチンコ経営者が覚醒剤で逮捕されるなどバッシングが続くが、
感情的で根拠が乏しく、パチンコそのものとは無関係な批判も目立つ。
店も客もそんな批判は無視していい。
 東京都内の4千店での電力消費量は84万キロワット、夏の最大使用電力の1.4%に過ぎない
 石原都知事は深夜営業を提唱しているが、風営法で深夜は営業できない。
夜中にパチンコ営業をやることが社会の為に良いのか
 ご攅颪呂金を入れて図柄が揃うのを眺めるだけの「メダルチギ」。良心的政策判断で禁止したのではない。
前大統領の親族が許認可にかかわった疑獄事件が原因。パチンコとは無関係。
 ゴ攻睫簑蠅郎蚤腓僚。50年前に大阪府警が黙認したので、警察庁でも直ちに違法とは言えないと判断。
今から合法化しようとすれば、50年間違法状態を見逃してきたと認めることになるから、今更合法化なんて認めるはずがない。

 Ψ弍勅圓裡騎笋韓国。3割が日本人。中国と台湾を合わせて1割。北朝鮮が1割。
北に流れている金はそれほど多くはない。自分たちだって稼いだ金を送りたくないのは人情。
世論も厳しく、昔のように送金できる環境にはない。
 Ф罰Δ稜間売上高は20兆円で鉄鋼業と同規模。30万人を雇用するレジャー産業は他にない。
ただ、青少年や依存症への悪影響も考慮しなければならない。
パチンコをなくすことで社会的収支がプラスになると国が考えるならつぶれても仕方ない。
 東北の被災地では盛況だそうだが、地方では地域社会の機能が都市部とは違う。
地域コミュニティーの拠点になっている。
 近年では多額の投資を必要とするギャンブル性の高い機種が多いのは問題だ。
手軽な娯楽の拠点となる努力が必要。身を低くし、社会の許しを得ながら生きていけばよい。
 
 日頃からパチンコ屋に入り浸るパチンカーのいでたちでの写真が掲載されているが、実に爽やかな回答。
 感情論を抜きにして自らの置かれた環境を客観的に論じているようだ。
 
 所謂保守層の人たちが主に槍玉にあげるのは、↓きキΔ任△蹐Δ。
反日国家であるところの南北朝鮮と、在日朝鮮人問題が絡むからややこしくなる。
 
 △海裡牽緩キロワットの電力消費は多大なのか、微々たるものなのか。
都内の4千店舗は大手チェーン店もあれば個人経営もある。
足並みを揃えて一斉に休業日を設けることが可能なのか。
 デパートも嘗ては毎週それぞれの店舗で休業日を設けていたが、今では全日営業をしている。これとて休業日を復活させれば節電の効果はあるだろう。
 理容店は月曜休業が多いようだが、組合に加盟している所に限定されるのだろうか。遊技場組合もコレに習うことが可能なのか。
 
 もっとも、本気で節電を提唱するのであれば、電力消費量の少ない機種開発を推進すべきであろう。
 また、台の前に人が座った時だけ稼働するように改造するとか。
若しくは、昔のように手打ち式に戻すとか、その方が手っ取り早くはないか。
 
 石原知事としては、消費電力が少ない夜中にであれば、夏場の電力不足を招かないと安易に考えたようだ。
しかし、電力を消費している事に変わりはない。貴重な原油を燃やし続けて発電しているのであり、深夜営業をさせるために
発電所従業員は深夜勤務に追われることになる。
電力消費量と昼間の供給量不足とは別問題だということを理解していただきたい。
 
 イ海量簑蠅枠鬚韻届世犬襪海箸呂任ない。
競馬・競輪・ボート・オートは公営ギャンブルとしてオカミ公認の下で行われている。
 パチンコは民間であるから認められない。故に3点方式なるもので、ライターの石等を介して換金するシステムが構築されてきた。
 明らかに違法である。違法行為を合法化させるためにプレハブ小屋まで行って現金に替えている。
 POKKA氏は、警察のメンツがあるから、今までは違法でした。これからは合法にしますとは言えない、と語っているがそうではない。
 警察の利権があるから、現状を変えたくないのだ。
警察官の天下り先としてもこの遊戯業組合が必要なのだ。
 本来、博打とはヤクザの食い扶持。これにオカミが手を突っ込んできたからおかしくなった。
「バクチは違法だ。でも今は、俺達がお目こぼししてやっているんだぞ」と、いうことで支配下において影響力を行使している。

 ヤクザ商売なら徹底して日陰者として、商売をすればよいものを、ギャンブル性だけは向上していながら、ファミリー層を対象にするかの如き、煌びやかな機種を設置して、テレビ宣伝などやっている。

 А屬気◆誰でも来て下さい」「そのかわり中毒になって、借金地獄ですよ」、というのが現状であろう。
パチンコ屋に来ること自体が社会不適格者であることを自覚させるべきである。
職業差別でもなんでもない。子供のうちから如何に卑しい人種が博打にのめり込むかを、叩き込んだらよろしい。
 ほんとうに、庶民の娯楽と言うならば、一切の換金システムをやめること。
菓子・食料品、アクセサリー、衣料品等の景品交換に限定すればよろしい。
それで、満足できなければヤクザが経営する地下組織で博打に講じればよろしい。
博打で財を成すつもりなら、そこまでの覚悟を持つべきだろう。
 
 私はパチンコなど廃止して構わないと思っている。自分自身行く事もないし、現代社会に必要性を感じていない。
 だが、Г砲けるPOKKA氏の言葉、「パチンコ屋をなくすことで社会的収支がプラスになると国が考えるならつぶれても仕方ない」
と言うのは案外重いものがある。
 つまり、彼は「パチンコ屋はなくならないよ」と、いう自信があって言っているのだ。
 現代日本と言う国家がつぶす事は認めないと、考えている。
それは戦後、自民党政治の中で延々と培われてきた利権収奪競争という社会が現存する以上、
絶対になくなることはないと、自信を持って論じているのだろう
 
 日本が真に法治国家であれば、三点方式の実態を以って「営業禁止の仮処分命令」を申し立てれば裁判所は、これを認めるはず。
しかし、実際には却下されることは眼に見えている。
警察も裁判所も立法府も腐れ切っているからである。
犯罪者集団である警察官の老後保証の為に潰す訳にはいかないのだ。
 
「身を低くし、社会の許しを得ながら生きていけばよい」、とPOKKA 氏が最後に語っていることが正解。
バクチ打ちとはお天道様の下を大手を振って歩く存在ではない事を思い知るべし。
日陰者がテレビコマーシャルで日夜大々的に宣伝していることが異常なのである。
パチンコ屋に通う一般庶民とて、日陰者であることを自覚するべし。
その点で、POKKA氏などは、身の程を知っているのだ。
 
 

「ザ・コーヴ」を観ると、「イルカ漁反対」論者になるのか?

 
 以下は、当ブログの読者の方から弊会にメールで送信されたのもです。
ニュースの転載と読者の方の所感からなっています。
鋭い考察と貴重な意見です。
 捏造された事実の継ぎ接ぎによる「ドキュメンタリー映画」で、集客・金集めを行う映画館は「商品偽装」の詐欺師であると、訴える私の意見に通じるところがあります。
「ザ・コーヴ」の上映問題を考える上で貴重なご意見です。

                            槇 泰智
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和歌山放送ニュース > ニュース以前のニュース公共・市町村文化・芸術観光
2010年7月3日(土) 14:44

和大生 「ザ・コーヴ」見た後、イルカ漁反対が4倍に

和歌山大学で、太地町のイルカ漁を批判的に取り上げたアメリカ映画「ザ・コーヴ」を学生らに見せた後、イルカ漁に賛成か反対かを尋ねたところ、反対する学生が映画を見る前のおよそ4倍に増えたことが分かりました。
 
これは、和歌山大学で先月10日、英語教師のケビン・コリンズさんと学生の有志が、映画に出演したイルカ保護活動家のリック・オバリー氏を招き、映画の一部を見せながら講演してもらった際に行ったアンケートの結果によるものです。
 
講演会には学生らおよそ250人が参加し、イルカ漁に賛成かどうかを講演する前と後に尋ね、このうち118人から回答を得ました。その結果、講演する前はイルカ漁に「強く反対する」と「反対する」を合わせてもわずか9%だったのに対し、講演が終わった後は34%に増えたということです。
 
また、講演の後にイルカ漁を「強く支持する」と「支持」と答えたのは27%から19%に減りました。学生とアンケートを実施したコリンズさんは「オバリー氏の意見に思ったより傾いたので驚いた」と話しています。
 
 
〜〜〜〜〜以下、読者の方の意見      〜〜〜〜〜        〜〜〜〜〜      
 
  .灰螢鵐困呂修譴篭辰よね。
アメリカ人が作った映画で日本人が日本人漁師の否定を簡単にしてしまう。
 日本の若者が情報音痴なのか、こんなに簡単に考えが変わってしまうんだものね。
マインドコントロール教育されちゃったんだ。
コーヴを見てショックを受けて、元々、日本人としてのアイディンティティーがないから
 当然日本の文化意識なんて存在してないに等しいのか、感情鈍麻起こしちゃったんだね。学生さん。


 ◆.泪ぅ鵐疋灰鵐肇蹇璽襪蓮∈は犯罪であるとの認識がないのは考えものではないのかな。
マインドコントロールは洗脳とは違って、強制が伴わない。
 自分で選択肢があったかのようにコントロールされて行くのだから、その効果の持続性は長期にわたる。
 
 自分で選択肢があったかのようにと言うのは、例えば映画を見に行く時のシチュエーションが上映賛成の人が3人、何も知らない人が1人とか、発言権がある人が中心になって行くなどの誘導があった場合は、その映画の映像の作者の意図する方向にコントロールされやすくなるでしょう。
 
 特に学校という場で上映する場合は学校側が配慮すべきなのではないかと思うし、問題があるとの意見が寄せられる映像であれば、両意見を用意する必要性もあるのではないかと思う。
 
 アカデミー受賞って言葉で先ず騙される。(凄い映画なんだって。)
環境保護、動物愛護=良いこと。で騙される。
イルカは知能が高いで騙される。
 この3つがキーワードになってるかな。
 
 嘗て名犬ラッシーって言うドラマがあったけど、コリー犬は頭がいい、優れた犬の代名詞になってたことがあった。
 でも、コリー犬が優れているのではなくて、コリー犬、犬の習性とかをうまく利用して作ったものだったと思う。
 その頃、実家でも雑種を飼っていたけど、良く番をする良い犬だった。コリーより頼もしいと思ってた。
 
 動物には喜怒哀楽はないし、感情もないと思う。本能とか反応とかを勘違いして尻尾振ってるから喜んでるとかって勘違いしてるだけだよ。
 何故ならば、動物が精神病にならないのは、葛藤を抱えないからじゃないかな。
 劣悪な人工的な環境ではストレスはあらわれるかもだけど。
 
 ワンパクフリパーで人はイルカに親近感を感じるかもだけど、イルカだって感情はないんじゃないかな。
 イルカの習性とか特徴、反応なんかで感情と錯覚させることはあるかも。
 子イルカに過保護な親イルカとかいないしね。イルカに親近感を感じた人が、イルカと意志の疎通が出来るとの自己暗示にかかっているに過ぎないのではないかな。
 動物は人間が喜怒哀楽を示しても、人の心なんて実は理解していない。人の自己満足で動物と分かちあえたと思いたいが、分かち合ったになっているい心理をうまく衝いているのがフリッパーじゃないのかな。
 
 思想コントロール、感情のコントロール、情報コントロールこれ3つがあれば確実にマインドコントロールになる。
「太地の漁師は悪」ってマインドコントロールされてるんじゃないかな。
 
 マインドコントロールは、個性を奪い、個人を集団に取り込む技術。カルトだけに限らなのではと思う。

  そういえば、インドで発見されたアマラとカマラはキリスト教伝道師が保護したって事になってた事があった。
そのアマラとカマラはオオカミに育てられた事になっていて、二足歩行が困難でオオカミのような唸り声をだすだけだったとの話があった。
でも、これ、実は障害を持った子供だった事が後の検証でわかったけど、子供達は発見から一人は3年目に亡くなり、もう一人は8年目に亡くなった。

 これは、キリスト伝道師との肩書きとオオカミに育てられた姉妹を保護し、人間として生きるように教育をしてるとの話しで寄金を集めた詐欺話だった。

 診断したフランス人医師は野生児の考査の第一人者になりたかったとの欲望があった。そして、伝道師の指示に従った2人の少女は孤児院で見せ物としてオオカミのようなふるまいをさせられていた。
 2人の少女は医師の自己顕示欲と伝道師の金儲けの道具にされていた。

 詐欺と言えば朝鮮と思いきや西洋でも、金儲けなら作り話しの一つや二つは何のそのって感じで昔からやってたんだよね。キリスト教自体が詐欺師なんだけど。
だけど日本人は「嘘つきは泥棒の始まり」とか言ってきてるから、外国人も嘘はつかないって思ってるんだよ。

だから、日本人は簡単に騙される。
で、振り込み詐欺が横行してる、この現実が理解出来てたら、映画館だって信用出来ないって慎重に考えると思う筈なんだけど。
学生さんは騙され易いかな。まだ若いしね。
   
 

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