ふるさと祭りで今澤錬士六段が奮闘

 8月19・20日に渡り埼玉県戸田市の戸田競艇場の駐車場を会場として「第43回戸田ふるさと祭り」が開催され多くの来場者で賑わった。

 会場中央のステージでは両日に渡り、歌やダンス・舞踊などが披露され地元の人々から大きな拍手をもらっていた。

20日には今澤雅一氏が指導する「銃剣道競技演武」が実演され来場者の関心をかっていた。

 日頃、一般人には馴染の薄い武道競技故、自前で用意したピンマイクを使い、競技方法やポイントの決まり方などの初歩を分かり易く解説していた。

 その後は今澤さんのお弟子さんによる実戦形式で試合が行われ来場者はその迫力に度肝を抜かれていた。

また、作詞・作曲家でもある今澤さんの歌謡教室から巣立った歌手もステージで熱唱。会場とステージが一体となって盛り上がった。

 これら企画のほとんどは今澤さんが計画を立て外部との交渉を重ねて成立したもの。素人の集団を上手く操縦しながらイベントを成功裡に導いたのだ。

 市民による手作りの祭りであり、食べ物を売る多くのテンとが競うように出店していたが、プロのテキヤは入れず地域の飲食店などが参加していたため、値段は安く衛生管理もしっかりしていたようだ。

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銃剣道について紹介する今澤雅一錬士六段

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構えから基本を説明する

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舞台狭しと実戦での格闘が披露される

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パンフレットに銃剣道だけは「入部歓迎」として、電話番号と写真入りで掲載されている

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今澤歌謡教室から巣立った地域歌手・ゲッキー山崎氏も熱唱

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都会の祭りでもなければ田舎の祭りでもない。その中間といった曖昧な緩さがいいね。


上野の下町風俗資料館

5月30日、所要の為に上野へ行った。

アメ横界隈は観光地化してやたらと外国人が多い。

パキスタン人の経営だろう、やたらとケバブの店が乱立してきつい香辛料の匂いを撒き散らしている。

黒人がTシャツのカタログを持って客引きをしているので、

東北地方から来た素朴な人々の集う終着駅と言った昔のイメージは消え失せてしまった。

 

台東区が運営する「区立下町風俗資料館」に入る。入場料は300円。

http://www.city.taito.lg.jp/index/shisetsu/bunkashisetsu/kuritsu/shitamachifuzoku.html

 

中学生がグループで入場している。社会見学の班行動なのだろう。

何処から来たの?

群馬県の伊勢崎市だと言う。

「そうか、東武伊勢崎線だね。間違ってもスカイツリーラインなんて言ってはいけないよ」と諭すと、

素直に「はい、わかりました」と返事。

 

此処には主に大正以降、日本における下町での庶民の暮らしぶりが当時の生活用品と共に展示されている。

駄菓子屋の奥に設えられた4畳半の住居部分などは妙に落ち着く。

「ただいま」という雰囲気で上がり込むと手枕で畳に寝転ぶ。

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昭和30年代を模したであろう庶民の茶の間にはToshiba製のブラウン管テレビ。

リモコンなんて無い当時のお父さんは、寝転ぶと横着して足の指でチャンネルを変えていたりして。

たまに足がつって「いたたたぁ」って罰当たり。

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北朝鮮の暴君をネット上では「黒電話の受話器」なんて髪形を揶揄して形容しているようだが、

現物を見たことのない若い人には意味不明だろう。

これがそれだよ。   納得したか?

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不忍池の畔に佇む風俗資料館は心のオアシスだ。


懐かしい池袋の純喫茶

5月25日の楠公祭に参加して、その後の直会で鶴岡さんと話していると、高校生の頃は学校が終わると池袋の喫茶店に入り浸っていた、と話していた。

どこの喫茶店だったんですか?、と聞くと西口の「紫苑」だという。

懐かしい名前が出てきたもんだ。私は鶴岡さんより9年くらい若いのだが、高校生・大学生の頃に利用した記憶がある。

西口で最もにぎやかなロマンス通りあって、DJが入っていた。

テーブルにリクエストカードが置いてあり好きな曲名を書いて、ウィトレスに渡すとレコードを掛けてくれたりする。

その他西口には「南蛮」「上高地」「蔵王」なんて喫茶店があった。

当時は純喫茶という言い方をしていただろうか。

 蔵王は無料でトーストが食べ放題。コーヒーだけ頼んでもウェイトレスが廻って来ては薄っぺらいトーストを皿に置いて行ってくれる。飲み物は有料になるので、水で流し込んでいたっっけ。

 東口には西武デパート前にテレフォン喫茶「マジソン」というのがあった。各テーブルに電話機がおいてあり、レジ横の公衆電話まで行かなくてもテーブルから電話ができる。それだけの事。携帯電話がない時代には利用価値もあったのだろう。

 

子供の頃から都心に出るには必ず池袋で乗り換えていたし、高校・大学当時も乗換駅だったので遊ぶのもアルバイトも大体は池袋だった。

今ではシナ人が跳梁跋扈する街に変貌してしまったようだが、懐かしい街だ。


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