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二・二六事件墓前祭

二・二六事件墓前祭

 

平成31年2月26日(火曜日)正午集合

賢崇寺 墓所内 「二十二士之墓」前

東京都港区元麻布1−2−12

地下鉄東西線、大江戸線「麻布十番駅」から徒歩10分

https://loco.yahoo.co.jp/place/g-lpIR-H7Rwuc/map/

 

1、墓前祭 正午過ぎ(無料/参加自由。誰でも参列できます)

2、仏心会主催の法要に参列(本堂)午後1時

3、直会(会食代2,000円)午後2時


 

墓前祭は決起将校遺族有志により開催されています。

国家革新運動の成就をもって国家の改革を実現すべく決起した昭和維新運動であったが

幾多の弾圧や計画の稚拙さなどで現実のものとして日の目を見ることはできなかった。

それは陸軍青年将校とそれに呼応した民間人が命を懸けて国民の救済を目的とした国家改造計画であった。

我々はその精神を受け継ぎ平成維新として実現する事を希求したがまだその途上である。

二ヶ月後に訪れる次の御世において現実のものとすべく、我々国家革新陣営を中心として魅力ながらも前進を図るものであり、

二十二士の墓前においてその決意を示すものである。

 

槇泰智の母方の祖父である青柳時香陸軍少将の姉が林家に嫁に入り、後に上海事変で戦死し軍神として祀られた林大八陸軍少将との間に次男として生まれたのが二・二六事件では処刑された16人の中で最年少・21歳であった林八郎陸軍少尉。

栗原安秀中尉と共に岡田啓介首相を討ち取るべく首相官邸を攻撃。

50名の兵を卒いて裏門から突入した。

不覚にも岡田首相と間違えて従兄弟の松尾大佐を射殺。

邸内に身を隠していた岡田首相が外部の手引きで官邸を脱出したのは有名な逸話となっています。

 事件後の検察調書によれば「このようなことをして天皇の宸襟(お気持ち)を煩わしめたとは思わぬか」、との問いに対し

 林少尉は「思いません。天皇陛下の宸襟を煩わしめていた重臣共を成敗したのですから陛下はお喜びになっていると思います」、と答えています。

 最年少の林少尉は自らの意思ではなく回りに流されて決起に加わったのではないか、との説がありましたが上記の受け答えを見てわかるように確固たる意思と国家感を持って決起に加わったのです。

 

 天皇の軍隊を私物化したということで、所謂右派・愛国陣営の中においても決起部隊に対する評価は分かれるところです。

 

連絡先:090-3135-4069 槇泰智 makiyasutomo@daitoa.com

二十二士之墓.JPG

平成30年墓前祭

墓石前集合写真.JPG

 


コメント
右派陣営の中で評価が別れても良いじゃないですか?
岡田首相救出作戦を実行した憲兵はその後も上手く立ち回りましたよ。終戦間近に米軍搭乗員虐殺事件で 戦犯として逮捕投獄されるも、部下に全責任を擦り付け、死刑を免れました。身代りで処刑された憲兵軍曹は恨みをのんで刑場の露と消えました。
上手く逃げた憲兵を良く言う同僚憲兵は居なかったそうです。
  • 地方の元支持者
  • 2019/02/25 5:28 PM
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