さようなら平成

 まもなく平成の御世が終焉を迎える。

寂しくはあるが悲しくいはない。

30年前の代替わりに際しては日本中が悲しみに暮れた。

 平成と言う新たな御世の始まりが国民的悲劇の中でスタートさせられた前回とは全く異なる感慨がある。

 私個人としては平成の御世に代わるとすぐに30歳の誕生日を迎え、今回は60歳の誕生日から3ヶ月余でまた新たなる令和という御世を迎える。

次の30年後は無いだろうが、人生の半分半分で節目を迎える偶然。

元号という存在の重みを改めて感じるものである。

 

 平成28年8月8日に天皇陛下が生前譲位の意向を示すお言葉を発せられ国民に理解を訴え、国民は快く受け入れた。

それから2年8ヶ月余、譲位が現実のものとなり安堵の思いだ。

80歳を過ぎたご高齢故、退位の前に万が一の事態が発生しない保証はない。

穏やかに時を過ごして頂きたいと思っていたのだが、現実には最後のご公務という思いからなのか精力的に行幸啓や視察をこなされていた。

 天皇陛下のお傍で支えてくださった皇后陛下におかれては体調を崩し午前中、宮中三殿における退位の行事を欠席された事等、両陛下におかれてはご健康面で気になることもあったがまもなく退位なされる。新たに天皇に即位される皇太子殿下の下で令和の御世が始まる。

 令和の御世が我国国民、そして世界にとっても輝かしく人々の安寧に寄与する時代となることを願う。


皇位継承・生前譲位・元号事前公表

415日(月曜日)、新宿で一期会が開催され民族派陣営において日頃から政治活動に携わる人々が参加した。

2月、3月、4月と連続して毎月15日に開催される第三回目。

 一期一会の意味と15日の開催により一期会と命名され、2月は北方領土問題、3月は憲法問題、そして4月は一応最終回で皇位継承問題について意見交換した。

 いずれも右翼民族派陣営としては関心が高く喫緊に方向性を打ち出すべき課題であり、これら三つの課題に集中して連続的に議論を重ねた。

 

 天皇陛下の生前譲位に絡め新元号の事前発表、そして安定的な皇位継承を図るための施策としての旧宮家の復活、または女性宮家の創設や女系・女性天皇の問題。

そして眞子内親王の婚約者に関する問題へと波及するなど議論・考察を深めるべき要素が山積している現実が見えてきた。

 

この問題に関しての私見は以下の通りです。

 民族派または保守の大勢は旧皇族の皇籍復帰を望むとのこと。

であるならば小生は圧倒的少数派となる。

皇族の人数が減少し、特に後継の天皇となられる男子が現実的には秋篠宮殿下と悠仁親王だけということが問題となっている。

皇族方が積極的に男子を産み育てないという事に起因していることはあきらか。

皇族は女系であろう、と言うことがよく言われるがそうだろうか。

大正天皇は四人、昭和天皇は二人、今上陛下も二人の男子を残しておられる。これは一般家庭に比べても極めて普通である。

子供を授かれば男子が産まれる可能性は五分五分。

にもかかわらず高松宮・秩父宮・常陸宮・桂宮と男女に関らず子供を残していない。これが皇室先細りの原因ではないか。

これが殿下ご自身または皇室の意思によるものなのか我ら臣民が計り知ることはできない

 

 安倍首相は旧宮家の復活はあり得ない、と国会で答弁している。

これは旧11宮家をそのままそっくり復活はないというものであり、形を変えて宮家への復活、皇籍取得の可能性は残しているという事なのであろうか。

 

 旧11宮家においても皇族以上に男子を残していない。二つの旧宮家はすでに断絶している。

30歳以上適齢期を過ぎた男性が多数未婚のままでいる現状がある。

もし旧宮家が皇籍復帰を果たしたいと思うのであれば、跡継ぎとなる男子を大勢産み育てることで、「我々が復帰すれば皇室の未来は安泰です」といった実績を何十年かに渡って構築することからはじめなければならない。

そうでなければ、跡取りのいない宮家に婿養子となって皇籍を得たい、と女性宮家創設が認められるまで独身で待機していると見られることになる。

 

 この旧宮家の独身男子が婿養子として皇室にはいり皇籍取得し皇位継承権を有する男子を産み育てるといった案が浮上している。勿論、本人に皇位継承件は付与されない。

そうなると対象となるのは三笠宮家の二王女、高円宮家の一王女の三人を念頭においての議論となる。

これにはご本人のご意思が関ってくる問題であり、外部のものが軽々に相手を見繕うことが妥当とは言えないであろう。。

それこそ憲法第24条における婚姻の自由に関ってくる。「婚姻は両性の合意によってのみ成立する」、とは同性婚を禁じるものではない。親など周囲の者が本人の意思を無視して結婚相手を決めてはいけないというのが趣旨、といった同性婚容認派の主張に注目が集まる事となろう。

 かつて旧皇族の子供である竹田某氏が三笠宮家王女との婚姻を望んでいたが、ご本人が拒絶していたなどとの風聞を耳にしたこともあった。

 

 今は悠仁親王というお世継ぎがいらっしゃる。ご健康を害しているものでもない。この時点において大宅荘一のいう「血のスペア」を議論する必要があるのか。

女性宮家の創設など不要と考える。

他に後継男子がいないことで皇位継承に不安があれば、来月即位される新天皇がお世継ぎとなる男子を出産されるであろう第二の皇妃を迎えられる事も視野にいれるできであろう。

 

 新元号を即位の1ヶ月前に公表したことに対し右翼民族派陣営では強い反対の声が上げっていた。

天皇崩御による改元であれば事前公表はあり得ない。

しかし、今回は生前譲位である。平成2888日、天皇陛下はお言葉で生前における退位を認めて欲しいと国民に呼びかけた。

そして国民はこれに賛同し特例法のもとで生前譲位・改元が認められたのである。

国民が生前譲位を認めた以上、前倒し公表は問題ない。反対するなら生前譲位そのものに反対すべきと考える

 


新元号発表は早くてよい

大方の、所謂保守派からすれば天皇陛下の生前譲位には反対であったろう。

それと同様に新元号を天皇の代替わりより前に発表する事についても反対とする立場をとることは充分に予想された事である。

所謂保守派とは根本的に立場を異にするする小生としては即位一ヶ月前となる4月1日の発表は遅すぎるとさえ感じている。

 異例とも言われる生前譲位自体がすでに決定しているのであるから、それに伴い異例と捉えられようが新元号の発表は更に前倒しされても良いと考える。

 今の世の中ではイエスキリスト生誕暦(西暦)が多用され、元号は隅に追いやられている。法律によって役所・官公庁の文書においては元号の使用が義務付けられているが、作為的とも思われるマスメディアの西暦優先策により、国民生活からは疎遠になりつつある。

 昭和・平成、そして新元号と三つの元号の下で生きてきた国民が体勢を占める中で、新元号の下では「昭和何年生まれ」、と言われても即座に年齢を言い当てるのが難しくなってくるという弊害を主張する向きもあろう。

 ただ、日本人の場合はいつの御世においても元号を中心として西暦を併用してきたので、瞬時においてそれらを置き換える訓練ができているし、できなければならないと考える。

昭和であれば25を足して西暦としたし、平成においては12を引いて西暦に変換した。

 言うなれば多民族国家において、同民族同士で母国語を話しながら他民族と接するときには即座に公用語である英語での会話に切り替えると言った多様性にも似ている。

 

そういった意味から今後も元号は日常生活の中心として活用されるべきであろう。

しかし、5月1日から新元号が使用されのが分かっていながら公表させないとうことで、今年の暦・カレンダー・手帳においては5月以降の元号が記載されていない。

昨年の早い段階で発表しておけば、広く国民に周知でき暦等に掲載することができた。

国民は新元号に対し早い段階から適応できたのであり、国民生活と一体となることが可能となる。

 

代替わり当日の発表が従来からの伝統であるのは理解できるが、ここまで若者等の元号離れが進む時代においては致し方ないと考える。

 

 

日本会議が首相に「遺憾の意」 新元号の事前公表へ不満

1月4日、年頭記者会見をする安倍首相=三重県伊勢市© KYODONEWS 1月4日、年頭記者会見をする安倍首相=三重県伊勢市

 安倍晋三首相を支持する保守系団体「日本会議」が、皇位継承に伴う新元号を4月1日に事前公表する首相方針に「遺憾の意」を示す見解を機関誌に掲載したことが2日、分かった。天皇代替わり前の公表は「歴史上なかった」として、先例としないことも求めた。憲法改正など基本理念を共有する有力支持団体が不満を表明するのは「異例中の異例」(関係者)で、波紋を広げそうだ。

 日本会議と連携する自民党保守派は皇室の伝統を尊重する観点から、5月1日に皇太子さまが新天皇に即位された後に改元政令を公布するよう訴えたが、首相が受け入れなかった経緯がある。

 

 


秋篠宮殿下のご真意は何処に

 秋篠宮殿下が11月22日の記者会見において大嘗祭における公費支出に疑義を呈されたことが物議を醸しているが、12月25日の報道によっていままでは明確でなかったご発言の真意の一端が明らかになった。

11月22日の会見では国民の税金である公費を遣うのではなく皇室の私費で、というご発言に焦点が向けられていた。

しかし殿下の真意は費用を抑えたい、過大な支出は国民に対し申し訳ない、と言った臣民に対する心配りではないかと、思う。

 平成の大嘗祭における22億4900万円と比べて今回は

           27億1900万円へと4億7000万円増加する。

30年前から比べ諸物価や人件費・建材料費の高騰を考えればこの程度の増加は仕方がないと見ることもできるが、そういった費用が増大する事を懸念されているのではないかと勝手ながら推測する。

しかも27億1900万円の内訳として、大嘗宮の建設費だけで19億7000万円と全費用の7割以上を占めている。

そしてこの大嘗宮は大嘗祭の終了後には解体される。

そういった点から勘案し、皇居内に既存の神嘉殿を使用すればよい、とのお考えに至ったとすれば、節約を旨とする質素な殿下のお人柄からしても理解できる。

 伝統的儀式である大嘗祭を執り行うための大嘗宮を神嘉殿で代用するとい案の是非は一旦おくとして、スクラップ&ビルドによって次から次へと新たに超高層ビルを建設し、まだ充分に使用できる建物を取り壊していく現代都市社会と重ね合わせた時に「勿体ない」の精神が働いたとしても自然な事ではないだろうか。

 

 詳しい事はわからないが神嘉殿ではなく大嘗宮の造営・解体の必要性がどこにあるのか、納得がいくまで宮内庁内部と話し合われても良いのではないだろうか。

 

 まもなく平成の御世が終焉を迎える訳であるが、小生として気にかかることは

今上陛下が靖国神社をご親拝なさらないままに平成が終焉するのではないか、という事である。

天皇陛下の御為に散華して逝った英霊が祀られる神社である。

内外の諸情勢を勘案して親拝を控えておられるのであろが、おそらくや平成の御世が続く間に一度は

今上陛下が靖国神社をご親拝くださるものと心の底で確信するものである。

 

 

私費で賄う大嘗祭、秋篠宮さま自ら提案 既存の神殿活用

 12/25() 3:00配信 朝日新聞デジタル

私費で賄う大嘗祭、秋篠宮さま自ら提案 既存の神殿活用

 

記者会見に臨む秋篠宮さま=11月22日、東京・元赤坂の宮邸

 

 天皇の代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」への公費支出について、秋篠宮さまが宗教色が強いとして宮内庁に疑義を呈した際、代替案として、宮中の「神嘉殿(しんかでん)」を活用して費用を抑え、それを天皇家の私費で賄うという具体案を示していたことがわかった。

 

秋篠宮さまが代替案として活用を提案した神嘉殿

 

 使用後に解体・撤去される「大嘗宮(だいじょうきゅう)」を新設しない分、大幅に費用を抑えられる。こうした考えは前長官の代から伝えていたが、宮内庁は前回の代替わり時に議論を尽くしたなどとし、本格的に検討しなかった。

 

 複数の関係者が明らかにした。政府の方針では、来年の大嘗祭の関係費は前回1990(平成2)年の22億4900万円から27億1900万円へと増大。皇居・東御苑に新造される大嘗宮の設営費関連だけで19億700万円かかる。

 

 関係者によると、秋篠宮さまは「天皇の代替わりに伴う諸行事は国民の理解のもとで執り行われるべきだ」との考えで、天皇陛下の退位の意向が内々に明らかになったことを受け、風岡典之・前宮内庁長官(2012〜16年)に「公費支出はなじまない」と伝え、今の山本信一郎長官にも繰り返し意見を述べてきた。政府が公費支出を決める前の段階で宮内庁に熟考を求める意図があったという。

 

 意見した際に「大嘗宮を建てず、宮中にある神嘉殿で執り行っても儀式の心が薄れることはないだろう」とも述べた。神嘉殿は国中の神々をまつる神殿で、収穫に感謝する毎年の新嘗(にいなめ)祭が行われている場。これを使い、天皇家の私的な積立金のうち数億円で賄える範囲で実施を、という提案だった。

 


伊勢神宮禊会に参加

 例年ですと3月10日には「東京大空襲の民間人殺戮を忘れるな」、という事で米国大使館への抗議行動を実施し、                                                                                                                        3月11日には東日本大震災の犠牲者に対する慰霊式典に参列していました。
 しかし、今年は3月10日の研修会から始まる11日の伊勢神宮禊会に参加させて頂きましたので、米国大使館への抗議活動等を実施できませんでした。駐日米国大使においては小生の訪問を心待ちにしていたでしょうに、すみませんでした。手ぐすね引いて待ち構えていた赤坂警察署においても肩透かしで落胆したことでしょう。

 

 禊を通じて国の安寧を願う、恙なく皇位の継承が遂行される事を願いその為のお手伝いをさせて頂くことは                                                                                                                                  民族派として国家革新運動を遂行する上において重要な事柄でありましょう。                                                                                                                                                                           

 皇室の弥栄を願い、国に殉じられた英霊の遺訓を顕彰することが第一義であり、これこそが運動の根幹たる幹に相当します。

 アメリカによる大量殺戮を糾弾したり、シナ・朝鮮による侵略に対抗すること。不当に占領された領土を奪還すること。拉致された日本人を取り戻す事。自主憲法を制定する事。自民公明党による売国的利権政治を終焉させること。利権漁りの原発推進政策を糾す事。震災対策を推進する事。食糧自給率を高める事等々。これらは重要なる事柄であり声を大にして訴え実現させなければならない事項でありますが、幹にたいする枝葉的な存在なのであります。

 

 禊は自身の穢れを払拭し、身を清めて国家・皇室に御遣いするという運動の原点に立つためにも自身に課せられた課題であると認識するものです。今般、伊勢神宮禊会の顧問である犬塚博英先生のご厚情により禊会に参加させて頂きました。                             

 午前5時、参加者一同百数十名が掛け声と共に、夜明け前真っ暗な伊勢神宮前の五十鈴川に身を沈め禊を行いました。                                                                                                       禊とはまさにに身を削ぐことであり、聖なる五十鈴川の冷たい流れに身を浸して全身全霊でご奉仕するものであります。                                                                                                                       尋常であれば指先を漬けるだけでも耐えがたい程の冷水に肩までどっぷりと10分近く浸かるのですから常人としては不可能な難行のように思えますが、皇室の弥栄を祈念するという大目標を前にするからこそ貫徹できるのでありましょう。

身を清め生まれ変った気持ちで、今後も国家革新運動に邁進する所存です

 

写真は「北面武士」ブログより転載させて頂きました。


崩御を心待ちしている君側の奸

 天皇がお気持ちを表明された生前譲位に対し「思いとどまるように説得すべし」、との見解を示したと言う渡部昇一。

こいつはいったいどれだけ偉いと言うのか。

 渡部に限らず所謂保守と言う連中は、陛下をお護りしたいのではなく、「天皇という制度を有する日本の姿を護りたい」だけなのだろう。

 陛下としては日本国の象徴と言うお立場にあって、ご高齢によりその役割を全うできないならば、その職責を退くべきとお考えであられる。至極当然の成り行きであり、反対する理由はない。

 昨年の戦没者慰霊式典で黙祷の順番を取り違えたことがあったように、人は加齢と共に記憶力は低下するし、時として判断を誤ったり自分本位になる。それは陛下も同じ。

ひいては痴呆の症状がでることも想定されるだろう。

 そのようなお姿を人前に晒したくないとの思いもおありであろうし、我ら臣民とて目にしたいとは思わない。

 

下世話な話ではあるが、歳を重ねれば小便も近くなる、我慢も効かなくなる。

衆人凝視の式典に出席中に、もよおすこともあるだろう。

そのような事態を想定すればこれ以上、天皇としての職務に従事することは躊躇せざるを得ないだろう。

有識者会議の答申とか、皇室典範改正とか悠長なことは言っていられない。

現実問題として、今すぐに小便が漏れそうだから便所へいかせろ、という状況にある。

8月8日に陛下がお気持ちを表明されたのは、例えて言うなら「もう、我慢できないから便所へ行かせてくれ」、という最後の懇願に等しいのではないか。

 

にも拘らず、生前譲位を先延ばしにしようとする勢力が政府内部に存在する。

彼らは天皇の崩御まで時間稼ぎをしているのだ。

83歳と言う年齢から勘案すれば、有識者会議やらなんやらで1〜2年を費やしているうちに崩御なされるだろう、と。

そうすればこの厄介な問題から逃れられるということなのだろう。

陛下に対する尊厳も人権意識も持たぬ輩が政府内部に蔓延っているのが今の日本だ。

 

 死刑執行をできない死刑確定囚を独居房に幽閉して獄中死を待っている法務省と同じではないか。

本人が一刻も早い執行を望みながら42年間も執行されず、独居房で拘置され続けている「平塚ピアノ騒音殺人事件」の大浜松三(88歳)死刑囚に対する扱いと同じことが陛下に対し行われているのである。

 

 

「陛下を説得すべきだ」=退位反対の渡部氏―議事録

時事通信

 政府は24日、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が14日に実施した第2回専門家ヒアリングの議事録を公表した。渡部昇一上智大名誉教授は天皇の生前退位に反対の立場から、「天皇陛下は皇室典範に違反しようとしている。そうさせてはいけない。しかるべき人が説得すべきだ」と主張した。

 渡部氏は「皇室典範を変えてはいけないし、臨時措置法(特例法)などというインチキなものをつくってはいけない」と述べ、法整備は必要ないとの考えを強調した。

 ヒアリングでは、6人のうち、渡部氏とジャーナリストの櫻井よしこ氏、笠原英彦慶大教授の3人が退位に反対。櫻井氏は過去に条件付きで退位を容認する発言をしていたが、「陛下への配慮と国家の在り方の問題は分けて考えなければならない」として反対に転じたと説明。笠原氏は「国会が最終的に決めることであれば、それ以上反対するつもりはない」と述べた。 


生前譲位で勉強会に参加

9月21日(水曜日)新宿のスコールにて朱光出版社阿形充規会長が主催する講演会に出席する。

毎回、各界の識者をお招きして時局問題等に関して講演を頂く、民族派の勉強会。

今回は政治評論家の山本峯章氏を講師に迎え「天皇の生前退位と摂政はどうあるべきか」、という事で1時間の講義を受けた。

 

今上陛下の生前譲位報道は世間の同意を得やすくする為に、宮内庁サイドが意図的にリークしたのではないか、は話された。

歴代の天皇では57人が生前退位を行っており、珍しい事ではないということで、

摂政をおくことで、生前退位は可能であるとの見方を示された。

女系天皇を容認する小泉元首相を批判し、旧11宮家の復活も提唱された。

大御心とは歴代天皇のお気持ち。御心とは今上陛下のお気持ち。

今上陛下が「憲法を守る」、と発言されたことはさほど問題ではない。

日本の右翼は欧州の右翼のように政治が目的ではない。

右翼が政治権力を取ろうとしたことはない。

右翼は国体の防人。

反共は手段である。多数になる必要はない。天皇・国体を守ればよい。

権力者・財界・政界に対しては強者でなければダメだ。存在そのものが怖さでなければならない。

と、若かりし頃から右翼民族派運動を実践してこられた経験を踏ま熱く語って頂いた。

 

その後、参加者との質疑応答。

皇室をテーマにした問題となると、各自の持論があるためか、ヒートアップする傾向にある。

「陛下の御心に添えないならば腹を斬る覚悟があるか」

「承詔必謹と言って、結果として国が滅んでも良いのか、と言った議論が展開される」

 

参加者同士での激論が展開し、会場にいた民族革新会議の犬塚議長が「これだけ議論が盛り上がるのも、皆がそれだけ皇室の事を大切に思っている証だ」と、とりなす場面もあった。

 

一言に皇室を敬う、と言っても三通りの見方があると思う。

[闕派

天皇に恋い焦がれ、どのような詔(みことのり)でも、全て受け入れる

 

諫言派

天皇にも誤りはある。間違っていれば諫言を以って、糺しいかねばならない。

 

J伐派

王替えの思想であろ。この天皇がダメであれば別の天皇に即位してもらう。

 

小生としては諫言はあってしかるべきと考える。

しかし諫言に至るまでのプロセスと、その作法が問題とされるのだ。

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時間があったので、小生からも一言質問を。

皇室の最大の使命は皇統を継承する事。すなわちお世継ぎを絶やさない事。

大正天皇の皇子である先帝陛下以下、ご幼少である悠仁親王を除き今までに11名の成人男子が誕生したが、

男子を遺したのは4名に過ぎない。(昭和天皇・今上陛下・秋篠宮殿下・三笠宮殿下)

世継ぎを残すと言った使命を持たない一般家庭に比べてもあまりにも少ない男子の出生。

皇室ご自身におかれては皇統を継承すると言ったお気持ちはないのか。

 

男系男子が誕生しないと言った危惧の下、旧11宮家の復帰が取りだたされいるが、彼らにおいては尚のこと

男子を出生していない。

4年前の旧11宮家家系図を参考にしているが、現在35歳から56歳までの成人男子は13名いる。

そのうち男子を設けているのは3名に過ぎない。

しかも、5名は結婚すらしていない。

この未婚者は35・36・40・41・54歳。

この中には芸能人と浮名を流してにやけているJOC会長の息子とかも含まれている。

皇籍に復帰するとか、したいとか言うなら、まずは男系男子をたくさん産み育て、

「我々が皇籍復帰すれば、お世継ぎ問題は解決しますよ」、と言った実績を示すのが先ではないでしょうか。

 

旧宮家復帰論者の山本峯章先生からは、皇室はもともと女系なんだろう、ということで具体的言及は避けられたが、

皇室の事柄に関しての繊細な扱いが窺えた。

一般に、右翼民族派の中においては旧11宮家復帰を要望する声は少なくない。

いずれは皇室にはいる人々との前提で考えるから、自然と畏敬の念が働くこととなろう。

小生のようにアンナ世俗に塗れた者が皇室に入っても役に立たない、と吐き捨てるのを聞けば

「不敬な」、との思いを抱くこともあろう。

一般であれば子育てや子供の進学・非行問題で翻弄されるであろう年代の成年男子が、独身でいる理由はなんなのか。

若年であらせられる愛子内親王は別として、秋篠宮・三笠宮・高円宮といった女性独身皇族との結婚を画策して

皇室典範が改定される日を待ち望み待機しているのだろうか、と勘ぐってしまう。

 

 毎回のことであるが、阿形会長のお取り計らいで全員に夕食が提供され、舌鼓を打ちつつ懇談のうちに講演会は終了した。

帰りには山本峯章先生の著書「韓国人はなぜノーベル賞が獲れないのか?」や阿形会長が編集したDVDなどの資料がお土産として参加者全員に配られた。

毎度のことながらここまで参加者全員に気を遣った会合を企画・運営して頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

阿形会長をはじめ、会の運営に携わってくださった大日本朱光会の皆様にも感謝申し上げます。

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政経調査会 まき やすとも

電話:090−3135−4069

電子郵便:makiyasutomo@daitoa.com


一刻も早い天皇譲位を

天皇陛下が譲位の意向を示されておられるとの報道がなされている。

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/plans-to-abdicate/

 

事実であれば早々に実行されるべきであると考える、。

皇室典範なる昔の法律によって縛られているのであれば早急に法律を改正すればよい。

御年82歳になられる陛下が多忙な業務に翻弄されている姿を見るのはなんとも心苦しい。

憲法に定められた国事行為以外にも、はっきり言ってくだらん用件で、表に出て来られることが余りにも多すぎる。

数年前には小沢一郎が主張して当時は副主席であった習近平に接見までなさった。

熊本などの被災地まで行かれては体育館で膝を折って被災者に向き合うが、陛下に対しスマホを向けるような連中に対し

お気遣いになる必要があるのか。

天皇とは国の安寧と国民の無事を願い一心不乱に篝火の前で、祈りを捧げてくださることが本来のお姿。

宮中祭祀を実行して頂ければどうでも良いような海外からの客人に対し、ご挨拶に出向いていただく必要もないのだ。

現在の公務が多忙すぎることもあるが、ご高齢を考慮すれば全てのご公務から解放され、現皇后陛下と共に穏やかな余生を過ごされることが最良と常々思っていたところである。

 

 そうなれば皇太子殿下が第126代天皇として即位されることとなる。

今上陛下が即位されたのが55歳であっただろうから、現在56歳になられる皇太子殿下におかれては、決して早くはない即位となる。

 雅子皇太子妃が皇后陛下となられ、美智子皇后陛下の担っておられた役割を継承するのが困難であるとの見方もある。

お世継ぎの問題も絡めて考慮するならば、皇太子殿下は一刻も早く第二皇妃をお迎えになり、皇室の伝統と繁栄を担って頂きたいものである。

 年若い皇妃のもとで、男子のお世継ぎが誕生されれば、皇室の将来に対し誰も不安を抱く必要はなくなるだろう。

宮中祭祀こそが皇室のもっとも重要な職責であり、陛下を手助けして国家・国民の安寧を成し遂げることも皇后陛下の担われる使命であろう。

 

 現状においては、将来的に秋篠宮家に誕生された悠仁親王が第128代天皇として即位されることとなるのだが、万が一の事があれば皇室の道統が途絶える事態となる。また、できるならば東宮家からお世継ぎが誕生することが望ましいのである。

皇室の最大の使命は、その動統を絶やさない事である。

端的に言えば男子のお子様を産み育てることである。

 

 ご病弱であったと言われながらも大正天皇は昭和天皇を含め4名の男子を遺された。

この4名を含め現在まで、この世に12名の男子が誕生している。

ご幼少である悠仁親王を除いた11名の中で男子を産み育てた皇族は昭和天皇(2名)、今上陛下(2名)三笠宮親王(3名)、秋篠宮殿下(1名)の四名だけである。

11名の中で男子を産み育てたのが四名だけとはあまりにも少ない数字ではないか。

お世継ぎを残すといった崇高なる使命を担うでもない一般家庭においてさえも、100%ではないがほとんどの家庭では2〜3人の子供を産み育てるであろうから、半分以上の家庭には男の子が存在していることになる。

 

 秋篠宮家において悠仁親王を出産なさった経緯においては、天皇陛下からのたっての要望があったと聞いている。

皇室消滅の危機を目の当たりにして、東宮家には期待できない故、秋篠宮家に懇願し予定外の出産に踏み切ったとも思われる。

こうまでして男性皇族方が男子の誕生に積極的な姿勢をお示しにならない原因はどこにあるのか。

 皇族ご自身が2676年続いた皇室という制度の継続を望んでいらっしゃらないということなのか。

 真剣に考えてみる必要があるのでないのか。

 

 


諫言はあってしかるべきでしょう

一言で皇室を敬愛する、皇室制度をお護りする、と言ってもその形態は種々存在する。
大別するならば三種類が頭に浮かぶ。
何が何でも天皇に付き従う。仮に天皇がが共産党を支持すると言えば、すべてに従う「恋闕派」
天皇にも過ちはある、諌めるところは諌めるべきと考える「諫言派」
天皇が間違っった事を言う、誤った考えを持つような天皇なら別の天皇に替えてしまうという所謂、王替えの思想を持つ「放伐派」

 我々は上記で言えば「諫言派」、とういう事になろうか。
二・二六事件において討伐の命をくだした昭和天皇に対し、処刑を待つ磯部浅一は獄中において「私は陛下をお叱り申し上げている」、と語っていた。
時と場合によるが諫言はなされてしかるべきである。
ただ、その作法が問題となる。
 皇室に対ししかるべき道筋を立てて誠心誠意を尽くした上での諫言なのか、単なるセンセーショナルに大衆を煽るだけの見せかけの諫言なのかが問われるところだろう。

 月刊誌「WILL」誌上において西尾幹二氏と加治伸行氏がどのような対談を行ったのか知る立場にない。
読んでいないのでどのように編集されているのかも不明である。
 対談「皇太子さまへの諫言」というのが、どのような手順を踏むものなのか、単なる煽りなのかも判然とはしないが、
読んでもいない小生が踏み込むことではないだろう。

ただ、抗議する相手としてのWILL編集長・西尾幹二・加治伸行の三者に対して「諫言」することはあり得ない。
諫言とはあくまでも君主に対し誠心誠意を尽くして諌める行為である。

西尾氏辺りが保守の言論陣営においては重鎮として君主の如き扱いを受けているとしても、事務所に侵入して抗議の意思を示す相手ならば「諫言」では済まない。抗議・糾弾くらいがなされてしかるべきではないだろうか。

 因みに平成5年に文芸春秋社発行の月刊誌「諸君」(当時)において東大助教授の酒井信彦氏が「皇太子殿下に諫言する」、と題する論文を発表したことで皇室論争に火が付いた。22年前である。
「皇太子殿下が『命がけでお護りする』のは雅子皇太子妃ではない。国民ではないのか」、というものであったと記憶している。
この当時、右翼・保守陣営から直接的な抗議があったとは記憶していない。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160505-00000044-nnn-soci
 

諫言は如何なのか@天長節の博友会

 12月23日(天長節)。犬塚博英・民族革新会議議長が主催する「博友会」が板橋区立企業活性化センターにて開催され出席した。
 犬塚博英氏が講師となり「天長節に想う〜中村武彦先生の尊皇絶対観」、と題して語られた。
 10年前に92歳で他界された恩師である中村武彦先生の著書「私の昭和史」・「
維新は幻か」から抜粋した写しを読み解きながら中村先生の幼少時の体験からくる思想・哲学、そして皇室観などを解説して頂いた。
 神兵隊事件などに連座し獄中において終戦の報に接した中村先生は、自らの徹底抗戦と相反する昭和天皇の決断に対し「天皇の権威は地に落ちた。腹が立ち情けなくなった」、と当時の心境を、そして冷静になってからは「陛下を責める筋はない、と悟った」との記述がある。
陛下が始めろといったから始めた戦争。陛下がやめろと言えばやめるのか。そこには国体の中心にある天皇の存在を如何に受け止めるのか、といった我々右翼・民族派陣営における大きなテーマが残されている。
 最期まで中村先生に付き添った犬塚議長においては思想的にもそうであるが、人格的にもこれほどまでに卓越した人物はいなかった、と言わしめる程であったのだ。
 
 終了後、近隣の居酒屋にて直会。20名ほどが参加し忘年会を兼ねて盃を重ねつつ、感想などを語り合った。
 野村秋介氏が朝日新聞社社長室で自裁されてから一か月後、平成5年の野分祭において中村先生が講演をなさったことがあった。
 うろ覚えではあるが「三島・森田精神と野村秋介」、とか言うような演題であったかと思う。
 そこで見た中村先生の所作は小生にとって印象的であった。
「野村さんの生前に言った事がある。
『貴方もこれだけ名を成して功績をあげた人だ、そんな頭に赤い鉢巻巻いたり派手な服を着ることもないだろうに』、と言うと
『先生、わかってますよ』と言ってニッコリと微笑んでいた。
ああ、この老いぼれの老人がなんと浅はかな事を言ってしまったんだ」
「野村さんは申し訳ない」、と自らの手のひらを額に当てて、野村氏がそこにいるかのように遺影に向かって懺悔していた。
「貴方は普段何の素振りも見せずに、これだけの熱い思いを持って重大な決意に向き合っていた事も分からなかった」、と慙愧の念を露わにしておられた。
 普段からベルサーチなどブランド物の派手な背広を身に纏い、時に頭にはバンダナを巻いた姿で人前に出る機会の多かった野村氏に対して
民族派陣営の先輩としての苦言を呈したのであろう。
大勢の前で恥じることもなく率直に自らの不徳を披瀝する中村先生においては正に民族派の良心をみる想いがしたのを思い出す。

 著作の文中においても磯部浅一・三島の英霊の声と言った記述があったのだが、陛下のご英断に対し我々はどのように向き合うのか。
陛下が「現行憲法を護れ」、と仰るのなら尊王絶対の立場をとる我々は護憲の立場を貫くのか、と言った重いテーマにぶち当たることとなる。
皇室をお護りする、と一言に言っても様々な護り方があるのは事実。
私なりに大別するならば、
‥傾弔梁減澆論簑个任△襦8世錣譴襪海箸倭瓦銅け入れると言う「恋闕派」
天皇でもおかし事を言えば、それを糾していく「諫言派」
あんな天皇はダメだ。他の人を天皇にしようと言う「放伐派」の三つに分けられようか。
私の考えとしては諫言はあってしかるべきである、と思う。
それは諫言するためのルールというか手順を確立した上でなされるべきであろう。
 天皇としても絶対的に正しい判断が下せるのか。周囲に蔓延る重臣たちによって正しくない情報にばかり接しておられた場合を想定すれば杞憂ではないはずだ。

 二・二六事件で岡田首相邸への突入の指揮を執った一人である林八郎少尉の尋問調書においては
問:宸襟を悩まし奉りざるとは思わざるや (*「宸襟」とは天皇陛下のお気持ち)
答:思いません。陛下の下にある重臣がより以上に宸襟を悩まし奉っていたものと思います。
  私は最忠最良を行ったと思います。それは陛下の大御心を悩まし奉った者を斃したからであります。
私の母の従兄であり、処刑された二十二士の中では最年少の二十二歳であった。
磯部浅一においては獄中において「私は天皇陛下をお叱り申し上げている」、と言っていた程である。
北一輝においては処刑に際し、「天皇陛下万歳を唱えましょうか」との問いかけに対し、「いや、やめときましょう」と答え無言で刑場の露に消えたと聞いている。
「なぞて、皇(すめらぎ)は人となりたまえし」、と問うた三島による英霊の声をどう聴くのか。
天長節のこの日、改めて考えさせられたテーマである。

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