崩御を心待ちしている君側の奸

 天皇がお気持ちを表明された生前譲位に対し「思いとどまるように説得すべし」、との見解を示したと言う渡部昇一。

こいつはいったいどれだけ偉いと言うのか。

 渡部に限らず所謂保守と言う連中は、陛下をお護りしたいのではなく、「天皇という制度を有する日本の姿を護りたい」だけなのだろう。

 陛下としては日本国の象徴と言うお立場にあって、ご高齢によりその役割を全うできないならば、その職責を退くべきとお考えであられる。至極当然の成り行きであり、反対する理由はない。

 昨年の戦没者慰霊式典で黙祷の順番を取り違えたことがあったように、人は加齢と共に記憶力は低下するし、時として判断を誤ったり自分本位になる。それは陛下も同じ。

ひいては痴呆の症状がでることも想定されるだろう。

 そのようなお姿を人前に晒したくないとの思いもおありであろうし、我ら臣民とて目にしたいとは思わない。

 

下世話な話ではあるが、歳を重ねれば小便も近くなる、我慢も効かなくなる。

衆人凝視の式典に出席中に、もよおすこともあるだろう。

そのような事態を想定すればこれ以上、天皇としての職務に従事することは躊躇せざるを得ないだろう。

有識者会議の答申とか、皇室典範改正とか悠長なことは言っていられない。

現実問題として、今すぐに小便が漏れそうだから便所へいかせろ、という状況にある。

8月8日に陛下がお気持ちを表明されたのは、例えて言うなら「もう、我慢できないから便所へ行かせてくれ」、という最後の懇願に等しいのではないか。

 

にも拘らず、生前譲位を先延ばしにしようとする勢力が政府内部に存在する。

彼らは天皇の崩御まで時間稼ぎをしているのだ。

83歳と言う年齢から勘案すれば、有識者会議やらなんやらで1〜2年を費やしているうちに崩御なされるだろう、と。

そうすればこの厄介な問題から逃れられるということなのだろう。

陛下に対する尊厳も人権意識も持たぬ輩が政府内部に蔓延っているのが今の日本だ。

 

 死刑執行をできない死刑確定囚を独居房に幽閉して獄中死を待っている法務省と同じではないか。

本人が一刻も早い執行を望みながら42年間も執行されず、独居房で拘置され続けている「平塚ピアノ騒音殺人事件」の大浜松三(88歳)死刑囚に対する扱いと同じことが陛下に対し行われているのである。

 

 

「陛下を説得すべきだ」=退位反対の渡部氏―議事録

時事通信

 政府は24日、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が14日に実施した第2回専門家ヒアリングの議事録を公表した。渡部昇一上智大名誉教授は天皇の生前退位に反対の立場から、「天皇陛下は皇室典範に違反しようとしている。そうさせてはいけない。しかるべき人が説得すべきだ」と主張した。

 渡部氏は「皇室典範を変えてはいけないし、臨時措置法(特例法)などというインチキなものをつくってはいけない」と述べ、法整備は必要ないとの考えを強調した。

 ヒアリングでは、6人のうち、渡部氏とジャーナリストの櫻井よしこ氏、笠原英彦慶大教授の3人が退位に反対。櫻井氏は過去に条件付きで退位を容認する発言をしていたが、「陛下への配慮と国家の在り方の問題は分けて考えなければならない」として反対に転じたと説明。笠原氏は「国会が最終的に決めることであれば、それ以上反対するつもりはない」と述べた。 


生前譲位で勉強会に参加

9月21日(水曜日)新宿のスコールにて朱光出版社阿形充規会長が主催する講演会に出席する。

毎回、各界の識者をお招きして時局問題等に関して講演を頂く、民族派の勉強会。

今回は政治評論家の山本峯章氏を講師に迎え「天皇の生前退位と摂政はどうあるべきか」、という事で1時間の講義を受けた。

 

今上陛下の生前譲位報道は世間の同意を得やすくする為に、宮内庁サイドが意図的にリークしたのではないか、は話された。

歴代の天皇では57人が生前退位を行っており、珍しい事ではないということで、

摂政をおくことで、生前退位は可能であるとの見方を示された。

女系天皇を容認する小泉元首相を批判し、旧11宮家の復活も提唱された。

大御心とは歴代天皇のお気持ち。御心とは今上陛下のお気持ち。

今上陛下が「憲法を守る」、と発言されたことはさほど問題ではない。

日本の右翼は欧州の右翼のように政治が目的ではない。

右翼が政治権力を取ろうとしたことはない。

右翼は国体の防人。

反共は手段である。多数になる必要はない。天皇・国体を守ればよい。

権力者・財界・政界に対しては強者でなければダメだ。存在そのものが怖さでなければならない。

と、若かりし頃から右翼民族派運動を実践してこられた経験を踏ま熱く語って頂いた。

 

その後、参加者との質疑応答。

皇室をテーマにした問題となると、各自の持論があるためか、ヒートアップする傾向にある。

「陛下の御心に添えないならば腹を斬る覚悟があるか」

「承詔必謹と言って、結果として国が滅んでも良いのか、と言った議論が展開される」

 

参加者同士での激論が展開し、会場にいた民族革新会議の犬塚議長が「これだけ議論が盛り上がるのも、皆がそれだけ皇室の事を大切に思っている証だ」と、とりなす場面もあった。

 

一言に皇室を敬う、と言っても三通りの見方があると思う。

[闕派

天皇に恋い焦がれ、どのような詔(みことのり)でも、全て受け入れる

 

諫言派

天皇にも誤りはある。間違っていれば諫言を以って、糺しいかねばならない。

 

J伐派

王替えの思想であろ。この天皇がダメであれば別の天皇に即位してもらう。

 

小生としては諫言はあってしかるべきと考える。

しかし諫言に至るまでのプロセスと、その作法が問題とされるのだ。

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時間があったので、小生からも一言質問を。

皇室の最大の使命は皇統を継承する事。すなわちお世継ぎを絶やさない事。

大正天皇の皇子である先帝陛下以下、ご幼少である悠仁親王を除き今までに11名の成人男子が誕生したが、

男子を遺したのは4名に過ぎない。(昭和天皇・今上陛下・秋篠宮殿下・三笠宮殿下)

世継ぎを残すと言った使命を持たない一般家庭に比べてもあまりにも少ない男子の出生。

皇室ご自身におかれては皇統を継承すると言ったお気持ちはないのか。

 

男系男子が誕生しないと言った危惧の下、旧11宮家の復帰が取りだたされいるが、彼らにおいては尚のこと

男子を出生していない。

4年前の旧11宮家家系図を参考にしているが、現在35歳から56歳までの成人男子は13名いる。

そのうち男子を設けているのは3名に過ぎない。

しかも、5名は結婚すらしていない。

この未婚者は35・36・40・41・54歳。

この中には芸能人と浮名を流してにやけているJOC会長の息子とかも含まれている。

皇籍に復帰するとか、したいとか言うなら、まずは男系男子をたくさん産み育て、

「我々が皇籍復帰すれば、お世継ぎ問題は解決しますよ」、と言った実績を示すのが先ではないでしょうか。

 

旧宮家復帰論者の山本峯章先生からは、皇室はもともと女系なんだろう、ということで具体的言及は避けられたが、

皇室の事柄に関しての繊細な扱いが窺えた。

一般に、右翼民族派の中においては旧11宮家復帰を要望する声は少なくない。

いずれは皇室にはいる人々との前提で考えるから、自然と畏敬の念が働くこととなろう。

小生のようにアンナ世俗に塗れた者が皇室に入っても役に立たない、と吐き捨てるのを聞けば

「不敬な」、との思いを抱くこともあろう。

一般であれば子育てや子供の進学・非行問題で翻弄されるであろう年代の成年男子が、独身でいる理由はなんなのか。

若年であらせられる愛子内親王は別として、秋篠宮・三笠宮・高円宮といった女性独身皇族との結婚を画策して

皇室典範が改定される日を待ち望み待機しているのだろうか、と勘ぐってしまう。

 

 毎回のことであるが、阿形会長のお取り計らいで全員に夕食が提供され、舌鼓を打ちつつ懇談のうちに講演会は終了した。

帰りには山本峯章先生の著書「韓国人はなぜノーベル賞が獲れないのか?」や阿形会長が編集したDVDなどの資料がお土産として参加者全員に配られた。

毎度のことながらここまで参加者全員に気を遣った会合を企画・運営して頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

阿形会長をはじめ、会の運営に携わってくださった大日本朱光会の皆様にも感謝申し上げます。

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政経調査会 まき やすとも

電話:090−3135−4069

電子郵便:makiyasutomo@daitoa.com


一刻も早い天皇譲位を

天皇陛下が譲位の意向を示されておられるとの報道がなされている。

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/plans-to-abdicate/

 

事実であれば早々に実行されるべきであると考える、。

皇室典範なる昔の法律によって縛られているのであれば早急に法律を改正すればよい。

御年82歳になられる陛下が多忙な業務に翻弄されている姿を見るのはなんとも心苦しい。

憲法に定められた国事行為以外にも、はっきり言ってくだらん用件で、表に出て来られることが余りにも多すぎる。

数年前には小沢一郎が主張して当時は副主席であった習近平に接見までなさった。

熊本などの被災地まで行かれては体育館で膝を折って被災者に向き合うが、陛下に対しスマホを向けるような連中に対し

お気遣いになる必要があるのか。

天皇とは国の安寧と国民の無事を願い一心不乱に篝火の前で、祈りを捧げてくださることが本来のお姿。

宮中祭祀を実行して頂ければどうでも良いような海外からの客人に対し、ご挨拶に出向いていただく必要もないのだ。

現在の公務が多忙すぎることもあるが、ご高齢を考慮すれば全てのご公務から解放され、現皇后陛下と共に穏やかな余生を過ごされることが最良と常々思っていたところである。

 

 そうなれば皇太子殿下が第126代天皇として即位されることとなる。

今上陛下が即位されたのが55歳であっただろうから、現在56歳になられる皇太子殿下におかれては、決して早くはない即位となる。

 雅子皇太子妃が皇后陛下となられ、美智子皇后陛下の担っておられた役割を継承するのが困難であるとの見方もある。

お世継ぎの問題も絡めて考慮するならば、皇太子殿下は一刻も早く第二皇妃をお迎えになり、皇室の伝統と繁栄を担って頂きたいものである。

 年若い皇妃のもとで、男子のお世継ぎが誕生されれば、皇室の将来に対し誰も不安を抱く必要はなくなるだろう。

宮中祭祀こそが皇室のもっとも重要な職責であり、陛下を手助けして国家・国民の安寧を成し遂げることも皇后陛下の担われる使命であろう。

 

 現状においては、将来的に秋篠宮家に誕生された悠仁親王が第128代天皇として即位されることとなるのだが、万が一の事があれば皇室の道統が途絶える事態となる。また、できるならば東宮家からお世継ぎが誕生することが望ましいのである。

皇室の最大の使命は、その動統を絶やさない事である。

端的に言えば男子のお子様を産み育てることである。

 

 ご病弱であったと言われながらも大正天皇は昭和天皇を含め4名の男子を遺された。

この4名を含め現在まで、この世に12名の男子が誕生している。

ご幼少である悠仁親王を除いた11名の中で男子を産み育てた皇族は昭和天皇(2名)、今上陛下(2名)三笠宮親王(3名)、秋篠宮殿下(1名)の四名だけである。

11名の中で男子を産み育てたのが四名だけとはあまりにも少ない数字ではないか。

お世継ぎを残すといった崇高なる使命を担うでもない一般家庭においてさえも、100%ではないがほとんどの家庭では2〜3人の子供を産み育てるであろうから、半分以上の家庭には男の子が存在していることになる。

 

 秋篠宮家において悠仁親王を出産なさった経緯においては、天皇陛下からのたっての要望があったと聞いている。

皇室消滅の危機を目の当たりにして、東宮家には期待できない故、秋篠宮家に懇願し予定外の出産に踏み切ったとも思われる。

こうまでして男性皇族方が男子の誕生に積極的な姿勢をお示しにならない原因はどこにあるのか。

 皇族ご自身が2676年続いた皇室という制度の継続を望んでいらっしゃらないということなのか。

 真剣に考えてみる必要があるのでないのか。

 

 


諫言はあってしかるべきでしょう

一言で皇室を敬愛する、皇室制度をお護りする、と言ってもその形態は種々存在する。
大別するならば三種類が頭に浮かぶ。
何が何でも天皇に付き従う。仮に天皇がが共産党を支持すると言えば、すべてに従う「恋闕派」
天皇にも過ちはある、諌めるところは諌めるべきと考える「諫言派」
天皇が間違っった事を言う、誤った考えを持つような天皇なら別の天皇に替えてしまうという所謂、王替えの思想を持つ「放伐派」

 我々は上記で言えば「諫言派」、とういう事になろうか。
二・二六事件において討伐の命をくだした昭和天皇に対し、処刑を待つ磯部浅一は獄中において「私は陛下をお叱り申し上げている」、と語っていた。
時と場合によるが諫言はなされてしかるべきである。
ただ、その作法が問題となる。
 皇室に対ししかるべき道筋を立てて誠心誠意を尽くした上での諫言なのか、単なるセンセーショナルに大衆を煽るだけの見せかけの諫言なのかが問われるところだろう。

 月刊誌「WILL」誌上において西尾幹二氏と加治伸行氏がどのような対談を行ったのか知る立場にない。
読んでいないのでどのように編集されているのかも不明である。
 対談「皇太子さまへの諫言」というのが、どのような手順を踏むものなのか、単なる煽りなのかも判然とはしないが、
読んでもいない小生が踏み込むことではないだろう。

ただ、抗議する相手としてのWILL編集長・西尾幹二・加治伸行の三者に対して「諫言」することはあり得ない。
諫言とはあくまでも君主に対し誠心誠意を尽くして諌める行為である。

西尾氏辺りが保守の言論陣営においては重鎮として君主の如き扱いを受けているとしても、事務所に侵入して抗議の意思を示す相手ならば「諫言」では済まない。抗議・糾弾くらいがなされてしかるべきではないだろうか。

 因みに平成5年に文芸春秋社発行の月刊誌「諸君」(当時)において東大助教授の酒井信彦氏が「皇太子殿下に諫言する」、と題する論文を発表したことで皇室論争に火が付いた。22年前である。
「皇太子殿下が『命がけでお護りする』のは雅子皇太子妃ではない。国民ではないのか」、というものであったと記憶している。
この当時、右翼・保守陣営から直接的な抗議があったとは記憶していない。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160505-00000044-nnn-soci
 

諫言は如何なのか@天長節の博友会

 12月23日(天長節)。犬塚博英・民族革新会議議長が主催する「博友会」が板橋区立企業活性化センターにて開催され出席した。
 犬塚博英氏が講師となり「天長節に想う〜中村武彦先生の尊皇絶対観」、と題して語られた。
 10年前に92歳で他界された恩師である中村武彦先生の著書「私の昭和史」・「
維新は幻か」から抜粋した写しを読み解きながら中村先生の幼少時の体験からくる思想・哲学、そして皇室観などを解説して頂いた。
 神兵隊事件などに連座し獄中において終戦の報に接した中村先生は、自らの徹底抗戦と相反する昭和天皇の決断に対し「天皇の権威は地に落ちた。腹が立ち情けなくなった」、と当時の心境を、そして冷静になってからは「陛下を責める筋はない、と悟った」との記述がある。
陛下が始めろといったから始めた戦争。陛下がやめろと言えばやめるのか。そこには国体の中心にある天皇の存在を如何に受け止めるのか、といった我々右翼・民族派陣営における大きなテーマが残されている。
 最期まで中村先生に付き添った犬塚議長においては思想的にもそうであるが、人格的にもこれほどまでに卓越した人物はいなかった、と言わしめる程であったのだ。
 
 終了後、近隣の居酒屋にて直会。20名ほどが参加し忘年会を兼ねて盃を重ねつつ、感想などを語り合った。
 野村秋介氏が朝日新聞社社長室で自裁されてから一か月後、平成5年の野分祭において中村先生が講演をなさったことがあった。
 うろ覚えではあるが「三島・森田精神と野村秋介」、とか言うような演題であったかと思う。
 そこで見た中村先生の所作は小生にとって印象的であった。
「野村さんの生前に言った事がある。
『貴方もこれだけ名を成して功績をあげた人だ、そんな頭に赤い鉢巻巻いたり派手な服を着ることもないだろうに』、と言うと
『先生、わかってますよ』と言ってニッコリと微笑んでいた。
ああ、この老いぼれの老人がなんと浅はかな事を言ってしまったんだ」
「野村さんは申し訳ない」、と自らの手のひらを額に当てて、野村氏がそこにいるかのように遺影に向かって懺悔していた。
「貴方は普段何の素振りも見せずに、これだけの熱い思いを持って重大な決意に向き合っていた事も分からなかった」、と慙愧の念を露わにしておられた。
 普段からベルサーチなどブランド物の派手な背広を身に纏い、時に頭にはバンダナを巻いた姿で人前に出る機会の多かった野村氏に対して
民族派陣営の先輩としての苦言を呈したのであろう。
大勢の前で恥じることもなく率直に自らの不徳を披瀝する中村先生においては正に民族派の良心をみる想いがしたのを思い出す。

 著作の文中においても磯部浅一・三島の英霊の声と言った記述があったのだが、陛下のご英断に対し我々はどのように向き合うのか。
陛下が「現行憲法を護れ」、と仰るのなら尊王絶対の立場をとる我々は護憲の立場を貫くのか、と言った重いテーマにぶち当たることとなる。
皇室をお護りする、と一言に言っても様々な護り方があるのは事実。
私なりに大別するならば、
‥傾弔梁減澆論簑个任△襦8世錣譴襪海箸倭瓦銅け入れると言う「恋闕派」
天皇でもおかし事を言えば、それを糾していく「諫言派」
あんな天皇はダメだ。他の人を天皇にしようと言う「放伐派」の三つに分けられようか。
私の考えとしては諫言はあってしかるべきである、と思う。
それは諫言するためのルールというか手順を確立した上でなされるべきであろう。
 天皇としても絶対的に正しい判断が下せるのか。周囲に蔓延る重臣たちによって正しくない情報にばかり接しておられた場合を想定すれば杞憂ではないはずだ。

 二・二六事件で岡田首相邸への突入の指揮を執った一人である林八郎少尉の尋問調書においては
問:宸襟を悩まし奉りざるとは思わざるや (*「宸襟」とは天皇陛下のお気持ち)
答:思いません。陛下の下にある重臣がより以上に宸襟を悩まし奉っていたものと思います。
  私は最忠最良を行ったと思います。それは陛下の大御心を悩まし奉った者を斃したからであります。
私の母の従兄であり、処刑された二十二士の中では最年少の二十二歳であった。
磯部浅一においては獄中において「私は天皇陛下をお叱り申し上げている」、と言っていた程である。
北一輝においては処刑に際し、「天皇陛下万歳を唱えましょうか」との問いかけに対し、「いや、やめときましょう」と答え無言で刑場の露に消えたと聞いている。
「なぞて、皇(すめらぎ)は人となりたまえし」、と問うた三島による英霊の声をどう聴くのか。
天長節のこの日、改めて考えさせられたテーマである。

皇室関連記事二件

佳子さま、学習院大を中退…ICU含め別大学へ

読売新聞 9月11日(木)13時9分配信                                                                                                                                                    秋篠宮ご夫妻の次女佳子さま(19)が今夏に学習院大文学部を中退していたことがわかった。
 姉の眞子さま(22)が今春卒業された東京都三鷹市の国際基督教大学(ICU)を含め、別の大学への進学を検討される。
 佳子さまは学習院女子高等科から、昨年4月に東京都豊島区の学習院大文学部に入学し、教育学を学ばれていた。今年12月29日には20歳の誕生日を迎え、成年皇族としての公務を始められる。
 一方、眞子さまはICUで美術や文化財の勉強をし、今月下旬には英国のレスター大大学院に入学される。
最終更新:9月11日(木)13時22分

◆                                                                                                                           

木戸幸一の娘、井上和子元女官長逝去                                                                                                                                                                                                                                                                訃報:井上和子さん 87歳=元女官長
毎日新聞 2014年09月13日 東京朝刊
井上和子さん 87歳(いのうえ・かづこ=元女官長)9日、死去。葬儀は13日正午、神奈川県大磯町東町2の7の1の
カトリック大磯教会。喪主は長女井上清子(いのうえ・きよこ)さん、次女鈴木泰子(すずき・やすこ)さん、三女後藤正子(ごとう・まさこ)さん。
1990年4月〜2004年3月、皇后さまのお世話をする女官長を務めた。

 

皇室関係記事2件に接し、我国の皇室のありかた、将来について暗澹たる気持ち、不安感にさいなまれる。

こういった問題についても、右翼・民族派、そして保守系の人達は真剣に論じるべきなのです。

天皇とは天上界にある神と我ら臣民とを繋ぐ祈祷師的役割を持つ唯一の存在であり、それは世俗的な宗教を超越した無二の世界にあって、國安かれ民幸あれと篝火の前で一心不乱に祈祷するお姿を連想させるものである。

よって、唯物論に帰依するが如き西洋のキリスト教的価値観とは根本から相容れない世界にあると理解してきた。

ご長女の眞子内親王は当初からICUに進学されたが、入学後に学習院を中退してまでICUに入学しなおすことの意味が理解し難い。

また、左翼のいわゆる「反天皇制」勢力からも「国民の税金で進学しながら何事か」、と言った批判の声は聞こえてこない。

そして元女官長であった井上和子氏とは聖心女子大卒で皇后陛下の先輩にあたる、敬虔なカソリック信者である。

父の木戸幸一は昭和天皇の側近として内務大臣を務めている。明治の元勲・木戸孝允の妹の長男である。

日本人として最もその歴史を体現し国民に伝えていくべき皇室が、最も日本的価値観とかけ離れたキリスト教に染まっている現実を国民はどのように受け止めればよいのか。


現在の皇位継承者は五名

 6月7日、桂宮殿下が薨去された。誠に畏れ多い限りである。
長年に渡り我国の林業の発展、伝統工芸文化の継承に多大なる貢献してこられたと聞く。
これで今上陛下以降の皇位継承者は5人になった。
 将来的には秋篠宮家の長男であらせられる悠仁親王が128代天皇として即位され
更にはそのお子様が継承していかれるであろうから皇統が途絶える心配はないだろう。
不測の事態でも起こらない限りは安泰である。
 しかし、国民としては何とも心細さを感じない訳ではない。
 女性皇族は結婚と同時に皇籍を離脱するのであるから皇族の人数は減少する一方である。
 何故そのような事態に直面するのか。
 それは皇族に男子のお子様がなかなか誕生しないからである。
 皇族の使命とは何か。それは直径の男系男子というお世継ぎを残すことにある。
 外国からの賓客の謁見を受けたり、文化団体の名誉総裁にお就きになることは、付随的なご公務であると考える。
 ご病弱であると言われながらも大正天皇は昭和天皇と三名の皇子をお遺しになった。
 この四名以降、皇室には秋篠宮殿下まで11名の成人男子が存在した。
 しかし、11名の中で皇女との間に男子をお産みになったのは4名に過ぎないのである。
 お世継ぎを残すといった社会的使命を持たない、一般臣民の家庭と比べてもこれは明らかに少なすぎるとは言えまいか。
 故に、世間では終戦直後に離脱した旧11宮家の復活だとか、女性皇族の結婚による皇籍離脱を喰い止め女系天皇を認めるための皇室典範改正などという荒唐無稽な議論が噴出してしまう。
 当事者である皇族方はこの事態をどの様にお考えなのであろうか。
男子皇族ご自身が直系の男子を産み育てるといった従来よりの使命を重要視していないとのお考えであるならば、臣民はこれを真摯に受け止めた上で、皇室の将来像に想いを至らせなければならないだろう。

 私の会社の景気も良く事務所が高田馬場にあった当時、私より一回り上の女性を事務員として雇用していた。
彼女の実家は目白の近くにあり、若き日の桂宮殿下を結構間近で見ていたそうだ。
 大学近くの雀荘に出入りしていると、男子学生が「ああ、三笠君来ていたの」。「うん」なんて会話を日常的に聞いていたそうだ。

当時、昭和天皇の甥であったとは言え、日本の皇室というのは国民と近い位置関係にあるのですね。


皇太子ご夫妻オランダ訪問へ

 4月30日に行われるオランダ国王の即位式に、皇太子殿下・同妃ご夫妻が揃ってご出席なさる事が決定したとの報道。
雅子妃の病状が回復に向っている証であるとするならば喜ばしいことである。
皇太子殿下が海外ご訪問や、外国からの賓客をお迎えになるにしても、いつもお一人で公務をこなしておられるお姿を拝見するにつけ、一臣民としても常々心痛を覚えていた。
ただ、今回のご訪問が本当に回復によるものなのか、判別し辛いところもある。何事もなくご公務を全うして頂けることを願うばかりである。
 
 皇室の問題に目を向けたときに気がかりと言うか、巷の話題になるのがお世継ぎである。
政経通信第42号で詳述した通り、皇位継承者は皇太子殿下を筆頭に6名の皇族がおられるわけであるが、年齢的な現実を考慮した場合の実質継承者は3名となる。
このままで推移するならば、皇太子殿下が第126代天皇として即位した後に、秋篠宮殿下が第127代天皇として即位なさることになろう。
そうすると、単純に生涯年齢が同じであったと仮定して、第127代天皇の御世はお二人の年齢差である5年しか続かないことになる。
そして、第128代となる悠仁親王が即位するとという、歪ともいえる形態を辿る事になってしまう。
 
 そうした懸念を払拭するためであろうか、女性宮家の設立や女性皇族が結婚後も皇室に残るななどという案が出されている。
そして男系男子による継承を主張する立場から女性宮家に反対し、代案として旧宮家の復活などを主張する声も聞こえてくる。
安倍内閣が成立してからは勢いづいた所謂保守層を中心として、その声は顕著となりつつある。
 しかし、冷静に考えれば皇室から離脱して六十有余年も経過している中で、血統のみを根拠として皇室に復帰しても国民の象徴としての権威を保持することができるのだろうか。
 
 第一、この皇位継承問題とは国民の象徴である皇室自体が少子化の先駆となっていることに問題がある。
 それに加えて男子を出産なさらない。内親王を出産されてそれ以降はお子様をお産みなることをおやめになった宮家が多々ある事に問題がある。
それを補う意味での旧宮家復活であるとするなら、全く以って無意味な議論である。
現在、旧十一宮家には32歳から53歳までの男子が15名いる。
そのうち既婚者で男子をもうけているのは3名しかいないのである。
それ以外には51、32、38、33、37歳という5名の未婚男性が存在する。
その中にはしきりにマスメディアに登場して、旧宮家の復活を主張する人物も含まれている。
まさに本末転倒ではないのか。
 皇族に復帰したいとの願望があるならば、先ずは自分達が真っ当なる家庭を持って多くの子供、特に男子を産み育てたという実績を示し、
「この通りです。我々が皇籍に復帰すれば日本は安泰ですよ」、との安堵感を国民に提示すべきであろう。
現状をみていると、如何にも「早く皇室に入りたい。その日が訪れるまでは、平民の女なんぞとは結婚しないぞ」、との魂胆を募らせていると思われても仕方ないであろう。
 
この危機を打開するためには東宮に男子の継承者がお産まれになることを切に望むばかりである。
皇太子妃におかれては煩わしいご公務から離れ、静養と治癒に励んでいただきたい。
お世継ぎとなる男子を出産し、皇太子殿下のご公務を補佐して頂ける第二皇太子妃をお迎えになられることが最良の策と愚考するものである。



雅子さま11年ぶり海外公式訪問 皇太子さまとオランダへ

産経新聞 4月18日(木)7時55分配信

 ■熟慮の決断、背景に日蘭の絆

 皇太子ご夫妻が、30日に行われるオランダ新国王即位式出席のため、同国を公式訪問されることが内定したことが17日、宮内庁関係者への取材で分かった。病気療養中の皇太子妃雅子さまの外国訪問は、静養のためご一家で同国に滞在された平成18年8月以来。公式訪問としては、ご夫妻でニュージーランド、オーストラリアを訪問された14年12月以来約11年ぶりとなる。

 今回のオランダ側からの招待は、外交ルートを通じて3月初めにあった。回答期限は同月上旬だったが、4月上旬に正式な招待状が届いても、雅子さまが皇太子さまと出席されるかどうか、結論は持ち越された。

 4月11日には宮内庁の風岡典之長官が定例会見で、「一刻も早く決めていただきたいということを、(ご夫妻に)強くお願いしている」と発言。週刊誌などで「苦言」として取り上げられ、波紋が広がった。

 長時間のフライトや、重要な行事に出るご負担に雅子さまが耐えられるか。この懸念に、東宮職医師団が「ご訪問は可能」とするゴーサインを出したことから、ご夫妻で相談し、訪問を決断されたという。

 ◆即位式まで13日

 ご出席が明らかになった17日は、即位式までわずか13日に迫っていた。弔事などの場合を除けば、海外公式訪問の手続きとしては「異例の遅さ」(宮内庁幹部)とはなったが、出席に意欲を示された雅子さまの直前のご体調を見極めることにつながったという。

 雅子さまはニュージーランド、オーストラリア公式訪問前の記者会見で、「外国に行くことが生活の一部となっておりましたことから、(外国訪問が難しい)状況に適応することに大きな努力が要りました」と胸中を吐露された。

 この翌年の平成15年には長期療養に入り、現在も公務に一部しか出席されていない状況が続いている。

 だが、報道されることは少ないものの、お住まいの東宮御所などでは断続的に公務に取り組まれている。外務省時代に留学した英オックスフォード大や、母校の米ハーバード大の関係者との懇談のほか、ベルギー皇太子夫妻との昼食会に臨まれるなど、昨年は国際関係の内容が目立った。

 こうしたご活動について、医師団は「関心の高い分野の活動は治療の一環」と、推奨する立場を示してきた。海外で幼少期を過ごし、外交官として国際交流の最前線にいた雅子さまにとっては、国際的なご活動が「関心の高い分野」にあたるという期待だ。

 ◆ご体調に理解

 ご一家での静養の経緯もあり、雅子さまのご体調についてオランダ王室側は理解を示し、その上でご夫妻のご出席を望んでいたという。雅子さまの父の小和田恒氏も国際司法裁判所の判事としてオランダ・ハーグに赴任しており、雅子さまにとっては親しみを特に感じられている国の一つといえる。

 3月には、ニューヨークの国連本部で開かれた会合で、皇太子さまが新国王となるアレクサンダー皇太子と言葉を交わされる場面があった。宮内庁幹部は「このとき、直接招待に関する言葉を交わされたのではないか」と推測する。決断の背景には、日蘭の深い交流があった。

 今回予定される日程では、28日に政府専用機で日本をご出発。30日に即位式に臨み、5月2日に現地を出発、3日に帰国される。

 晩餐(ばんさん)会などの関連行事については、雅子さまは体調を慎重に見極め、皇太子さま単独でのご出席も検討される。こうした「無理のないご訪問」を通じ、新たなご回復のきっかけを見いだせるか。9年余りの療養生活は大きな転換点を迎えている。


旧宮家の復活でお世継ぎは安泰か?

 
 4月21日(土曜日)午後2時から維新公論会議。
講師は八木秀次高崎経済大学教授。
演題は「『女性宮家』創設を考える」
八木氏の持論としては女性宮家創設には反対。
天皇は万世一系の男系男子に限る。
女系天皇は認めない。
旧十一宮家を復活して皇室の安定を図るべき、
と言ったところ。
女系天皇・女性宮家が提起されるに至った不合理な過程などを説明された。
 
 出席者は31名。活発な質疑応答があるかと思っていたが、時間の関係もあったのか会場からの発言者は2名のみにとどまっていた。
討議資料の中には「旧十一宮家」の家計図が配布されていた。
 
 家計図では旧十一宮家における男子の状況が描かれている。
つまり皇籍復帰し宮家に入った際に跡取りを残す可能性のある人々が分かるように記述されている。
 31歳から52歳までの成人男子が13名。
そのうち既婚者で既に男子を設けている人は3名に過ぎない。
 しかも13名のうち未婚者が5名もいる。年齢は50・31・37・32・36歳。
 
世間一般で言えば、結婚して何人かの子供を設けていて当然。その中には複数の男子が含まれているはずだ。
残り5名については特に記述されていないので、既婚であるが子供がいないか、女子だけであると解釈しておこう。
 
 旧宮家の復活を提案するというのは、現在の皇室だけでは跡取りとなる男子のお誕生が困難であるから、という理由付けが発端であろう。
 にも拘らず、現実には現皇室と同様に子供を作らない、叉は作っても男子がいないという。
 このような人達を皇室に迎え入れても本来の目的を達成できるのか疑問だ。
 「皇室典範が改定されて皇籍復帰できる日を待っているので、それまでは独身を守っているのだ」、と言うのなら話は別であるが。
 特に名前があがる旧竹田宮家では30代男子5名において3人が独身。あとの二人にも男の子はいない。
 万世一系・男系男子の皇統を守るための皇籍復帰を目指すのであるならば、先ずは実績を示し国民に安心感を持たせるのが先ではないだろうか。
 
 皇室の最大の使命はお世継ぎを残すことにある。
昨年12月4日の当ブログ、「『皇室の危機』とは何か」、において詳述してあることなのだが、皇室においても
積極的に男子を残すべき方向性をお示しになっていない。
 
 昭和天皇を初めとする大正天皇の御子様から秋篠宮殿下まで11名の成人男子において、男子のお子様をお残しになったのは4名のみ。
 世継ぎを残すといった使命を何ら帯びていない一般庶民と比較しても不自然なまでに少ない。
 一般家庭でも一人目が女子なら二人目を。二人目も女子なら三人目を、と言うのはごく自然な成り行きである。
 経済的に裕福でない家庭であっても、福祉の充実により何とか生活を維持できるのが現在の日本だ。
 
 「女系天皇・女性宮家」、この問題について、「当事者である皇族方のお考えは」、といったことが言われる。
実際のところ皇室全体としての「お世継ぎに」関してのお考え伺えない段階では議論のしようもないのではないか。

「皇室の危機」、とは何か

 




















「皇室の危機」、というものが本当に存在するのか否か定かではないが、マスメディア等を通じて所謂、
お世継ぎの問題がクローズアップされるようになり、政府としても検討にはいる姿勢を見せている。
これは今上陛下がご入院あそばされたことにより、将来における不測の事態を想定し次代の天皇、その次の天皇との想像を廻らせた結果であろうか。
具体的には女性の天皇、女系の天皇による即位を是とするのか。
または、内親王が結婚に伴い皇籍を離脱することなく宮家を創設して皇室に残れるようにするなど、
皇室典範の改正をも視野に入れた対応を模索しているようだ。
 
具体的には皇位継承者は第一順位の皇太子殿下を初め七名の皇族男子がご健在であり、当面は皇統が途絶える心配はない。
しかし、現実問題としては、皇位を継承なさるであろう皇族男子は三名に限られている。
現在七十七歳であれせられる今上陛下が将来崩御されることがあれば、皇太子殿下が即位なさる。
東宮家には跡取りとなる男子は存在しないのであるから、その後は秋篠宮殿下が即位される事となるであろう。
生涯年齢が同一であると仮定するならば在位は年齢差であるところの6年間となる。
その後は秋篠宮悠仁親王が皇位を継承されるのであろうが、他には継承者が存在しない訳であるから、
万が一の事態が発生した際には我国の皇位が途絶えることになる。
よって、冒頭に記した皇室典範の改正が取りざたされている。
 
皇室の使命とは何か。
外国から赴いた新任大使に信任状を手渡す事ではないし、被災地を訪問して被災者からの写メールの被写体になられることではない。
日々、篝火を焚いた祭壇に向かい國安かれ、民幸あれ、と一心不乱に祈りを捧げる、謂わば神と臣民との間の仲介者としての役割を果たして頂ければ充分なのである。
臣民が精神的安寧を享受するための現人神としてのお役目を継承する存在であれば良いと考えている。
その役目を継承するためのお世継ぎを残す事が皇室の使命ではないか。
明治天皇は4人の皇女と共に大正天皇をお残しになった。
ご病弱であったと言われながらも、大正天皇は側室を置く事もなく昭和天皇を始め4人の皇子を残された。
そして、昭和天皇は今上陛下と常陸宮という二人の皇子の他に、成子、祐子、和子、厚子、貴子と5人の内親王をおつくりになられたのだ。
皇統を守り、国民に安寧をもたらすために皇族として、皇位継承者としての使命を果たしてこられたのだ。
 
しかしながら、その他の皇族方においては如何ばかりであろうか。
昭和天皇の弟君であらせられた秩父宮殿下と、高松宮殿下におかれては全く子孫をお残しになっていない。
第三皇子であった三笠宮殿下におかれては、3人の皇子と2人の内親王を残してくださった。
誠に慶賀の至りである。
しかしながら、その3人の殿下の所業は如何であったろうか。
三笠宮寛仁殿下ご夫妻においては二人の内親王を、故高円宮憲仁殿下においては三人の内親王をお育てになったのみである。
皇統を受け継ぐべき男子をお育てになるご意志がなかったのであろうか。
桂宮宜仁殿下におかれたは妃をめとることからなされていない。
 
そして、皇太子殿下におかれては、ご承知の通り雅子妃との間に愛子内親王をひとりもうけられただけであり、
直系のお世継ぎをお残しになることはない様子である。
秋篠宮殿下と同紀子妃の間においては2人の内親王に続いて悠仁親王をお生みになり、かろうじて皇統の継続に望が繋がったと言える。
それとて、前述した通り「万一の事態」を考慮するならば国民が安寧を得ているとは言いがたい状況にある。
いや、むしろ国民が皇統の継続に対し常に不安を抱き続けているのが現実である。
 
人類は民族や部族の危機に陥った時こそ、その伝統・血筋を絶やしてはいけないとの本能が働き、子孫を残そうと努力する。
戦乱・内戦に彩られ殺戮を繰り広げるアフリカなどにおいては、長い道程を徒歩で隣国に避難してくる難民の中にも妊娠中の女性がいる。
何故このような状況下にあって妊娠などするのか、自身の安否と生まれてくる子供の健康的成長を考慮するならば、
妊娠などしている場合ではない、と我々は考えるだろう。
しかし、危機的な状況だからこそ子孫を残す努力をするのである。
当然に乳幼児の死亡率は高い。だからこそ、より多くの子供を出産してその中の幾人かが成長してくれれば、民族・部族のDNAを残す事になる。
これは女性やその夫が意図したものではない。人類、いや生物としての摂理に基づく本能的行動なのでである。
 
これが我国の皇室に当てはまるかどうか定かではないが、当事者であらせられる皇族方がどのように考えておられるのか。
皇統を継承していくと言う強いご意思をお持ちなのか、小生には分かるはずもない。
もし仮に、「これ以上の皇統の継続を望まない」と、との結論をお持ちであれば、臣民はそれに従うべきであろうか。
 


広報活動と靖國Tシャツ頒布のお知らせ:
 
大東亜戦争開戦70周年記念日
☆12月8日(木曜日)午前11時〜午後3時(雨天中止) 
   靖國神社大鳥居下の歩道
☆12月8日(木曜日)午後6時30分〜8時30分
   文京区民センター3Fで行われる
   「靖國神社の安寧を絶対守る国民大集会」の会場に
   おいて頒布しています。
 
天長節
12月23日(金曜日)午前10時から午後3時頃(雨天中止) 
   靖國神社大鳥居下の歩道
 
正月
平成24年1月1日・2日・3日(詳しい時間は未定)
   靖國神社大鳥居下の歩道
 
かつて、靖国神社参道で売られていた「靖國Tシャツ」です。
 
殉國の英霊に感謝の誠を捧ぐ
永久に護らむ靖國の灯火を

http://makiyasutomo.jugem.jp/?eid=717

半袖:3500円 (消費税・送料込み)
長袖:3900円

靖國Tシャツ在庫一覧表

  ソフト(旗が小く背中の文章2行だけ) ハード(旗が大きく、背中の文章が長い)
  半袖
 3500円
半袖 
3500円
長袖
 3900円
 
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