昨日は朝から食事をとる時間が無く、結局夜まで何も食べていなかった。
夜11時過ぎに仕事ひと段落、その辺のコンビニで車を停めて何か買う事もできるし、帰宅すれば食事はできる。しかし、「もう食べなくてもいいや」と思い、帰宅して就寝、一日中水分以外は取っていなかった。
水とお茶以外にアミノ酸・ブドウ糖を含む、「アクエリアス」を飲んでいるのである程度体力は維持されている。点滴と同じ成分だろうか。
昨日絶食できたのだからと、今日も朝から何も食べてない。
一昨日に夕飯を取ってからだから43時間位は固形物を摂取していない。
今朝の便通でも固形物は殆どなく、腸内にこびり付いていたと思われる便カスが温水洗浄によって搾り出される程度で、すぐにでも大腸の内視鏡検査を受けられる状態だ。
体重は一気に3キロほど減少。身体が軽い。
ただ、外出して徒歩で帰宅する時などは2キロほどの道のりを歩くのが辛い。確実に体力が落ちている。そして、集中力は低下する。商店街の総菜屋に並ぶヤキトリを見ると無性に食べたくなる。
断食は宗教上の理由によるものであるから、経済上・健康上の問題で食を取らないのは絶食となるのだろう。
たまに絶食をするのは良い。腸内の便が洗い流されていると思われる。
排水パイプや浄化槽などを一度空っぽにして清掃する必要性と同じだろうか。
絶食を実施すればその間食べない訳だから経済的に節約になる。
そして、食事を取る時間が不要となり、三度の食事時間を別な事に活用できる。
北海道の震災で人々が食料品を買い求める姿をみると「絶食できる自分」としての自信をつけることの重要性を感じる。
震災で食料の供給が絶たれた時。戦争・内乱で平時のような食料供給が止まった時。
非常事態を想定し、2〜3日は絶食に堪えられる身体を作る必要がある。
これからの世界は軍事に換わり「食料安保」が重要視される。
世界人口が80億に達しようとする現在、人口爆発は目前に来ている。
各国はいかにして食料と新鮮な水を確保するかが生き残りの鍵となる。
安定した食料供給が滞れば暴動が起こり政権は倒れる。
国家の勤めとしては食料確保と同時に少ない食料でも生き延びられる国家・国民を育成することだ。
つまりは日本の場合であれば居住に適した国土面積を勘案し、人口を減らしてスリムな国家を形成する事。
そして国民が窮乏生活にも耐えうる精神と肉体を形成する事。そのための教育と啓蒙が必要なのだ。
と、偉そうな薀蓄を述べた直後ではありますが
そろそろ絶食を解かせて頂こうと思います。