2月27日午後6時に政府は新型コロナウィルス対策として3月2日から全ての小中高等学校に対し春休みまで休校を要請すると発表した。
命を守るという大義名分の下、あからさまに反対を表明する人はみられないが甚だ疑問を含む措置である。
何故に3月2日からなのか。そして何故に4日前になってからの要請発表なのか。まったくその根拠が示されていない。
2月27日に発表し、その14時間後には子供達には今期最後の登校となる。
教員においては休業中の課題を用意する有余も与えられていない。
休校に伴い職場に出勤できない親に対して雇用主は配慮せよというが財政的な補償は発表されなかった。
職場に出勤しない社員に対し給与を払い続ける財政的基盤のある大企業ばかりではない。
一人二人の社員が出勤できなければ危機的状況に陥る零細企業もある。
現に子供を持つ看護婦が出勤できずに病院の機能が麻痺している。
学年末のこの時期、卒業式を控えた最高学年の児童・生徒においては2月28日の登校を最後に同級生達と会えなくなる。
人格形成を担う感性多感な子供達が残されたわずかな時間において学校生活の最後の思い出を教師や友達と育みたい。
この貴重な時間に築いた思い出を胸に未来に雄飛する、という子供達の感性を無視した安倍首相の英断である。
こういった成長過程にある子供達の心情を簡単に無視できるのが安倍首相の強みでもある。
子供を持つ親であればその心情に思いを寄せて、多少の有余をもって子供たちを送り出してあげたいと思うところ。
休校を二日か三日先送りするか、二・三日早くに要請発表して何の不都合が生じるというのか。
しかし、子育ての経験も無く教育の現場に身を置いた体験も無い安倍首相であるからこそ、そのような配慮を施す必要性を感じないで済んだ。
「もしも自分の子供だったら」、と言う身近で切実な思いを持たなくて済むのが安倍首相夫妻の特徴である。
森友学園問題でも安倍昭江女史などは幼児教育が我が身にとって無関係であるからこそ、籠池氏の見せ掛けだけの愛国教育を賛美してみせたのだろう。
もしも、今回の英断を批難しようものならば「私は子供がいないから分からない」とでも言ってしまえば、
誰も突っ込んだ批判はできなくなる。
なんといっても子供を待たない夫婦は絶対的な弱者とみなされており批判のできない存在なのだから。