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二・二六事件

7月12日。二・二六事件決で決起した青年将校が代々木練兵場で処刑されてから79年目の命日。
今年の慰霊祭は内輪の関係者で行いますので、この場で予定を公表するものではありません。

コメント
神の光明

二 二六将校の辞世の句、どうにもならぬ世の中で、宛にならぬ者の言を信じ、飛び出した己れが愚かであった。

実に意味深い句である!

この句の宛にならぬ者とは誰か?

この将校の父母や兄弟などではない!
その総元の黒幕は紛れもなく千代田区一丁目一番である!

つまりこの将校は千代田区一丁目一番地の自作自演の茶番劇の捨て駒に過ぎなかった。

その事をこの将校は処刑の死を前にして覚り知ったその句である!

この将校は通説言われている様な最後に天皇陛下万歳と叫び銃殺を受け入れたのであろうか?

そうではない!そうであろうはずもない!この将校は最後に己れの愚かさを覚り知り、最後はお母さんごめんなさいて呟いたに違いない!

槙よ己れの愚かな思想とその愚かな道に同じく愚かな若者達を引き込むな!

己れ独りで自害して果てよ!

  • 神の光明
  • 2015/07/17 8:35 AM
非公開で行われた軍事裁判の内容が近々に公開されるようです。そこで何が語られていたのか。
維新は成就ならなかったが、決起に至る動機を公に開陳する機会があると信じて、投降に応じた青年将校たちの心情が世間の目に触れないのはあまりにも理不尽でありましょう。
  • まきやすとも
  • 2015/07/14 12:12 PM
銃殺刑に処せられた、青年将校の辞世の句だったか、遺書だったかに忘れられない言葉が有る。確か、
どうにもならぬ世の中で、あてに成らぬ者の言を信じ、飛び出した己が愚かだった。

統制派幕僚の思想的底流は国家社会主義であり、一部の者はソ連と気脈を通じていた。その事は、近衛を含む重臣が証言している。
スターリンにしてみれば、極東の激烈な反ソ軍閥を間接的では有るが排除出来た上、米英支に矛先を向けさせたのだから、謀略戦では大勝利であろう。
その結果、未だに我が国は米の占領下に有る。それが、歴史的事実である。
泉下の北先生、磯部先生の呪詛が聞こえてくるようだ。だただ、青年将校のご冥福を祈るのみである。
合掌
  • 地方の元支持者
  • 2015/07/11 5:13 PM
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