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「後に続く」、の精神

 

 決起した青年将校に対する銃殺刑が執行されて78年目の7月12日、

渋谷のNHK放送センター前にある「二・二六事件慰霊像」の前で慰霊式典を催行した。

一般道路の歩道上に面した慰霊像。特に広場のようなスペースが設けられている訳ではない。

一般通行人からすれば、この像がなんなのか興味を持つ事もないだろう。

その歩道上で国民儀礼・献花・焼香・決意文朗読・昭和維新の歌を唱和する一団に対し興味を示す人もいない。

当然である。此処が刑場となった代々木練兵場跡地であり、7月12日が処刑された日であると認識する人は皆無に等しいのだから。

いま、人々が当然のように平和を享受する時代にあって、78年前の日本を想起して声を発する人間が二人や三人いなくしてどうするのか。

本来なら将来の日本を背負って立つべき優秀なる人間が、その命を投げ打って維新断行を試みたのである。

たとえ少数でも彼等の遺志を継承する人間が存在しなくてはならないのだ。そのDNAを次代に継承する使命がある。

そうでなければ「後に続く」を信じて行動する人間はいなくなるだろう。

小生の母は刑場に我が子の遺体を引き取りに行く林の伯母さん後姿を見ていたという。

22歳で刑場の露と消えた林八郎少尉の遺族としても、改めて遺志の継承を心に誓った慰霊式であった。

以下、「決意文」の原文は縦書き。

 

 

 

 

           決意文

 

昭和維新運動の中核をなす二・二六事件の決起から七十八年が経過する。

本日、七月十二日は首謀者として検挙された青年将校十六名がここ代々木練兵場において処刑されてから七十八年目の命日となる、

第一次世界大戦が終結した大正七年に京都と名古屋から始まった米騒動は一気に全国へと広がった。同年のシベリア出兵を機に米価は更に高騰し社会不安は頂点へと上りつめていく。

大正十二年の関東大震災の復興の為の物資の大量輸入により円為替は下落。

そして昭和二年の昭和金融恐慌、昭和四年の世界大恐慌と日本経済は疲弊し、中でも東北の農村部では冷害も重なり、食物は不足する中で庶民の貧困状態は極限に達していた。

一家の生計を立てるために娘を身売りして借金の返済にあてるなど、尋常ならざる自体が起きていたのである。

にも拘らず、巨大資本を有する財閥は自らの利益を上げることのみに奔走し、政治家と結託し、労働者・農民を牛馬の如く使役して何ら恥じることもない守銭奴と化していたのである。

この事態を看過しえない憂国の思いを有する陸軍の皇道派青年将校等は北一輝の著した「日本改造法案大綱」に接し、民間人との協力の下で、国家の改革を断行するに至ったのである。

天皇陛下を頂点に頂く、農民・労働者の為の革命であった。

天皇の宸襟を煩わしめる重臣を排し、真摯日本を取り戻すための決起であった。

しかしながら、皮肉にも天皇陛下の命により鎮圧され首謀者とされた青年将校等の主導者はここで刑場の露と消えたのだった。

決起から三日後の二月二十九日、武装解除に応じたのは、裁判においてその真意を開陳できると信じたからであった。

しかしながら裁判とは名ばかり弁護人も付けない非公開の暗黒裁判で、判決から一週間後の七月十二日に刑が執行されたのであった。

歴史に「IF」はないというものの、もしもこの決起が成功し、皇道派が陸軍の主導権を掌握する事態となっていれば、将来的には対米融和の交渉を継続することで、あのような悲惨な形での敗戦を迎えなかったことも考えられる。

 

安倍内閣では集団的自衛権を承認し、アメリカを同盟国としてアメリカにとって都合の良い戦争に対して軍隊を派遣できる日本となった。

アメリカが決定する敵とは日本にとっても敵でなければならない。

またその逆もあり得るのである。

これが主権を有する独立国家の姿であろうか。

日本の友好国であってもアメリカが敵と認定すれば日本は嫌でも弓を引かねば許されないと言う。十一年前のイラク戦争が正にその前例であろう。

日本をそして天皇を最も慕い尊敬する長年の友人への殺戮を手助けしたのである。

これを以ってアラブにおける親日神話は崩壊した。

如何なるテロ・内乱においても日本人だけは守るという不文律が消滅したのである。

これ以降、イラクでアフガンで日本人がテロの犠牲となった。

アフリカ・マリでは日本企業社員等が標的になったことは記憶に新しい。

まさに七十八年前の構図に酷似しているのではないか。

ここで刑場の露と散った青年将校ほど、天皇を敬愛し、日本を安じた人々はいなかった。それが天皇の名の下に逆賊として抹殺されたのである。

これ程までに日本を思い我が身を犠牲にして決起した人々であっても靖国神社に神として祀られることはないのである。

 

これが現行、日本の真姿である。我々はあくまでも戦後体制を打ち倒すことを目標に掲げる国家改革派である。

所謂ところの保守とは根本から異なる立場にある。

現行の政治体制において保守すべきものは何も無いと断言する。

「保守」対「革新」、と言うならば我々は明確に革新派である。

天皇を頂点に頂いた労働者・農民による国家改造を目指す。

大企業の利潤追求を目指す、戦後体制保守とは一線を画すものである。

先達が成し遂げることが出来なかった昭和維新を平成の御世において形を変えて断行することを此処に誓うものである。

これは単なる慰霊の儀式ではない。この思いを更に強く自らに言い聞かせる腸の腐り止めでもあるのだ。

 

平成二十六年七月十二日

 


二・二六事件慰霊祭 青年将校遺族代表 槇泰智


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