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24日まで写真展、「熱き日々 IN オキナワ」

 写真家・石川真生さんは昭和50年にベトナムから撤退してきた米兵の写真を撮りたくて外人バーに入店。
 当時のコザでは米兵相手のバーでも白人用と黒人用に分かれていた。石川さんは黒人バーに入店。
 ホステスとして働くうちに、そこで働く日本人女性が主な被写体となる。
 そこには世間一般が規定するような悲壮感ばかりが漂っているわけではない。
 黒人の米兵相手に身体を売る女性もいれば、そうでない女性もいる。
 写真展も写真集もメインタイトルである「熱き日々 IN オキナワ」と共に、サブタイトルとして「そこには愛があった」の文字が踊る。
 通常の男女の情交があり、恋愛から発展し結婚・出産など、普通の夫婦の営みが映し出されている。
 
 それは彼女の撮り続けた時代から僅か30年前、大東亜戦争中の所謂従軍慰安婦の世界でも同じことが言えたのだろう。
 現代においては強制連行との妄言が先行する世界ではあったが、現実には兵士と慰安婦との間の恋愛は存在していた。
休みの日には一緒に街へ出かけ映画を観ていたという。
 彼女は本土から来たカメラマンが、オキナワ女性の悲惨な実態を撮りたくてコザの街を撮っていたことに怒りを感じたという。
 
 昨年、従軍慰安婦強制連行を題材にした朝鮮人・安世鴻(アンセホン)の写真展を見たが、朝鮮人老女のモノクロ写真が並ぶだけでなんら人々の琴線に訴えるものはなかった。
 政治的主張を前面に打ち出し、その悲壮な人生の軌跡は日本軍の蛮行によって掻きたてられた、とのメッセージをどうぞ感じ取ってくださいと言わんばかりの作品。
 芸術性の片鱗も存在しないゆえ、ニコンサロンでは展示を断わったと聞く。
 それが不満でニコンを提訴した裁判の第一回口頭弁論が2月18日に行われている。
 彼女はアンセホンについて、「自分でギャラリーを借りて、好きなところで勝手にやればよい」と、突き放した考えであった。
同様に兵士に対し身体を張って生き抜く女性を被写体としているが、ここには悲壮感はない。
 戦地から帰還した米兵との厭世的な日々の戯れ。酒・タバコ、時にはマリファナもあっただろうか。
 人気の無い海岸では開放的にトップレスで戯れる女性達。
 これからの時代の先端を切り開く活力が感じられる。
会場にゆったりと流れる音楽は70年代のソウルミュージック、ソウルトレインのテーマ。自然と身体が反応してしまう。
http://www.youtube.com/watch?v=M3PoSBKzUv4
全ては彼女の選曲だそうだ。
 この被写体はほんの30数年前なのだ。振り向けば手の届く現実の世界がある。
 反戦でも反基地でもない。反米でもない。女性の救済でもない。
 そこにはオキナワと逞しく生きる女達の現実があるだけだ。
 
2月24日(日曜日)が最終日、
是非とも足を運ぶ価値のある写真展だ。
 

    所在地
    〒225-0012 横浜市青葉区あざみ野南1-17-3 アートフォーラムあざみ野内
    横浜市民ギャラリーあざみ野
    TEL:045−910−5656

交通案内

電車でのアクセス

    駅からのアクセスマップ 
    CIMG2852.JPG
    石川真生さんと記念撮影。気さくなチャパツの姐さんだ。
    話し口調からはオキナワ感がにじみ出ている。
    「で、あらねばならぬ」的な保守の人とは噛み合わないかもな、、

    《熱き日々 in オキナワ》のヒストリー

開催は2月24日まで。「写真家 石川真生―沖縄を撮る」展。
出品作品《熱き日々 in オキナワ》のヒストリーをお伝えします。

石川真生 《熱き日々 in オキナワ》 1975-1977年 ゼラチン・シルバー・プリント

《熱き日々 in オキナワ》は、1975〜1977年に撮影された、石川さんのデビュー作です。
沖縄に生まれた石川さんは、米軍基地のある街・沖縄の象徴として米兵を撮ろうと決意し、初めはコザ、その後は金武(きん)の外人バーで自ら働きながら撮影をしました。
その写真には、黒人米兵とバーで働く沖縄や本土(ヤマト)の女性たちが恋愛を謳歌する生き生きとした姿が写しだされています。
最初、米兵への関心が強かった石川さんも、次第に、その周りで自由にたくましく生きる女性たちに魅了されていったと言います。

石川さんが自身の原点であると語るこの写真は、1982年に『熱き日々 in キャンプハンセン!!』という写真集として出版されましたが、被写体となった一部の女性たちの抗議があり、その後、長い間封印されていました。
石川さんはネガを女性たちにたくしたので、数枚のプリントを残し、もうこの世には存在しない写真だと思われてきました。
ところが、2011年の大晦日に、石川さんの亡父によって保管されていた数百枚のプリントが発見されたのです!
周辺の女性からの作品を支持する声も力となり、これを機に石川さんは《熱き日々 in オキナワ》を再発表する決意を固めました。
本展で出品するのは、世界に一枚しか存在しない貴重なプリントから28点。
さらにスライド上映で95点を紹介します。
当時の空気がそのまま伝わってくるようなヴィンテージプリントを、ぜひ会場でご堪能ください。

また、これらの作品を収録した写真集『熱き日々 in オキナワ』が、2月にFOILという出版社より出版されます。
展覧会場でも購入が可能ですので、ぜひこちらもお見逃しなく。
(ちなみに、展示作品と写真集の収録作品はそれぞれに異なり、どちらか一方でしか見られない作品もあります。)

本展に先駆けて、現在発売中の「日本カメラ2月号」に作品が掲載されていますので、ぜひお手にとってみてください。

また、このヒストリーの詳細は「アートウェブマガジン 横浜創造界隈」の天野太郎学芸員のコラム「VIA YOKOHAMA」に詳しいので、ご興味を持った方はぜひこちらもご覧くださいませ。

展覧会について、詳しくはこちらをご覧ください。

出版社名:FOIL
フォトグラファー:石川真生
価格:¥2,730(税込)
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
© 石川真生.
そこには愛があった。

故・東松照明が「ミイラ取りがミイラになる直前の危うさのなかで見た人生の裸形がここに投げ出されてある」と評した伝説のデビュー作が、30年という長い封印を経て、ここにふたたび発表されます。日本への復帰まもない1975年の沖縄で、22歳の石川真生は、英語もしゃべれないなか、外人バーに飛び込みます。
沖縄へ移住し、米兵と恋愛を謳歌する日本本土の女性、堂々と恋愛や青春を楽しむ沖縄の女性、彼女たちとの恋愛に身をやつす米兵。
ベトナム戦争の終わりかけた激しい時代に生きる男女の、生命力あふれる姿と沖縄を、石川はシャッターに収めました。
様々な感情が行き交いながらも、自由に「今」を楽しむ、人間の美しさへの讃歌が描かれています。
2011 年にさがみはら写真賞を受賞し、近年国内外でますます注目を浴びる石川真生の、待望の写真集です。

女たちはその街でノビノビと生きていた。
明るくて、たくましくて、強い女たち。
1977年までの2 年余り、私はこの世界にどっぷり浸かって青春を謳歌した。
この時撮った写真は、私の原点だ。
̶ 石川真生(あとがきより)

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24日まで写真展、「熱き日々 IN オキナワ」 | まき やすとも 政経調査会
ご自身の体験談ありがとうございます。人それぞれ相性は必ずあるんだと確信できました。
地方の元支持者 2013/02/20 4:32 PM 様

ご支援を賜りましてありがとうございます。
所謂従軍慰安婦の写真展とオーバーラップさせてみると、違った視点から色々なものが見えてきます。
時代背景、兵士と性、女性の生き方、男女の情交などなど。

首相官邸を攻撃した部隊の指揮を取った一人が、私の母の従兄弟でした。
母は刑場に息子の遺体を引き取りに行く伯母の姿を見ていたそうです。
最年少の22歳でした。
決起に加わった殆どの将校は未婚でしたから、直系の子孫は少ないのです。
誰かが、骨を拾わなければならないのです。
  • まきやすとも
  • 2013/02/22 10:28 PM
沖縄の写真展では70年代のSOULミュージックをBGMとして流して70年代と黒人をイメージできるようなスライドもあり、当時の時代をより一層感じさせていたように思いました。
石川さんの写真集にあった帯に、「そこに愛があった」と書かれていたかと思いますが、人は誰しもがどんな状況であっても誰かに愛されたい、愛したいものなのだろうと思いました。

男相手の商売をする女が決して可哀想な人達でもなければ、憐れみを受けるような存在ではなかったと写真に写った女性の笑顔が訴えていたように感じました。
ただ、ああ言った商売は長くは続けられないものなのだろうと言うことも、写真に写った女性の移り変わる様姿が物語っていたようにも感じました。
しかし、彼女たちは決して不幸ではなかったのだろうと思いました。
寧ろ黒人兵士が居なくなった後と時代の変化の時の流れに寂しさはあったのかも知れない。けれど彼女たちは確かにあの時代に生き、沖縄で黒人と共に存在していたのだと、その生き方は人から同情を受けるような生き方ではないと主張していたように思いました。
  • 写真展に行ってきました者
  • 2013/02/21 1:35 AM
へぇ、まきさんもこの様な特集記事も上げるのですね。感心しました。
まきさんは2.26事件決起将校の遺族との事ですが、本当なんでしょうか?
渋谷の慰霊碑前に行くと心が痛みます。国家改造、国家革新、昭和維新運動の原点ですからね。
  • 地方の元支持者
  • 2013/02/20 4:32 PM
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