二・二六事件墓前祭を実施

青年将校等による蹶起から81年目となる。

12時に賢崇寺で実施する墓前祭に先駆けて、10時30分から渋谷の慰霊塔前で行われる「二・二六事件殉国烈士慰霊の会」(鈴木康隆世話人代表)に慰霊祭に出席させて頂く。

来賓として参加された野村健様が林八郎少尉についてお話しされた。

最年少で処刑された林少尉は決して唆されて参加したものではなかった事。

息子が処刑された母親は憔悴して池袋に暮していたことなどを話してくださった。

続いて蹶起将校の遺族として小生も一言ご挨拶申し上げた。

小生の母親が林八郎の従姉妹であった。母親(小生の祖母)が義姉である林の叔母さんに付き添って、この刑場まで遺体の引き取り行くのを見送っていたというのであるから、まさに近代史の一面をみるような思いだ。

憲兵隊調書を読むと、「貴様はこのような事をして陛下の宸襟を煩わしめたとほ思わぬか」、との問いに対し

林少尉は毅然として「思いません」と答えている。

「陛下の宸襟を悩ましめる重臣どもを成敗したのですから陛下はお喜びになっているに違いありません」、と言うのだ。

まさに確信をもって蹶起に参画したことが分かる。

 

終了後、電車で麻布にある賢崇寺に向かい墓前祭を行う。

決意文を朗読する

 決意文

 

    本日二月二十六日は二・二六事件の蹶起から八十一年となる。

 顧みるに昭和初期の日本では、昭和大恐慌の余波により、巷では

失業者が溢れ返り、日本経済は行きつまり、閉塞感が蔓延していた。

加えて、冷害による不作から東北地方の農家では収入の途を立たれ

娘を身売りせねば一家が飢え死にする程の苦境にあった、

にも拘らず、財閥・資本家が社稷を顧みることなく富の収奪に明

け暮れていた。

純粋に国家の存亡に危機感を抱いた青年将校等は民間人と共に

国家改造をめざし、蹶起したのである。

結果的には天皇の決断の下で、投降する事となり、目的とする

国家改造は失敗に終わった。二十二士が処刑等により命を落し、

ここ賢崇寺に眠る事となった。

天皇親政を謳っての蹶起でありながら、天皇の決断によって

悲惨な終末を迎えるとは、これ以上のパラドックスがあろうか。

北一輝研究の第一人者であった松本健一氏は「天皇は部隊を討伐

すると言う決断を下すことができたのであれば、それ以前に国民

を救済するという決断がなぜできなかったのか」、と問うていた。

蹶起将校等が望んだ国家改造とは如何なるものであったのか。

その全貌は見えてこない。具体的なる新政府や政策などについ

ては、無計画であったろうことは察しがつく。

ただ、目の前に横たわる悲惨な現状を打開するために権勢を

振るう為政者と財閥・資本家を打ち倒すことのみを優先した

場当たり的な蹶起という一面もあろう。

政権の奪取を成功するにおいては、その後の国家運営を如何

に遂行するか、といった緻密な計画と計算が必携となる。

 

形こそ違え、昨年アメリカではトランプ氏が選挙によって

政権を奪取した。

これは単に民主党から共和党に大統領が替わったと言う単純なる

図式ではない。

ウォール街という金融業界をバックに付けたクリントン氏に対し、

衰退した鉄鋼業界などの製造業をバックに付けたトランプ氏

という図式の中でトランプ氏が勝利したといえる。

しかし、トランプ氏は不動産王として名を成した人物であり、

土地を転がして利益を得るトランプ氏にとって、額に汗して

肉体を酷使してきた製造業労働者の実体験など理解できるはず

もない。

にも拘らず、製造業・労働者の味方であると言った図式を勝手

に打ち立てて、支持を広げていった。

トランプ氏の勝利はポピュリズムの勝利であると言われている。

誰にでも耳触りの良い甘言を以って人心を引き付けるのが

ポピュリズムと考えるならばトランプ氏に対する評価としては

妥当とは言い難い。

移民・難民阻止やイスラム教徒入国禁止などの政策を見ると、

これこそ場当たり的オポチュニズム(ご都合主義)の勝利とは

言えまいか。

株や投資・投機といったマネーゲーム中心の資本主義社会に

おける弊害や矛盾に焦点をあてて虐げられた層に希望を与える。

刺激を求める若年層に変化を提供することで、選挙に勝利したと

いえよう。

投票という民主主義の最たる手法で選出されても、これを不満

とする大勢の人々が連日、反トランプでデモが展開されている。

なら逆に、選挙とは無縁の手法で選出されたからと言って、

反民主的との理由を以って反対される言われも無くなるのである。

 

北朝鮮のように平気で他国にいる異母兄に対し殺害命令を下

して憚らない暴君が仕切る圧政を敷く国であるならば、銃弾を

撃ち込んででも政権の転覆を図る必要がでてくる。

この独裁者を抹殺することで飢えた国民が救われる、拉致された

日本人が還ってこられるとするならば躊躇なく武装蜂起の

チャンスを窺う事になろう。

選挙という民主主義の下に行われる独裁もあれば、テロという

殺戮の下で実行される人民救済もある。

今日は単なる慰霊の為に手を合わせる日ではない。

国家・国民を救済し、世界の平和と安定を希求するが故に、血を

流すことも躊躇することなく、政権奪取に向けて邁進する覚悟を

改めて確認すべき日なのである。

 

平成二十九年二月二十六日

 

二・二六事件墓前祭実行委員会 槇泰智

参加者一同

 

(原文は縦書き)

 

1時から本堂で行われた仏心会主催の法要に参列する。

法要終了後、香田清貞大尉遺族の香田仏心会代表(左)、

河野壽大尉親戚の山地悠一郎氏(中央)と共に記念撮影

 

法要の後に参加者と共に、毎年利用している小洒落た蕎麦屋でささやかなる直会を行う。

前菜5種

大海老のある天婦羅

 

 

 

 

 

 

 


靖国神社で広報活動

平成29年1月2日と3日の二日間に渡り、靖国神社社頭において広報宣伝活動を実施。

靖国神社参拝の意味と国家護持を訴える。

また、広報宣伝紙と靖国シャツの頒布を行う。

 

人出は多いものの、靖国神社を崇敬する人は少ないように見える。

靖国神社は祀られている英霊に対し感謝の誠を捧げるための神社。

よって物見遊山・敵情視察での入場は目的外侵入として犯罪行為に該当する。

しかし、入場時にその心根まで確認はできないので無防備となる。

不逞の輩の入場を防止する意味でも一日、社頭に立つことには意味がある。

政経通信50号.JPG政経50号2面.JPG

 

広報活動2.JPG

爆弾魔は勿論、神池に放尿して愛国者気取りの朝鮮人は入場禁止だ!

 

神聖なる靖国神社社頭、華々しく提灯が飾られたその下をお借りして活動を展開する。

 


靖国参拝という愚挙を打ち消したいから12月26日に

 

 安倍首相は12月26日に、現職の首相として初めて真珠湾を訪問し、オバマ大統領と共に戦死者に対し慰霊する。

ますは靖国神社へ参拝し、英霊に対し感謝の誠をささげるのが先ではないのか。

自分の国の戦死者に対し敬意を払うことができぬ首相が、どうして対戦国に戦死者に敬意を払えるのか。

 

 安倍晋三氏が靖国神社へ参拝したのは3年前の12月26日。

今年は同じ12月26日に真珠湾を訪問し慰霊する。

これには3年前の「靖国神社参拝」という過ちを打ち消したいという意図があるのではないだろうか。

または、そのような意図で米国が「この日」を指定してきたとも考えらる。

今上陛下の誕生日であった昭和23年12月23日に所謂A級戦犯を処刑したように

米国は日本人にとって記念すべき日に日本を貶める行為を行うのだ。


8月15日、靖国神社

 8月15日終戦の日。本来であれば心静かに手を合わせる日であるはずなのだが、靖国神社周辺ではお祭り状態が続く。

お盆期間中で都内は閑散としているはずだが、靖国神社周辺だけは異常に人口密度が高い。

 朝7時前に到着すると九段坂下から参道へ通じる舗道上には多くの人々が散見される。

これが正午近くになると満員電車状態で身動きもできなくなる。

 

 ここ数年では慰霊目的の参拝ではなく、敵情視察・物見遊山とも思える支那・朝鮮人の姿も見られる。

白人など欧米人、東南アジア系も普通に見受けられる。

一般の観光客、いや一日本人としても、この日の靖国周辺における風景というのは一見の価値があるだろうか。

 だが、厄介なのは愛国運動を標榜しているのであろう街宣車で繰り出してくるエセ右翼団体。

音量を最大限に上げて、神社周辺でがなり立てる。

靖国の杜に眠る英霊に対する感謝とか畏敬の念は微塵も持っていないようだ。

また、ストレス発散が目的ではないかと思えるようなスピーカーを使用しての街頭宣伝(演説?)も聞こえてくる。

 

 弊会は靖国神社の国家護持を願い、無言の広報宣伝活動を実施。

機関紙の頒布と、靖国Tシャツの普及活動を実施する。

我々の活動に賛同し3500円の賛助金を寄せてくださった方に対し、靖国Tシャツをお渡ししている。

街頭におけるデモ行進や抗議活動に従事しなくても、靖国Tシャツを着用して街中を歩いて頂くことが護国活動に直結する。

 靖国Tシャツの左胸と背中に描かれたメッセージを道行く人々の眼に触れさせることでデモ行進と同等の示威行為ができるのだ。

靖国Tシャツを手渡すと時として「頑張ってください」、と声を掛けてくれる人がいる。

そんな時は必ず「いや、一緒に頑張るんですよ。国家再建の為に共に頑張って行きましょうよ」、と応じることにしている。

 

 朝から夕方まで参道に通じる舗道に立っていると色々な人に会うことができる。

人によっては「この日に此処に来れば槇さんに会える」、と思って来てくれる人もいる。

 賛助金を置いて靖国Tシャツを受け取ることが自らに課せられた使命のように感じているらしい。

 

 兎に角、英霊に対する感謝の思いを体現したいと、この日に靖国神社を訪れる人は多い。

並んで拝殿にて参拝し、大勢の人込の中の一人として正午には一斉に黙祷をする。

後は当てもなく神社周辺をぶらついて、私と挨拶を交わしたり、話し込んでいったり。

夕方になると靖国粉砕を叫ぶ反天連(反天皇制連絡会)のデモ隊が九段下を通過するので、行動保守に紛れて罵声の一つもぶつけてやる。

それで満足感に浸り充実した一日を終える人々も大勢いることだろう。

 

水野氏2.jpg

世界的にも著名なバイオリン奏者の水野裕之氏が弊会の広報宣伝活動に参加。

 

 

 軍部の無計画な戦争遂行に翻弄されて、敵の圧倒的な物量戦の前に後方支援もないまま過酷な戦いを強いられた将兵たち。

無謀なる精神論を叩き込まれて200数十万人が命を落とした。

本来なら生き残って、敗戦後の国家再建の為に尽力できたであろう有能な人材ばかりが率先して散華された。

その戦争が終わりを告げた。日本人としては黙って頭を垂れて祈りに徹するべき日なのであろう。

 

 鎮魂の日であるべき8月15日、靖国神社周辺がお祭り状態であることにかわりはない。

大々的に騒ぎたければ12月8日という日がある訳だが、誰も見向きはしない。

ユーラシア大陸の東に浮かぶ島国の有色人種が英米をはじめとする植民地主義の列強国に対し戦いを挑んだ記念すべき日であることに思いをいたらせる人は、ここ靖国神社周辺でも圧倒的に少数者であろうか。

 

水野氏3.jpg

静かな音色で海ゆかば・軍艦マーチ・愛国行進曲・太平洋行進曲・抜刀隊・元寇など懐かしい軍歌・国民歌謡を奏でると

多くの人が足を止めて聞き入り、カンパ箱の中に惜しげもなく大金を放り込んでいく。

靖国Tシャツの頒布活動よりもこちらの方が資金調達としては効率が良い。

 

栗原さんの野菜.jpg

群馬県から電車で来た栗原さんは「槇さんに食べさせてやろう」、と手押しカートに積みこんで地元で採れた新鮮な野菜を大量に持ってきてくれた。

エンゲル係数ほぼ100%の我が家にとって、食材のカンパはありがたい。無駄にするところはないので全て頂きます。

感謝です。

 

 

 

 


靖国神社前で広報・防衛活動を実施

正月の三が日は靖国神社の大鳥居前において防衛活動兼広報活動を実施しました。
昨年11月23日の朝鮮人によるトイレ爆破事件もあり、不逞の輩が入場しないように目を光らせていました。
爆弾やその材料となる黒色火薬・リード線を持ち込む奴を発見することはありませんでたが、
路上喫煙・ゴミのポイ捨てなどのマナー違反に対しては注意・指導を行ってまいりました。
靖国神社は英霊に対する慰霊ための施設でありますから、敵情視察や物見遊山での立ち入りは建造物侵入罪に該当します。
朝鮮人爆破犯も当初、爆破行為が確定する以前の逮捕容疑は建造物侵入罪でありました。
主催者・管理者が規定するところの入場目的を逸脱しての入場は犯罪に該当する事を参拝者に呼びかけてまいりました。
まあ、お正月ですから多少の御屠蘇気分での参拝は大目に見ますが、せめて拝殿において手を合わせる時だけは、
国の為に尊い命を投げ出されて英霊に対する感謝の気持ちを伝えてもらいたいものです。
靖国社頭広報.jpg
毎年、田安門前交差点脇の横断歩道橋下において、広報活動を実施しています。
多くの方々から賛同・協賛を頂きました。ありがとうございます。(28年1月3日)

靖国神社自主防衛隊

12月8日は開戦記念日。
74年前に日本軍がマレー半島コタバルの海岸に上陸、そしてハワイ真珠湾への奇襲攻撃によって大東亜戦争の戦端が開かれた記念日。
11月23日の新嘗祭当日においては不逞朝鮮人であろうか靖国神社のトイレへ爆弾を仕掛け爆発させると言う卑劣な無差別テロ攻撃があった。
この記念日においても不測の事態が発生してはいけないので午後から見回りを兼ねて参拝する。
開戦記念日ということもあり、幾人かの旧知の知人と顔を合わすことがでできた。
まあ、至って普通の静寂を保っている。
終戦の8月15日になると靖国神社周辺では毎年、ちんどん屋右翼が大音量で軍歌をかき鳴らし、鎮魂の日の静寂をぶち壊しているが、お祭り騒ぎを演じたいなら日本が欧米列強の支配に対し反旗を翻したこの12月8日に大騒ぎしたらよろしい。
まあ、彼らとしては人に注目してもらうのが目的なのだろうから、参拝者も少なくマスコミもいない中でやっても無意味だという事だろうか。
まあ、いずれにしても煩いのがいないに越したことはない。
靖国神社1.jpg
参道両脇のイチョウは黄色く色づき冬の訪れを知らせている。
靖国神社こそ、今に生きる日本人の原点なのだ。


私は拝殿にて参拝したあとは必ず訪れるところがある。
本殿裏にある神池だ。
常に訪れる人も少なく静寂を保った神池には大きいもので体長が80cm位はあろうかいう大きな鯉がたくさん泳いでいる。
私は勝手に英霊の生まれ変わりであると思っている。
食料も弾薬も尽きた戦線でよくぞ国の為に戦ってくださいました。尊い命を捧げてくださいました。ありがとうございます。
さぞやひもじい思いをされたことでしょう。おなか一杯食べてください、と一斤の食パンを持参して英霊に食べて頂いている。
御供え物の代わりとでもいいましょうか。
日も陰った冬場と言うこともあり、夏の昼間ほどの食欲はないようだが、水面に顔を出して千切って差し出したパンを食べてくれた。

米軍は本国からハムやチーズ、チョコレートまで大量の食料をコンテナで戦地に送りつける中で、
我軍は「食料は現地で調達せよ」、と馬鹿げた方針で将兵に十分なサポートをしてこなかったのですから、
勝てる訳がありません。
接収と称して原住民から略奪紛いの方法で食料を調達し、結果的に抗日ゲリラを生むことにもなったのです。
理不尽な指令の下、戦線で戦った将兵の苦労を思うとやり切れなさに目頭が熱くなります。
ひとり「父よあなたは強かった」と、歌いながら参道を下ってきた頃にはあたりが暗くなっていました。
洗心池1.jpg
ヤマザキの芳醇を持参
どうぞ召上がってください。

 

喧騒の8月15日

 
 8月15日は、苦渋の決断を以て日本が敗戦を迎えた日であり、英霊や犠牲となった人々の労苦に思いを至らせ心静かに手を合せたいところである。
 しかし、現実においては靖国神社を巡る情勢は怒号と喧騒の中でその日を迎えることとなる。
 大鳥居下の田安門交差点付近では街宣車のスピーカーから、軍歌や戦意高揚の戦時歌謡曲が大音声で流されてくる。
 何処かの団体が歩道を占有し、大型のハンドマイクを使用して何事か絶叫することで心静かに鎮魂の祈りを捧げようとする参拝者の行く手を妨げる。
 もう、この日の靖国神社周辺は無政府状態と言える。
 九段下駅から大鳥居に向かう参道においては弊会も含め多くの団体や個人が頒布や署名を含む示威行為に従事しているのだが、それらとは根本的に異なっている。
 数年前までは午後1時から本殿で行なわれる忠霊祭に参列していたのだが、厳粛な神道儀式でお祀りする最中、靖国の杜を隔てた靖国通りからは大音声でがなりたてる軍歌が騒音として流れてきた。
 我々の厳かな儀式を妨害するのが目的なのかとさえ思えてくる。
 心静かに鎮魂の調べに浸りたいという参拝者とは全く別次元の立場に属しているのだろうか。
 我々と並んで各種団体が活動しているのだが、その中には法輪功や幸福実現党などの姿もある。
 勿論、我々や周りにいる保守系団体とは活動の成り立ちは異なるのだろうが、彼等も騒音右翼からみれば攻撃の対象となる。
 
 所謂新興のネットウヨクにおいても一部共通するのだが、自分達と異なるものは徹底して批判・排除しなければ気がすまない。
 自分達の主張・活動に自信がが持てないから周りにいる他者を排除することでしか、自らの安住を確保できないのである。
 自分達の目指す方向に自信と確信があれば、周りの他団体が何を言おうと淡々と自分達の運動を積み上げていけばよいのである。
 社会の現状に対する鬱憤晴らしの為に、この日の静寂を破壊することが「愛国運動」と勘違いしているのか。

 既存の右翼運動には志操が無い、と良くと言われる。
 社会からドロップした少年を集めて更生させながら愛国精神を叩き込んでいる立派な右翼団体もあると聞く。
 しかし、混合玉石であろう。中にはどうしようもない団体も存在するようだ。
 不良少年を更に劣化させるだけで愛国運動とは無縁と思われるものもある。
 人間に必用なのは教育と学問である。
 それは高卒・大卒とか院修了と言った学歴ではない。英語や国語・数学と言った教科でもない。
 社会運動を実践するうえで身につけねばならない修身的な素養である。
 
 今年も多くの若者が靖国神社に参拝していると、報道されている。
 初めての参拝であるならば、是非とも8月15日は避けて欲しいものだ。
 これが靖国神社の姿であると思われたのでは、あまりに哀しいではないか。
 
 
 
 
 
 

14日、15日。靖国神社でお会いしましょう

 
 8月は13・14・15日と三日連続して靖国神社大鳥居下で、広報宣伝活動を実施しています。
 13日は平日でしたが普段よりは明らかに多くの人々が参拝に訪れていました。
 終戦の15日は神社周辺がお祭り状態の喧騒に包まれるでしょうから、とても心静かに手を合わすことなどできませんね。
時間が許すなら13か14日にゆっくりとお参りするのが賢明かとも思います。
 終戦の日、靖国周辺が喧騒に包まれるというのは困ったことです が、もう此処まで来ると、どうすることもできないでしょうね。
 右翼も左翼も大音声で政治的主張をがなり合うための日と場所になってしまったようです。悲しいことですが。
 
 弊会では地味ではありますが、チラシ頒布等で「国家護持」実現に向けた広報宣伝活動を展開しています。
8月14日(木曜日)午前10〜午後3時
8月15日(金曜日)午前7〜午後5時
場所は大鳥居下の歩道です。
 
「靖国Tシャツ」も持参していますので、Tシャツの頒布にご協力下さる方はお声掛け願います。

このTシャツを着用して街中を歩く事、そしてそこに書かれたメッセージを世間一般に流布する事が、護国活動の一環となります。
デモや街宣に参加しなくても、人目に晒すことで、アピール効果は絶大なのです。
 靖国Tシャツを販売しているのではありません。
我々の活動の主旨に賛同し、賛助金をくださった方にお渡ししているものです。
 国家護持を実現し、天皇陛下が御親拝になられる環境を整えようではありませんか。

九段下駅から上ってきて、大鳥居手前の歩道付近にいます。写真では頒布用チラシを手にしています。


 
 13日の夕方、着物姿の中年男性が、「貴方方は右翼かね?」、と聞いてきました。
「政治団体」であると答え、活動の主旨を簡単に説明。
 「国を想うなら右翼じゃないのか」と、どうしても「右翼だ」、と言わせたいらしい。
 別に左翼だって、シナ共産党だって国を想っているだろうし、「想う」内容が問題だろう。
 右翼と認めない私に対して「あなたは天邪鬼だ」、と捨て台詞を残して去っていった。
 まあ、靖国神社に来るのだから、所謂保守層の人間なんだろうが、こういうのがその陣営ではスタンダードなんだろうか。
会社かなんかでは「俺は靖国神社にお参りしている」と、胸を張る。
「へえ、〇〇さんは右翼なんですね」
とか言われて得意になっているんだろうか。


外国人を排除している訳ではありません。よく読んでください。
「敵情視察」での入場はお断り、と言うことです。
参拝という目的以外での侵入は建造物侵入罪に該当しますよ。
201408131518000.jpg靖国神社の看板にも書かれていますね。
「参拝以外の目的をもって許可なく境内に立ち入ることは禁止」なのです。

拝殿前で賛美歌を歌っても良い

 
 靖国神社こそが唯一、英霊の遺訓を継承する国民統合の場である。
しかし現行法規によれば靖国神社は一宗教法人に過ぎない。
つまりは邪教集団やその他諸々の宗教法人と同等の格付けしか与えられていない。
 そういう神社に対し国家護持の下で予算を配分することは、現行憲法の制約からしても問題が生じる。
 外見は神道に則った神社ではあるが、一般の宗教を超越した祭祀法人のような格付けを与えて、国家護持を実現すべきと思考する。
作りや祭祀・運営・仕来りは従来の神道に則った靖国神社を継承すればよい。
 しかし、拝礼の仕方は人それぞれ、お参りに訪れる人々の自主性に任せたらよいのだ。
 現に、靖国神社の崇敬奉賛団体の一つである仏教団体はお経を唱えながら参拝して来ると聞く。
 戦前、軍人は拝殿の前まで騎乗して参り、抜刀し敬礼だけして立ち去るなど神道形式に捉われない大らかさがあったと聞く。
 拝殿の奥にある本殿は別であるが、誰もが立ち入れる拝殿前においては、各自の宗教観を持ち込むのも良し、無宗教も良し。
 自分達の作法によって英霊に対し感謝の誠を捧げればよろしいのだ。
よって、賛美歌を歌う者、般若心経を唱えるもの、またはアッラーに祈りを捧げる者がいても良いのだ。
 靖国神社の前身は明治2年に建立された東京招魂社であり神社ではなかった。(明治12年に靖国神社と改称)
 二礼二拍手一礼と言った神道形式に拘る事の方が、国民統合の祈りの場である靖国神社を一宗教法人として、矮小化することになると考える。

靖國参拝で安倍首相は虎の尾を踏んだか

 
12年前の8月12日。小泉首相が参拝した直後には、反日左翼が集結して、境内は阿鼻叫喚の様相であった。
左翼が遠慮容赦なく境内に侵入するようになったのは、12年前をきっかけにしていた。
昨日(12月26日)は、車を走らせて靖国神社の防衛に向うも、安倍首相が去った後にはマスコミ関係者が何人か残っているものの、
至って普段の装いを取り戻していた。
茶店の前には普段通りに田澤さんが一人。遠くの冬空を仰ぐように平穏な日々を演出していた。
参拝を済ませ一通り境内の見回りを終えて、茶店の前に戻り田澤さんと警戒活動を行うも、「異常なし」の判断をもって撤収した。
正月の準備も整った第二鳥居前

何故か満州国旗を掲げ茶店前に陣取る田澤氏。
弊会の用意した横断幕を掲げてもらいました。

当日のニュース報道をみると、マスコミの見方は完全に日本人のものではない事が歴然。
TBS: 安倍首相の参拝があるのではないかと我々も「警戒」していた。
警戒とは何を言っているのか。報道体制を整えるという意味ならば注視とか注目でよろしいだろう。
日本テレビ:習近平主席が北京で毛沢東生誕120周年式典に出席しているという「最悪の」状況下でニュースが伝えられました。
なにが最悪なのか。参拝を忌み嫌うシナ人の立場でのコメントではないか。
 
弊会としては安倍政権を支持するものではないが、弊会が訴えてきた「公約を守れ」、との訴えに対し真摯に耳を傾けて、
参拝に踏み切ったことは、内容に問題はあれ一応の前進であったと評価する。
尖閣諸島への公務員常駐や2月22日竹島の日政府主催式典と、ことごとく公約を破棄する安倍首相ではあるが
所謂保守と言われる人々によっては絶大なる支持を得ているのも事実。
そういった人々が靖国神社への参拝を切望しているという事実を無視することは賢明ではない、との判断も働いたのであろうか。
ここで辺野古移転も目途がついたということで、米国への義理も果たしたの思いで参拝に踏み切ったとしても不思議ではない。
ただ、今朝のテレビ朝日を観ていると吉永みち子なる人物は「誰も参拝を望む国民はいないのに、自らの思いを優先させた」と、
コメントしていた。
つまり私や所謂保守の人たちというは日本国民と認められていない事になる。
これも一種の思想に基づいたところのヘイトスピーチというやつであろうか。
 
所謂A級戦犯が合祀されているからシナ・南鮮が文句をいう訳ではなく、仮に分祀したとしても
文句を言ってくる可能性はある。
それは上記の実例からして日本のマスコミも同様だ。
本来は英霊を祀るのが靖国神社であるならば、無謀な戦争を遂行し、悲惨な敗戦へと陥れた当時の国家指導者が英霊であるか否かという点においては議論の余地がある。
ただ、一口にA級戦犯と言っても弘田広毅元首相などは、完全な濡れ衣であろう。
本来なら日本国民が自らの手で敗戦の責任を追及し、責任者に裁きを下すべきだった。
それがなされなかったから日本の本当の独立は叶わないのだ。
「平和に対する罪」とは、戦勝国が日本の自立を妨げるためにでっち上げたものにすぎない。
昭和53年に所謂A級戦犯が合祀されたのは、戦勝国による東京裁判史観を払拭するために当時の松平宮司が行ったもの。
所謂A級戦犯とされた人々が英霊であるかどうかは別の問題だ。
ただ、英霊と言っても樺太の女性電話交換手や従軍看護婦なのど非戦闘員も合祀されているのであるから、明確に区分するのは簡単ではないし、その必用もないだろう。
 
アメリカは現状維持。東アジアにおける急激な変化を望んでいない。北鮮・金王朝を温存しているのも同じことだ。
シナや南鮮が暴発して、日本に対し戦端を開けば、余計な戦費と犠牲を拠出しなければならなくなる。
東京裁判史観を払拭するが如き安倍総理のスタンドプレーを看過しないであろう。

calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM