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WE LOVE CHIBA

千葉市の衰退をとめろ

 

千葉県の県庁所在地であり政令指定都市でもある千葉市の衰退が止まらない。

来年には市の中心にある老舗の三越デパートが閉店する。

昔からの歓楽街であった栄町は風営法強化の影響もあって、トルコ風呂は数を減らし駐車場などの空き地が目立つ。

その間隙を縫うように近年多くの朝鮮料理屋が看板を掲げている。

現在では京成線の千葉中央駅前を中心とした富士見町2丁目エリアに飲みやが集中する程度だ。

 

何故にこうまで人が去っていくのか。

東京に隣接する神奈川県の川崎市・横浜市や、埼玉県の大宮市(現・さいたま市)と比べても千葉市は活気が見られない。

背後には国際都市である成田市を要しているだけに、もっと活況がみられてしかるべきなのだ、

 

 その原因は鉄道路線の脆弱さあると分析する。

横浜方面から都内に入るには東海道線・京浜東北線に加え湘南新宿ラインでダイレクトに新宿・池袋と言ったショッピングエリアに入ることができる。

埼玉・大宮からも高崎線・東北線(「宇都宮線」などと言う差別的呼称は使わない)は東側の上野・東京に加え、池袋・新宿と言った山手線西側の繁華街にも直通で入っているし、埼京線でも池袋・新宿へ直行できる。

 

 これに対して千葉市からのルートでは快速電車の東京行が主流。直通で横浜・久里浜方面に行っているが、

通常、快速による新宿行がない。

 総武線の各駅停車による中野行・武蔵小金井行があるが 新宿までは29駅あり1時間以上を要する。

快速電車を利用しようとするなら、快速東京方面に乗車して錦糸町で乗り換え。

それも階段を使い別ホームから総武線各駅停車に乗り換え。4つ目の御茶ノ水で東京から来た高尾方面行に乗り換えて四谷の次の新宿へと向かうことになる。

 

 千葉から東京へのダイレクトなアクセスがビジネスを中心とした東京駅や、高級志向の銀座に限られていることに問題がある。

庶民的な雑踏の中で貧民が群れをなす猥雑な街、新宿や池袋へのアクセスも必要とされている。

東京へのアクセスとしては東京・銀座、そして新宿・池袋といった両方の選択肢を提供できない所に現在の千葉市の悲劇があるとみた。

 

 千葉からの快速電車においては錦糸町で分岐する東京行と新宿方面行の二通りが用意されていれば良いわけだ。

千葉発高尾行のような快速電車があってよいではないか。

また、錦糸町駅など快速と各停の乗り換えが階段による別ホームへの移動と言うのも困難を生じさせている。

快速が停車する駅においては、同じ方向なら全てが同一ホームの右左で済むように改良すればよい。

埼玉と東京、神奈川を結ぶ京浜東北線では山手線との乗り換えで当初からこの方式が採用されているので利便性に優れている。

千葉を出発した快速電車は稲毛・津田沼・船橋・市川・新小岩・錦糸町といった停車駅で向かい側ホームの各駅停車と瞬時にして乗り換えが可能となる。快速通過駅からの乗客は簡単に快速へ乗り換えて新宿でも東京でも向かう事ができる。

 

 新たに新路線を設けるような巨費を投じる必要はない。線路の組み換えだけで事足りる。

千葉の衰退を止めて、横浜や大宮を凌駕するために一丸となって声を上げていきましょう

護県千葉、しっかりしろ

 

今回のタイトル。

一般に英語発音なら 「we love  チャイバ」となる。

 が、日本人がCHIBAをチバと発音することは普通の事。

よって、「CHINA」をチナまたはシナと発音するのも尋常である。

 

「チャイナなら良いが、シナが差別用語だ」というのなら、「チャイバは良いがチバは差別だ」と言わなければ整合性がとれない。

要はその言葉を発する際に差別的・侮蔑的感情を込めているかどうかが問題だろう。

私は一切の差別的感情もなく国際基準に則ってシナ・チャイナと呼称しています。

「世界の中心であるから中国と呼べ」、という事の方が周辺国を見下した侮蔑の強制になるのです。

栄町.jpg

 

かつては日本有数の歓楽街であった栄町も今では歯抜け状態


コメント

<老舗>千葉の洋食レストラン 空襲被害も87年の歴史に幕
毎日新聞 11/2(水) 9:26配信

 ◇客ら思い出の味惜しむ

 千葉市中央区の老舗洋食レストラン「ほてい家」が10月31日夜、87年の歴史に幕を下ろした。千葉市内だけでなく県内の多くの人に親しまれたが、設備の老朽化から閉店を決めた。最終日には常連客らが足を運び、思い出の味をかみしめながら別れを惜しんだ。

 中央区本千葉町の葭川(よしかわ)沿いに建つほてい家は、1929(昭和4)年に創業した。45年の千葉空襲で建物が焼失したが再建され、72年に現在の建物になった。

 高級な雰囲気から、市内外の人々が七五三や誕生日など「晴れの日」に家族で訪れた。2階宴会場では、高校の同窓会や国会議員選挙の出陣式などが開かれた。近くにある県庁の職員も歓送迎会などで利用し、上司が部下にごちそうするなどにも使ったという。

 しかし今夏、配管設備の老朽化や耐震性の問題などから「まだ営業を続ける余裕のあるうちに」と10月末での閉店を決めた。10月に入ると、連絡を受けた常連客らが次から次へと訪れた。店員の一人は「朝から並んでくださるお客様もおり、本当にありがたかった」と笑顔を見せた。

 31日には店の前で記念撮影をする客の姿も。近くの会社員、近藤淳さん(40)は「小さい頃に食べたハンバーグを頼んだが、ソースをかける時の『ジュウーッ』という音が懐かしかった。さびしいですね」と振り返った。

 名残を惜しむ客が「本当にごちそうさま」「お世話になりました」とねぎらい、支配人らに送り出された後の午後11時半、老舗のシャッターが下りた。
  • <老舗>千葉市の洋食レストラン87年の歴史に幕
  • 2016/11/02 7:12 PM
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