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『憂国忌』の意義とは

三島由紀夫・森田必勝両烈士の自決から48年。

東京・星稜会館で開催された憂国忌に参加。

昨年に引き続き主催者のご好意により受付横にて「憂国シャツ」の頒布をさせて頂く。

三島由紀夫研究会の玉川博己代表幹事による開会挨拶。

故人を偲び想い出に浸るのではなく、国家社会の改革のために邁進するための集いである、旨で憂国忌の意義を説く。全く同感である。

 村松英子氏による『春の雪』最期の部分の朗読。高級貴族による恋愛小説を崇高な文学作品としてと聞かせる。繊細な語り口調が心地よい。

「『春の雪』をめぐって」三人のパネラーによるシンポジウム。

元日学同の中西参院議員による追悼講演「憲法改正の時が来た」

 

閉会後に、参院議員氏が憂国シャツを見て若い秘書氏に対し「おまえコレを着てみろ」といって一枚頒布に協力をしてくれた。

当方女性スタッフが「議員自身も着てくださいな」

「俺がこんなの着て歩けるわけないじゃないか」、と。

「はぁ?」「そんなことじゃぁ、世の中変えられませんよ」

 

国民の負託を受け命がけで憲法改正を訴えるのであれば、自らが率先して憂国烈士による義挙の精神を世間にアピールして歩くのは当たり前ではないのか。

 

 開会前に冷やかし的に憂国シャツを見ていた市井の年配男性がいた。頒布に協力するつもりはなかったようだが、「ゲバラのシャツを着ている若者は世間に大勢いる。だったら皆が当たり前のように憂国シャツを着て街中を歩いて欲しいんですよ」、と頒布の趣旨を説明すると薄っぺらの財布の中から3500円を出してくれた。

 世の中には一回言えば分かってくれる人もいるし、百万回言っても分からない人もいる。

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