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イザト・イブラヒム氏のご冥福をお祈りいたします。

旧フセイン政権ナンバー2が死亡か イラク治安部隊の作戦で

イラクの旧フセイン政権ナンバー2のイザト・イブラヒム元革命指導評議会副議長=2002年、バグダッド(AP=共同)

 【カイロ共同】中東の衛星テレビ、アルアラビーヤは17日、イラク北部サラハディン州知事の話として、同国の旧フセイン政権ナンバー2だったイザト・イブラヒム元革命指導評議会副議長が、イラク治安部隊による軍事作戦で死亡したと報じた。AP通信などによると、イラク政府筋も同氏が死亡したとみられると述べた。遺体はDNA鑑定のため、首都バグダッドに運ばれた。

 同氏は、2003年のイラク戦争時の副大統領で、フセイン政権が崩壊すると逃亡。米国が指名手配し行方を追っていた。旧政権支持勢力を率いて米軍やイラク政府に対する武装闘争を指揮していたとみられる。

 軍事作戦は、今月上旬に同組織から奪還した北部の要衝ティクリート東部の山岳地帯で実施。約10人を殺害したところ、イブラヒム氏がその中にいたという。


旧フセイン政権でナンバー2の地位にいたとされるイザト・イブラヒム革命指導評議会(RCC)副議長死亡の報道があった。
当時のイラクは革命政権であるからRCCというのが国家の意思決定最高機関。国会よりも上位に位置している。
懐かしい人物の名前に接し、イブラヒム氏と会った時のことなどを思い出す。
1993年に一水会で訪問団を組織して9名でイラクを訪問した際に、大臣や州知事などと個別に会見をもったものだが、その中で一番の大物がイブラヒム氏であった。
(サッダーム・フセイン大統領の長男のウダイ氏と会ったのは、その3年後だった)
この件ではチョット思い出す事がある。
会見を終えて訪問団の団長を務めるK氏が単独でイブラヒム氏と二人の記念撮影を行った。
K氏はいつも大事にその写真を携え、次回もイラクに行くと「俺は副議長と懇意にしているんだ」的に人々に見せていた。
その後もK氏と共にイラクを訪問した1997年の時であったか、夜中にキャバレーに行ってみようという事になった。
アメリカによる経済制裁は過酷を極め庶民の生活は困窮の極みに達している時期であった。
そんな状況下であっても、風俗産業は成り立つのがこの世の常である。
生活の為に一般の主婦が街頭に立っているなんて噂もあったくらいだった。
勿論、そのような人々を相手に快楽を得るなんて思いは寸分もあるはずもない。
庶民の生活の一端をこの目で見ておく必要があると思い、タクシーに乗り込みキャバレーのあるという街はずれの一角へ向かった。
経済制裁下で国民生活は疲弊し、人心も荒廃してはいたが、強圧的とも言えるフセイン政権下にあっては驚くほどに治安は維持されていた。
私が滞在していた1983〜84年当時も対イラン戦争下ではあったが、日本大使館のあるマツバ地区には数件のキャバレーが存在し、ショーを魅せながらスリランカやフィリッピンからの出稼ぎホステスが客の相手をしていた。
その頃はビール1本が日本円で3万円もしていたので、日本から派遣された職人は会社から仮払いを受けてキャバレーに通い、本来は帰国後に受け取れるはずの70〜80万円という月額報酬が消えていたなんてことはざらだった。
今回は事前に現地の人から情報を得ていたので、そんなに高くはないと踏んで入場。
女性が隣に座りお互いにたどたどしい英語でコミュニケーションをとる。
K氏いわく「この女性たちはベドウィンだな」、と遊牧民であるとの見解。
が、一杯飲むと途端にソワソワしだした。
「槇君チョットやばいんじゃないか」「いくらするんだ」「やはり現地の人と一緒に来たほうがよかったんじゃないか」「これはぼられるよ」
「せっかく来ているんだから金の心配なんかしないで楽しくも飲みましょうよ」、と言うが落ち着きなく「もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」
K氏普段は泰然自若、腹が座り大抵の事には動じない。暴力団相手でも「ふん、それがどうしたの」って感じでこの世に怖い者なし。事務所に街宣かけられても平然と声明文だして対応している大物右翼である。
が、一度金が絡むと豹変。途端にオロオロするからおもしろい。
「ああ、そうだコレコレ」、と懐からイブラヒム氏と二人で写った写真を取り出した。
槇君この写真見せてきて、ぼったくったら承知しないぞ、と言ってきてくれ。
「はぁ?」

結局、K氏の心配は杞憂に終わり何事もなくホテルに戻りました。


報道によれば旧フセイン政権の幹部がIS(イスラミック・ステート)に所属し残虐な戦闘行為を指導しているとのこと。イブラヒム氏もその中心的役割を果たしていたように言われている。
しかし、私の見解からすれば旧フセイン政権のバース党とISでは根本的に相いれないはずだ。
女性の社会進出を認めない、酒・煙草を禁止する厳格なイスラム原理主義を強制するISと
ヨーロピアンナイズされた世俗的な旧フセイン政権幹部とでは、政治的政策においても共闘関係は成り立たないだろうと観ている。
 現在のシーア派を主導とするイラクの政権下において、スンニ派を中心とする旧フセイン政権・バース党員が冷遇されているというだけでISと共闘できるものではない。
ましてや経済制裁下でも国民生活に支障がなきよう配給制度を維持し、治安を保ち犯罪の撲滅を計ってきたフセイン政権当時の幹部たちである。
犯罪者集団であるISと馬が合う訳がない。
イブラヒム氏もISに所属したのはほんの一時であり、昨年7月にはISと袂を分かっていたようだ。

イザト・イブラヒム元副議長のご冥福をお祈り致します。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%B6%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%A0

ISILとの協力[編集]

フセイン政権崩壊後に台頭した過激派組織・ISILに協力しイラク制圧に従事し、2014年2月13日の軍事作戦でキルクーク県ディヤーラー県を支配下に置き、ハムリーン山を拠点とした[20]。6月10日に行われたモースル占領作戦に関与し、7月にはISILを称賛する声明を発表した[21]

しかし、汎アラブ主義を掲げるイブラーヒームは思想面でISILと対立したため、7月に離反[22]。11月にはISILに対し宣戦を布告、ハムリーン山・ティクリート・モースルで戦闘状態に入った[23]


 


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